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【店内の音の話】こだわりのBGMと声優を起用した店内放送

公益財団法人流通経済研究所
主任研究員 鈴木雄高


流通経済研究所「ISM・ショッパー研究プロジェクト」

流通経済研究所では、長年に渡り、小売店舗におけるお客様の購買行動や意識について調査・研究を行っています。現在は、小売企業やメーカー、卸売業の皆様にご参加いただき、スーパーマーケットやドラッグストア、コンビニエンスストアを主な研究対象領域としており、インストア・マーチャンダイジング(ISM)やショッパー・マーケィングに関する知見を取得・蓄積し、それらを広く活用していただけるように情報の体系化やノウハウ化を行う「ISM・ショッパー研究プロジェクト」を推進しています。

下記Webページに「ISM・ショッパー研究プロジェクト」の概要を掲載しています。

ショッパーの視覚に関する研究知見と2つの基礎講座

「ISM・ショッパー研究プロジェクト」で行っている研究テーマは多岐に渡っていますが、お客様(買物客のことを「ショッパー」と呼ぶので、以降では「ショッパー」という語を用います)に、売場を、そして、商品を視認してもらえるかどうかが、購買してもらえるかどうかを左右することから、ショッパーの五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)の中では、「視覚」に関連する調査・研究を多く行ってきました。

店舗に関わる業務において、定番売場のレイアウトを決める時や、売場に商品をどのように陳列するかを確定させる時、販売促進を実施する場所を検討する時、POPのサイズや設置位置、掲載する文字数を決める時など、ショッパーの「視覚」を考慮すべき場面は数多くあります。

「視覚」に関わる研究知見は、「流通ビジネススクール」のテキストにも、ふんだんに盛り込まれています。ショッパーの視覚――具体的には、売場や商品をどのように視認するか、あるいは、視認しないか――について、詳しく説明している主な講座には、「インストア・マーチャンダイジング基礎講座」、「棚割作成基礎講座」があります。

小売店舗や商業施設のBGMの例、3選

「感覚マーケティング」の分野では、店内で流れる「音楽」(主に、音楽のジャンル、音楽の店舗、音量)が、ショッパーの気分や態度、行動にどのような影響を及ぼすか、といった研究が行われています※1。

かつて、筆者は、鈴木(2019)※2において、「小売店舗や商業施設のBGMの例」として、次の3つの事例を紹介しています。

1.無印良品
店内BGMは世界各国のミュージシャンが演奏する音楽。音楽が店の内装や陳列されている商品群と調和しており、無印良品というブランドの世界観を表現するのに一役買っている。

2.NEWoMan新宿
開店と閉店の際に流れる音楽をジャズ・ミュージシャンの菊地成孔氏が手掛けている。有名ミュージシャンの曲が「ここでしか聴けない」ため話題性もある。

3.G.Itoya
老舗の文具店である伊東屋本店が2015年にG.Itoyaとしてリニューアル・オープンするタイミングで、8つのフロアごとに異なるオリジナル曲を流すようにした。

これら、顧客にライフスタイルを提案する小売店舗、商業施設は、店内で流す音楽にもこだわりがあることがわかります。

これに対して、スーパーマーケットでは、少し前に流行ったJ-POPのインスト版など、買物の邪魔にならないような音楽が流れているというイメージがあります。邪魔にならないと言えば聞こえが良いですが、印象には残らないですよね。

西友の店内BGMとベルクの店内放送

そんな中、過去の事例ではありますが、スーパーマーケット・西友のBGMが、アメリカやイギリスのロックやポップスなど、センスの良い選曲が音楽ファンの間で話題になりました。西友は店内BGMについて、ピーター・バラカン氏に相談したところ、選曲家の土屋光弘氏を紹介され、この方に店内BGMの選曲を依頼したそうです※3。

また、同じくスーパーマーケットのベルクでは、クリスマス・シーズンに、スパークリングワインのキャンペーンで人気声優の内田雄馬氏を起用した店内放送を流したところ、内田氏のファンが多く来店したということです※4。

かつての西友や、最近のベルクのように、店内BGMや放送内容に独自色を持たせるスーパーマーケット企業は、現状では多くはありませんが、昔からの慣習で、何となく流し続けている店内BGMの役割を、一度、見直してみるのも良いと思います。

店内における音声メディアの可能性

曜日と時間を決めて(例:毎週土曜日の15時から16時)、当該店舗の利用客のリクエストに基づくランキングを発表したり、従業員AさんがDJを務めて自分の選曲を流す、というような取り組み――インストア・レディオ・ステーション――も、面白いですね。店内放送を聴くために来店する人が現れるかもしれません。

最近、小売業界ではリテールメディアが、新たな収益源として注目を集めています。リテールメディアという場合、主に、ショッパーの「視覚」に訴えかける映像や静止画像、文字情報などが念頭にあると思います。しかし、本稿で取り上げた、店内BGMや店内放送といった「音」(音楽や音声)も、リテールメディアになりうると思います。ショッパーの「聴覚」に訴えかけ、買物を楽しんでもらったり、企業の世界観を感じ取ってもらうことができるはずです。

おわりに~次回予告

本稿では、店内BGMや店内放送について綴りました。これらは、店内を「音」で演出・装飾する役割を担っているともいえます。

しかし、音や光などの刺激を過剰に受け取ってしまう「感覚過敏」という症状のある人がおり、こうした人たちも店舗を利用しにやって来ます。感覚過敏の人は、店内BGMや照明に過敏に反応して、興奮したり疲れてしまうことがあります。

次稿では、感覚過敏の症状をもつ人が、買い物をしやすいような環境をつくる取り組み、「クワイエットアワー」について取り上げます。

〈注釈〉

※1:店内で流れる音楽のテンポが、ショッパーの買物のペースに関係するという研究知見があります。

ゆっくりしたテンポの音楽を聴いた消費者は、ゆっくりしたペースで動く傾向があります。ゆっくりしたペースで動けば、もちろんサービスを受ける時間や店内にいる時間は長くなり、結果的に消費者の消費機会を増やして、購入する量は多くなります。
スーパーマーケットでそれぞれ速いテンポと遅いテンポの音楽を流した実験があります。買い物客はスローテンポの環境でより多くの時間とお金を費やしました。売り上げが38%増加した結果も出ています。

日経ビジネス、堀内進之介・吉岡直樹
「消費者行動を『音』で変える最新マーケティング」(2022年9月26日)https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00461/090800030/

※2:鈴木雄高「店舗小売業における新しい需要獲得施策~令和時代の消費を担う若者に選ばれるために~」『流通情報』2019年5月(No.538),pp.16-23. 

※3:CINRA、佐伯享介「西友が音楽ファン『お墨付き』の店内BGM選曲を終了? 真相を訊く」(2018年7月28日)https://www.cinra.net/article/column-201807-seiyu、2023年12月25日閲覧

※4:日経XTREND、根本佳子「Z世代が店内放送を聞きに来る 埼玉発『ベルク』の型破りマーケ」(2022年9月2日)https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/casestudy/00012/00988/、2023年12月25日閲覧