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最後の晩餐に食べたいのは、サンドイッチ


最後の晩餐に何を食べたいか、という話題があった。

最後の晩餐。もう二度と食事はできませんよということ。それが、死ぬ前なのか、食べるという行為ができなくなることなのか、食べ物が消滅することなのか。シチュエーションだけでもいろいろありそうだ。

なんでも選べるんだろうか。値段とか、食材の稀少性とか、料理の難易度とか気にせずに?
食べ慣れたものにするか、未知のものにするか。
シンプルにするか、ゴージャスにするか。
とっておきのものにするか、食べることを永遠に放棄するに足るものにするか。
いとおしいものにするか、にくしみにまみれたものにするか。

私は、食べることが大好きだ。嫌いな食べ物があまりない。苦手なものも、それなりに飲みこむことができる。味付けの好みははっきりしていて、ちょっと偏屈かもしれない。国境にこだわらず、なんでも食べてみたいが、自国内ではうるさい。

そういえば、「お誕生日だから好きなものをつくってあげる。何がいい?」と聞かれて困惑したことがあった。兄たちはすぐにスコッチエッグとかリクエストしていたが、私は幼くて選択肢をあまり持っていなかったからか、よくわからなかった。寒い季節の生まれなので、シチューがいいと言ったら、「そんな簡単なものでいいの?」と言われたけど、シチューは好きだった。別に母の得意料理でもなんでもない。だから母は不満だったのかもしれない。私は、給食でシチューが出たらなんとしてでもおかわりをするぐらい、シチューが(ホワイトシチュー)好きだったのだけれど。

少し大きくなって、誕生日には外食しましょう、何がいい? と言われてもわからなかった。だって、外食に何があるのか知らなかったから。まだファミレスがなかった頃、ファミレスの走りみたいなレストランに行くと、どれも高い気がした。それで、家では食べられないけどなるべく安いもの、と思って、いつも「なんとかステーキ」(1000円前後)を選んでいたら、兄から「バカの1つ覚えだな、外食でいつもステーキしか選ばないなんて」と言われた。でも、他のメニューはたいてい母が作っている中にあるものだったし、1000円以上のものを選ぶのはいけない気がしていた。

もっと大人になると、チャレンジを言うようになった。どうせ私の誕生日はダシなので、よそゆきの特別でないと行けないような店とか料理を選ぶべきだ。名店の水炊きとか、タイ王宮料理をリクエストした。

でも、最後の晩餐には何がいいだろう? しばらく考えて、思いついた。サンドイッチだ。

旅行先で、めったに会えない友人と落ち合った。そこは友人の地元で、私ははるばる旅してイベントに参加したのだ。

イベントが無事に終わり、成功の余韻にひたる控えルームで、参加者たちは簡単な食事をとっていた。調理されたものもあれば、自分でつくることもできるように素材状態のものもある。私は参加者ではないけれど、友人と話すために控えルームに入れてもらって、ビールを飲みながら話していた。やがて解散の時間が近づく。参加者たちは全員、同じ宿泊先に戻る。私は自分で手配した安いホテルに戻る。時間は深夜近くで、ホテルのレストランは閉まっているし、売店もない。周りにコンビニもない。

友人は、「あなた、ホテルに帰っても食べるものがないでしょう?1日、バタバタしていたから、きっと着いた頃にはお腹がぺこぺこになるよ。明日の出発も早いんでしょう?」と心配してくれる。この人は、陽気でおおざっぱに思われているけれども、実はものすごく気が利く。だから皆に愛されている。

「ここにある材料でサンドイッチを作ってあげるわ。パン、ハム…あなた、生野菜は嫌いじゃなかったよね?」

てきぱきと食材を集めてくる。誰も手を付けていなかった高級そうなハムのパッケージを惜しげもなく、私のために開封する。昔、有名なパン屋でアルバイトをしていたと言っていたけれど、嘘じゃなかった。レタスのたたみかた、ハムがたくさん乗るようにコンパクトにする丸めかた…さすがだ。

「マヨネーズ入れなきゃ…だれか、マヨネーズ知らない?」

マヨラーを自認するその人は、ないはずないのに! とマヨネーズを探し回ったが見つからず、がっくりしながらフムスとワカモレのパックを探し出してきた。

「どっちがいい?」と聞く目は泳いでいる。その人はアボカドが大嫌い。フムスを挟むのは自身のサンドイッチ倫理に反すると思っている。私はくすくす笑いをこらえて、ワカモレにしてもらった。私はアボカドが好きだし、こっちにはマヨネーズが入ってるからこっちがいい、と。

よっしゃ、とその人は美しくワカモレを盛り、パンではさんだ。そうっとぎゅうっとふんわりと、上から押す。そのそろえた10本の指が、たとえようもなく美しかった。前から手のきれいな人だな、と思っていた。きちんと短く切りそろえられた爪と、しなやかな関節。のびやかなてのひら。おいしく落ち着きなさいよというように、押していた。

食事用のナイフを器用に使って、パンを対角線で切り分ける。ジップロックを持ってきて出来上がったサンドイッチを入れ、またそうっとぎゅうっとふんわりと、上から押した。顔つきは真剣そのもの。この空気を抜く作業が仕上げなのだ。

「これで、はらぺこで惨めな思いをしないですむからね」と、にっこり特製のサンドイッチを渡してくれた。

私はホテルに戻り、早朝の出発に向けて荷づくりをし、シャワーを済ませて特製サンドイッチをジップロックから出して、三角に並べてみた。思った通り、デリに並んでいてもおかしくない、みごとな断面だ。そして、むしゃむしゃ食べ始めた時、メッセージがぴこんと届いた。

「ちゃんとホテルに着いた?荷造りは寝る前にすませておくようにね」
「もちろん、もう済んでるよ。いま、特製サンドイッチをいただいてる。おいしい!」
「でも、マヨネーズが入ってないから、私の完璧なサンドイッチじゃないのよ、それ」
「マヨネーズのほうがよかったのかもね。でも、おいしいよ~。私、アボカド好きだし」
「うひー、ぜったい嫌だわ。マヨ絶対!マヨ必須!!」

ありがとう、これでパワーまんたんだよ、そっちも気を付けてね~と送って、それぞれは帰路に着いた。

お願いとも言っていないのに、困ったとも言っていないのに、作ってくれたサンドイッチ。
その場にある、できるだけ最高のもので作ってくれたサンドイッチ。
家族でもない私のために、特別に作ってくれたサンドイッチ。
私のためだけに、私のことを思って作ってくれたサンドイッチ。

最期の晩餐には、そのサンドイッチを食べたい。


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