竜の呪い

私たちのコミューンは、
うっそうと茂る竹林の中に
隠れるように存在している。

元々はちっちゃな遊園地だったようで、
今や落ち葉で溢れかえるゴーカート・レーンや
錆びついて壊れたメリーゴーランド、
他にもわけのわからない
ものが敷地内にはたくさんある。

今日は朝から大忙しだった。
私と同い年の杏の子供が今日生まれそうなのだ。

「蓮ちゃんはガーゼを沢山用意してね!
翔さんは器具を消毒して……
あとの子たちは、保健室を出産用に、
いつもみたく準備して!」

私はいつも以上に張り切って指示を出した。

コミューンで誰かが出産するのはこれが
初めてじゃない。

今の日本には病院なんてないから、
全部自分たちでやる。

私たちはいつも「保健室」と呼んでいる
小さな部屋で、力を合わせて赤ちゃんを
とりあげる。

だけど、何回経験しても出産は
めちゃくちゃ緊張する。

なんでかな。

このコミューンは、身寄りのない
子供が主に集まって結成されてる。

家族との縁が薄い子だたちばかりだから、
こういうことには人一倍敏感だ。

出産をきっかけに、コミューンの子たちの
イヤな思い出がフラッシュバックしたり、
悲しむのは絶対に避けたいと、
私は必要以上に気負っていた。

特に、杏は私と同い年で、コミューンでは
最年長でもある。

これが年齢的にもきっと杏にとって最後の
出産だ。

絶対に失敗するわけにはいかない!

☆☆☆ ☆☆☆

「杏ちゃん!生まれたよ!よく頑張ったね!」
私は泣きながらそう告げた。

杏は顔を上気させて、視点が定まらない
ながらも一生懸命私のほうに笑ってみせてくれている。

私たちは、必死で動揺を杏に悟られまいと努力したけど、
どうしても涙がぽたぽた頬を伝っていく。

杏の生んだ赤ちゃんは、蓮の腕に抱かれていた。

「本当にするっと生まれて……とってもいい子……」
蓮は声を詰まらせながら、赤ちゃんを見つめる。

杏の生んだ子は、全身の皮膚が青く、そして
頭部がなかった。さらにどういうわけか、
尻尾まであった。

せめて息をしていてくれれば、
皮膚が青くたって尻尾があったって、
杏の子だ。

私たち全員で育てる。
コミューンで守っていく。

けれど、頭部のないこの赤ちゃんは、
生まれながらに死んでいた。

私たちは、この事実を杏にどう伝えたらいいのか
分からず、ただ涙を流していた。

☆☆☆☆

「姉ちゃん、ちょっと」

よびに来たのは、弟の太郎だった。
太郎はちょっとこい、とジェスチャーしている。

保健室から出た私たちは
竹がさらさらと揺れる庭で話をした。

「杏ちゃんの子……ダメだったのか?」

私としてもまだ現状が把握できておらず、
ぼうっとしながら、
「そうか、杏の子はダメだったのか……」
とようやく理解し、
改めて悲しみに全身が貫かれた。

うっうっ……としゃくりあげる私に太郎はこう言った。

「あのさ……最近、多いみたいなんだ。
この山にある他のコミューンでも、出産のときに、
ああいう赤ちゃんが生まれること、珍しく
ないって……。」

「え……そうなの?」

「うん。そういう子が生まれるの珍しくないから
『竜の呪い』とか呼んでるらしい。
みんなあんまりしゃべりたがらないけど……。
俺どっちみちこれから、
コミューンの合同集会に行く予定だったからさ。
そこでそれとなくまた聞いてみるよ……。」


☆☆☆ ☆☆☆

太郎が出かけてからも、
私はしばらく庭にたたずんでぼうっとしていた。

視線の先には、動かなくなった
メリーゴーランドがあった。

『竜の呪い』……なんだか、どこかで
聞いたことがあるような……?

涙でかすんだ目で眺めていると、
メリーゴーランドの馬のそばで、
何かが動くのが見えたような気がした。

あわてて目をこすってもう一度見ると、
いつも通りのただの壊れたメリーゴーランド
だった。

「気のせいか……。」

私は溜息をつきながら、コミューンの建物内に
のろのろと戻っていった。







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