onix ~オニキス~

私は昨今流行りの組み立て式家具には
一切、魅力を感じない。

だから彼との新居の家具を選ぶにあたっては
すべて「ちゃんとした」「本物の」家具を選んだ。

「イケアやニトリの家具で十分じゃねぇ?
2人で家具組み立てんのも楽しそーじゃん。」

そう言う彼に対し

「あなたとのお部屋には、
長持ちする家具を選びたいの!
自分で組み立てる家具なんてさぁ、
きっとすぐダメになっちゃうよ!
これからずーーーっと
一緒にいるんだもん♡
ずっと壊れない安定した家具を
お部屋に揃えたいのっ!」

私は決して譲らず、
彼との部屋にはカッシーナのカウチや
ハラコ張りの椅子が次々と運び込まれた。

大きなダイニングテーブルと椅子は、
一枚板の無垢素材の家具をオーダーで創る
アトリエに発注した。

「あと足りないのは、
リビングに置く
コーヒーテーブルだけだね♡」

毎日、お気に入りの美しい家具が運び込まれ、
だんだん理想の姿に育っていく部屋を眺め
私は大満足だった。


◇◇◇◇ ◇◇◇◇

そのテーブルを見つけたのは、
青山のインテリアショップだった。

見た瞬間のひとめぼれだった。

「ねぇ……これにしようよ。
これ、オニキスでできたテーブルだよ」
溜息をつきながら私は彼にささやいていた。

理想の家具にめぐり合えた瞬間は、
心がわしづかみにされてしまい、
私は息も絶え絶えになってしまう。

そんな私の心中もかまわず、
彼の言葉は無慈悲に降り注いだ。

「オニキス?何それ?
鬼にキス?
あっ!けど俺、
『仮面ライダーオニキス』なら
なんか聞いたことある!」

神々しいほどに美しい
漆黒のオニキス・テーブルに対し
「鬼」だの「仮面ライダー」だの言う彼を、
私は蔑みの目で睨んだ。

「オニキスはね、
パワーストーンなんだよ!
魔除けになるの!
テーブルまるまる一個パワーストーン
なんだから、きっとものすごい魔除け力だよ!」

「へー。
ってか、これめちゃくちゃ
重そう!
一体何キロあるんだよ?」

そう言いながら彼は
テーブルの端に手をかけ、
ぐいっと持ち上げようとした。

当然ながら、オニキスのテーブルは
びくともしなかったけれど、
彼はイケメン店員に
「お手を触れないでください」
と怒られていた。

抜群の安定性!
成人男性が持ち上げようとしても
微動だにしない重量感!
そして魔除け効果!

これから何十年も続くであろう、
彼との生活に、私はなんとしてでも
どっしりした礎が欲しかったのだ。

もうこのテーブルしかない!
ここで出会ったのもきっと運命!


真っ黒でなんかキモイだの、
重すぎて床が抜けるだの、
ぶつぶつ言う彼を尻目に、
すぐさまキャッシュで
テーブルを購入した。

リビングの真ん中に搬入された
その天然石のテーブルには
見たこともないような存在感があり、
私は大満足だった。


◇◇◇◇ ◇◇◇◇

今、私のカラダは、
その魔除け効果バツグンの
オニキスのテーブルに仰向けに
倒れている。

一点の曇りもない漆黒のオニキスは、
私の頭から流れる赤い血ですら
美しい色彩のコントラストにしてしまう。

私は天井あたりにふわふわと浮かび、
自分の死体を眺めつつ、

「こーして見ると、うふ~♡
やっぱ私、スタイルいいわぁ。
それにオニキスが私の白い肌を
引き立ててくれててうれしー♡」

一人、ご満悦でつぶやく。

そう、抜群の安定感、
一点の妥協もない完璧な色合い。
それは彼にとっては重荷でしかなかった。

ある日、肩のあたりをつかまれた私は、
彼によって何度もオニキスのテーブルに
振り落された。

彼はテーブルの角が、
ちょうど私の頭にあたるように、
うま~く角度を微調整しながら、
何度も何度も私を振り落した。

オニキスのテーブルは、
こんな用途にも抜群に優秀な
性能を発揮した。

テーブルには傷ひとつつかず、
もちろんテーブルは一ミリも動いていない。
けれど私の頭には致命傷となる
陥没がいくつも作成された。

「うーん、魔除けになる
オニキスによって私が死んでるって
ことはぁ、あはっ、
この部屋の「魔」は私だった、
ってことぉ?
いやーまいったな、
あははは!」

笑っても、一人。
一人というか、一幽霊。

けど幽霊って案外悪くないかも!

だって飛べるんだよ。

私は部屋から出て、春の空をしゅーーん!と飛ぶ。
まだ幽霊になったばかりだから、
飛ぶのにはけっこう骨が折れる。
ちょっとでも集中力が途切れると、
とたんに地面に向かって落ちて行ってしまう。

だから私はうんと集中して、
彼のいるところを探す。

おーいたいた。

見たことのない女と、
ボロアパートの部屋で彼が
いちゃいちゃしているのが見えた。
私はアパートのベランダに立って、
部屋の中を観察する。

やっぱりね……。
思ったとおりだよ。

部屋の中には、
明らかにイケアやニトリで揃えました!
と言わんばかりの家具しかないじゃん!

「こーんなチャチな家具ばかりのお部屋で、
どんな生活ができるのかしらぁ?
こちとら幽霊だからね、
お前らずっと観察してやるぅ!」

私はずっとベランダに立って、
部屋の中を観察し続ける。

やがて、部屋の2人は楽しそうに
なにやら組立始める。

ベビーベッドだ。

そのうち、ボロアパートには
子供のための机やらベッドやらが
増えていった。

その都度、彼と知らない女は
2人で
家具を組み立てるのだった。


◇◇◇◇ ◇◇◇◇

幽霊の私のかんじる時間では、
ほんの一瞬、観察しただけにすぎない。

けれど、人間の時間にしたら、
10年くらいは経っただろうか?

赤ん坊は、今やもう
立派に歩いたりしゃべったりしている。

そんな観察の結果、
一つ、とーーっても驚いたことがある。

赤ちゃんが生まれた奇跡だとか
その子があっという間に小学校高学年で
もうすぐ中学校だねぇ早いねぇとか、
そんな陳腐なことじゃあ、ない。

私が最も驚いたこと。

それは、

「10年たっても、
イケアとニトリの組み立て家具は、
十分使えてる!どこも故障していない!」

ってこと。

あんな家具さぁ!
数年で壊れると思ってたよーー。
案外しぶといんだね!

けど、けどさ。

逆に考えてみなよ。
逆に、怖くね?


安いからーー!って簡単に買っちゃった家具。

どーせすぐ壊れるだろうから、
買い替えの時になったら
本当に欲しい家具を買えばいいや!
って思って「とりあえず」で買った家具。

それらが、案外丈夫で買い替えの必要もなく、
10年も長持ちするって……怖いじゃん!

好きでもなんでもない家具に、
10年も縛られるってことだよ?
私だったら耐えられなーい!

たとえ殺されるリスクがあるとしても、
私は本当にお気に入りの家具に囲まれて
生活したい!

やっぱりオニキスは魔除けのテーブルだった!
あの部屋の「魔」は、私じゃなくて、彼だったんだ。

オニキスのテーブルは、ああいうかたちで
きっと私を守ってくれたんだね……!

そう結論が出たので、
私は彼と知らない女の部屋のベランダを
さっさと離れて、
だいすきなオニキスのテーブルが
ある自分の部屋へと戻ることにした。

いつの間にか季節はまた春!
空を飛ぶにはぴったりの季節だ。

桜並木を眼下に眺めながら、
私は表参道の自分の部屋を目指して
ご機嫌で空を飛んだ。



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