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「服に興味が持てないコンプレックス」が編み物で消えた

昔からずっと、洋服に興味を持てないのがコンプレックスだった。

洋服を選ぶのは楽しいとか、おしゃれを楽しむとか、そういうのが当たり前なんだろうなと周りを見て感じても、自分ではなぜかそれがしっくりこなかった。大学生や社会人になって、友人と遊びに行くときに、服屋さんへ行ってみんなの買うお洋服の値段がどんどん上がっていった。でも私は興味が持てないし、その数万円を使うなら私はライブやお芝居や映画にたくさん行きたい、と結構本気で悩んでいた時期もあった。「服に興味が持てない」という人が周りに全然いなくて、それはなんとなく言っちゃいけないこと、おしゃれに気を使うのは当たり前なこと、なのに私はそれができていない、という罪悪感さえずっと持っていた。

かわいい服を見るのは嫌いではない。でも、服を見て気に入ったものと、自分の体型に似合うものが全然一致しないというのもコンプレックスの原因になってる気がする。体型が変わったら何か変わるだろうかと、一度ダイエットを頑張ってみたけど、今より10キロ以上痩せているときでも服選びのネックになる体型の悩みは変わらなかった。そんな悩みを拗らせていたら何が似合うのかわからなくなってしまった。

気合いを入れたいデートの前とか、人前に出る仕事をするときは、このコンプレックスをかろうじて打ち明けられる友人たちに相談して服を選んでもらった。自分で服を買うときは「変じゃないかな」という視点でしか選べてなかったかもしれない。

それが32歳になって、ここ半年くらいで、急に服に興味を持てるようになった。

きっかけは編み物。

もともと編み物は好きだし、得意だった。でも身につけたいものを作りたいというよりも、「編む」という行為に没頭するのが快感なだけ。単純作業を繰り返せる幅が広くて長めのマフラーや、友人に頼まれてすぐに編めるスヌードばかりを編んできた。

一昨年の年末、体調を崩して2ヶ月だけ休職することになった。「休む」というのが極端に下手なので、家にいてもずっとスマホを見てしまう。それがたぶんよくないだろうことはわかっていたので、スマホから離れるための仕掛けとして編み物を再開した。

平面しか編んだことがなかったけど、せっかくだからと手袋や靴下に挑戦してみたら、案外なんのつまづきもなく完成した。

夏になって、特に何の考えもなくただ思いつくままに作ってみたバッグをインスタにあげたら好評で、友人10人くらいに編んで渡した。

ここまでいろいろ編めるなら、そして長時間編み続けることが全く苦痛にならず、むしろ楽しめるなら、そろそろセーターも編めるのでは? そんな考えが頭をよぎった。

とはいえ失敗するかもしれないし、最初は簡単そうで地味なやつでいいや、とオカダヤで店員さんに相談しながら、最もシンプルな半袖セーターを編むことにした。

まず毛糸の量で怯む。今までマフラーなどで使っていた分量の3〜4倍する。しかも肌触りの良い毛糸、高い。これだけ散財するのだから、生半可な気持ちじゃなくちゃんと完成させよう、と気合いを入れた。

パーツは2枚だけ。思った以上にスムーズに完成して、すぐにでも着て出かけられた。意外と「手編みなんです」と自分から言い出さなければ、既製品だと思われる。誰からも声がかからないことが逆に「ちゃんとした服を編めた」という安心感に繋がった。

マフラーやスヌードに比べて、パーツごとの形が複雑な分、完成したときの達成感が段違い。この満足感に味を占めて、すぐさまニット本を選びにいき、次の1着に手を出した。

これは野口智子さんの『わたしのセーター』という本を見ながら編んだカーディガン。パーツが5つもあること、思っていた以上に袖って布面積が広くて、全然終わらないことに挫折しそうになったが、アルパカの肌触りの良さに支えられて完成までこぎつけた。


次は『DARUMA PATTERN BOOK5』のニットベスト。このあたりから、せっかく自分で作ったのだから、ほかにどんな服を合わせられるかなと考えるのが楽しくなってきた。今まで無難で地味な色ばかり選んできたけど、ここで使った「GEEK」という毛糸が思ったよりも派手すぎず、もっと明るい色も使ってみたいと思うようになった。

これも『DARUMA PATTERN BOOK5』から、ボトルネックセーター。毎回1着ごとに何か新しいことをしようと思って、この時は引き上げ編みというのを覚えた。グレーとオレンジが、着たときや見る角度で違った色合いに見えて気に入っている。

次は何を編もう、と考えていたときに、濱田明日香さんの『かたちのニット』という本を見つけた。

真っ赤なソーセージみたいな不思議な形のカーディガンは、袖のボリュームが可愛い。ちょっとコートは選ぶけど、緊急事態宣言が出ているし仕事は在宅だし、家の中で気分を上げるには最適な1着だ。自分でこんなに真っ赤な服を選んだことはなかったけど、明るい服を着ると気持ちも明るくなるというのをほぼ初めて体感した。

こんな服が編めた! と周りに自慢して回りたいけど人に会う機会も少ない。服を着た写真を撮るのが楽しいと感じるなんて、これもほぼ初めてだった。

そしてついさっき、完成したばかりの1着は、これも『かたちのニット』を見て編んだもの。鮮やかな色の毛糸を選ぶこと、その服を着ることへの抵抗がなくなっていることに気づいた。抵抗がないというより、楽しい。

作るものの形がどんどんオーソドックスから離れていって、色もどんどんカラフルになっていく。

服に興味が持てないコンプレックスは諦めて一生付き合っていかなければならないと思っていた。それがまさか自ら「服を作る」ことがきっかけで楽しめるようになるとは思ってもなかった。こんなに短期間で顕著に、長年の悩みから解放されて自分の感覚が変わっていくなんて、思ってもなかった。

さっき編み終えたばかりなのに、今すでに「さて次は何を作って何を着よう」とわくわくしている。

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