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がん患者の報道に、「生活習慣」は必要な情報?エディ・マネー氏の訃報を見て

著名人ががんの罹患などを公表した時、あるいは死亡した時にさまざまな情報が流される。人となりや功績、よく知られていることも知られざるものも、とにかく情報があふれる。その中で気になるのが、「こんな習慣があった」と、まるで病気と因果関係があるかのように書かれる情報だ。特に多いのが飲酒や喫煙といった生活習慣なのだが、これはなんの為なのだろう?

著名人のがん公表に苦しむ患者・サバイバー

私は自分が乳がんに罹患してから、同じ病になった著名人の報道に苦しめられるようになった。乳がんに罹患する著名人は多いし、最近は公表する人も多い。それぞれに辛いポイント、不安なポイント、がんばるポイント、救われたポイントがある。しかし、私はポジティブなことでも「やめてくれー!」となることもある。きっかけは小林麻央さんの時だった。

自分はほとんど寛解の状態ではあったけれど、ほぼ同じ歳での発症であることや、境遇の差や進行の違い(がんそのものの違いによる)に心を痛めた。メディアが大きく取り上げ世間の関心事になるにつれ、共感だけではない苦痛が増していった。大半を占めるのは、当事者ではない人たち――健康な、健常な人たち――が自分の感じるありとあらゆる不安を、彼女と関係者の一挙手一投足、一進一退にぶつけていたことだった。急に乳がんが心配になる人も多く、私がサバイバーであることを知っている人たちが直接「あれって○○が原因だよね」「ああはなりたくないね」「あなたは大したことなかったから、無事なんだね」と言うほどになった。私に彼ら彼女らの不安を解消してあげることはできないし、検診を受けなさい、受診するなら乳腺外科、ぐらいのアドバイスしかできない。不安な彼ら彼女は、そういった発言で私や他のサバイバーを殴りつけていることなど、知る由もないだろう。

小林さんの時ほど大掛かりな劇場状態でなくても、ちょっとしたメディアの見出しや書き方が一般の不安をあおり、持て余された不安をどこかに、誰かにぶちまけさせるような事態は、少なくない。しかも亡くなった方は「死人に口なし」であるから、反論も弁明もできない。治療中やサバイバーの人たちにとってもそれは非常に難しく、「炎上」となるのがせいぜいだ。

大ヒット歌手、エディ・マネー氏の死と食道がんと喫煙習慣と

2019年9月14日に亡くなったアメリカのミュージシャン、エディ・マネー氏の訃報の第一報を見た時、メディアの「書き方の怖さ」をあらためて感じた。Newsdayというウェブニュースの記事 "Reports: LI-raised rocker Eddie Money has died " (Guzmán, Rafer)は、見出しのすぐ後、前文となる第一パラグラフでヒット曲や受賞歴を並べた後、このように記述していた。

A longtime smoker, Money died of complications from stage four esophageal cancer in 2019 at age 70.
長い間、愛煙家であったマネー氏は、ステージ4の食道がんによる合併症で70歳の生涯をとじた。

事実であったとしても、喫煙習慣についてはこの位置で書く情報だろうか?

食道がんと喫煙については、国立がん研究センターのがん情報サービスに以下のように記述されており、確かに医学的に強い関連があるとされている。

食道がんの発生する主な要因は、喫煙と飲酒です。特に日本人に多い扁平上皮がんは、喫煙と飲酒との強い関連があります。飲酒により体内に生じるアセトアルデヒドは発がん性の物質であり、アセトアルデヒドの分解に関わる酵素の活性が生まれつき弱い人は、食道がんの発生する危険性が高まることが報告されています。また、喫煙と飲酒、両方の習慣がある人は、より危険性が高まることが指摘されています。熱いものを飲んだり食べたりすることが、食道がんができる危険性を高めるという報告も多くあります。
https://ganjoho.jp/public/cancer/esophagus/index.html

著名人はその影響力から、病気について公表して経験を語ることで注意喚起や、同病の人たちを励ますことができる。この記事の見出しと前文を読んだ人が、禁煙しなきゃとか、タバコには手を出すまいと考える可能性も高い。けれど、喫煙経験がなくても食道がんになる人はいるし、ヘヴィスモーカーが罹患しても、後悔はできても時間をさかのぼって取り消すことはできないのだ。はっきり言えば、がんの原因を生活習慣に求めても意味がないと思う。

個人の生活や習慣に病気の原因を求めすぎないで

関連があやふやな生活習慣を派手に報道するよりも、食道がんがどういう病気で、治療法(標準治療)がどのようなものであるか、気を付けたい症状の紹介などが価値の高い情報ではないだろうか。そうすれば、一般の人たち同士が不安で殴り合う、あるいは医師など専門家、患者などの当事者とエビデンスで殴り合うことが、避けられるのではないか。あるいは、エセ医療や詐欺行為の蔓延を止めることもできるのではないだろうか。

死にまつわる、あるいは連想させる不幸を報道する時、ネガティブな感情はどうしても含まれる。悲しみや怒りは、共有したり共感を呼び起こすこともできるが、不安は多くの人を惹きつけながらも、苦痛を生みだすことが多い。不安の増幅が、誰かの幸福を助けたり推進するものだとは、私には考えられないのだ。

エディ・マネー氏の報道は、直後に家族が声明を出したことによりアップデートされ、先に上げた文章は本文の中ほどに位置している。

A longtime smoker, Money revealed his cancer diagnosis in an AXS TV news release in late August. At the time, there were plans to chronicle his treatment on the show's upcoming season.
https://www.newsday.com/entertainment/music/eddie-money-dead-1.36255622

彼は食道がんであることをテレビ番組で公表し、それがまさに放送される直前の死だった。おそらく、その収録で喫煙習慣についてコメントしていたのだろう。そのテレビ番組では闘病生活も次シリーズとして計画されていたというから、自らの経験を直接語り、さらけ出していこうとしていた。しかし、本人が後悔や苦悩を語る姿を見せる前に、亡くなってしまった。直接の死因は、心臓弁置換手術による合併症とのことだった。

エディ・マネー氏のヒット曲のひとつ「Baby Hold On」

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