無題

【第1回】ネットデマ速報を始めたきっかけと、最初の事件

私が「ネットデマ速報」というアカウントを始めようと思いついたのは、2015年初夏のころでした。当時は有名SNSが次々に生まれていく過渡期が過ぎたころで、Mixi、Facebookの次に流行したTwitterがおおよそ定着してきた時期。ユーザー数の増加とともに、「バカッター」(自らの犯罪その他の反社会的行動を世間に曝け出す行為)や「パクツイ」(既にバズったツイートを自分のものにしてRTやフォロワーを稼ごうとする行為)などと呼ばれる迷惑投稿も横行するようになってきたころでもありました。

RTや「いいね」を集めることができれば、投稿の影響や真実性は二の次というユーザーが多くなり、ツイッター上で犯人やその関係者扱いをされた無関係の人物や団体が攻撃される例も増加。そうした中で、少しでもそのカウンターとなれる理性的なアカウントが存在するべきではないかと考え、ふと思いついたのが、ネットデマ速報というアイディアだったのです。

なぜTwitterだったのか

ネットデマ速報をツイッターでやろう、と考えた理由はいくつかありますが、「デマをつぶやいたり、拡散することが恥ずかしいとみんなが思えるような仕組みを作りたい」というのが最初の動機でした。ツイッター上ではリツイートという仕組みのため、あっという間にデマが拡散しがちですが、逆に言えばそれがデマであるということもすぐに拡散することができる利点があります。ネットデマ速報を見た人が拡散者に「それデマだよ」と引用リツイートでリプライすることも容易で、これは直接デマと戦うことができる強力なツールだと思いました。「デマをつぶやくとめんどくさい人がデマ速のツイートをリプしてきてめんどくさいことになる」とか「ソースの怪しいことをつぶやいてデマ指摘されたらフォロワーに恥ずかしい」といったふうに、目の前のデマをつぶしていくだけでなく、新たなデマを未然に防止することにもつながるのではないか――と考えたわけです。

一方で、ツイッターには1投稿140文字までという制限があり、「なぜそれがデマと言えるのか」の根拠も端的に説明することが求められます。デマにもさまざまな種類があり、写真やURL一つでそれがデマであることを証明できるものもあれば、非常に証明が困難なものもあります。特に難しいのが「真実である可能性もあるが、現時点でそれと決めつけるのは非常に危うい」投稿が急激に拡散している場合で、「あの事件の犯人はこいつらしい」というようなケースがこれ。一方的にデマ扱いすれば「デマかもしれないが本当かもしれないだろ。お前の方こそデマじゃないか」と反撃されることも考えられ、さらにそうした根拠を限られたスペースで明示することも簡単ではありませんでした。

そんな葛藤もありつつ、「いきなり完璧な運営ができるはずもないので、少しずつ要領を掴んでいこう」という割と軽いノリで始まったのがネットデマ速報(@demabuster)です。対象を「余り知られていないがデマの可能性があるもの」「現在拡散中でデマの可能性があるもの」「急激に拡散中でデマの可能性が強いもの」に振り分け、コラム<注意報<警報と位置づけてツイートをしていくことに決めました。

最初の警報

さて、アカウントを開設した2015年6月、最初に【警報】と題してツイートしたのが以下の投稿です。

【警報】寺社油事件で「日本キリスト教バプテスト会東京教会」の李起龍氏を容疑者と決めつけるツイートが拡散していますが、同教会によれば李氏は医師資格を持っておらず、52歳でもありません。朝日新聞報道の人物像と明らかに異なり、デマであると思われます。https://twitter.com/demasokunews/status/611079745560711168

文字数制限のため「寺社油事件」と短くしましたが、これは当時大きく報道されていた「寺社連続油被害事件」のこと。2015年4月以降、近畿地方を中心に各地の神社、仏閣で油のような液体が重要文化財や国宝などに撒かれる事件が相次いでいました。アカウントを開設した6月1日に、このうち香取神宮の被害について、「ニューヨーク在住のキリスト教系宗教団体の創始者」とされる人物に建造物損壊容疑で逮捕状が取られたと報道があり、さっそく2ちゃんねるなどで特定活動が始まりました。

この事件で最初に容疑者が浮上したと報道したのは6月1日付の朝日新聞朝刊でしたが、逮捕状の人物が2013年に宗教団体を設立したと記述があったことから、「2013年に立ち上げられた宗教団体は3団体しかなく、そのうち報道と合致するのはバプテスト会東京教会だけ」と2ちゃんねる上で書き込みがなされています。これを根拠に、同教会のHPに名前のあった「李起龍」氏が急速に犯人として拡散されていきます。

ネトウヨ「寺社仏閣に油をまいたのは韓国人!」
左翼「決め付けはよくない」
NHK「寺社仏閣に油をまいたのはアメリカ在住のキリスト教系団体の幹部」
左翼「それみろ!」
2ch「犯人特定。韓国系キリスト教、東京教会の李起龍」
左翼「」(Twitterより)
犯人はウリスト教の李起龍でまず間違いなさそうです。共存が出来ないで悪さする宗教は問答無用で認可取り消しで良いと思います。(Twitterより)

今でも「李起龍」でTwitter検索すると上記のようなツイート(2015年6月1日付)が見つかりますが、当時は「日本キリスト教バプテスト会東京教会の李起龍氏が犯人」と決めつける投稿がたった1日でネット上にあふれ、Twitterやまとめサイトにも急速に転載されていました。が、ネット上での犯人捜しは「2013年設立の団体は3つだけで、該当するのは李牧師のみ」などともっともらしい理由をつけているものの、そもそもそのソースが薄弱なお粗末なもので、デマの可能性が高いのは明らかでした。そこで、この当該教会に電話を掛けてみたところ、「次々に電話がかかってきて驚いている」「まさかと思って報道を見たが、『52歳の日本人医師』と書かれている。李さんは医師資格を持っていないし、年も違う」との回答を得られたため、まず一報することにしました。

これは余話ですが、ネットデマと嫌韓感情は相性がいいのか、韓国人による犯罪をめぐるあれこれには常にデマがつきものだったように思います。特に大きな事件があると毎回つきまとうのが「名前が伏せられているのは(在日)韓国人だから」というネットデマ。逮捕状執行前は匿名報道なのが当然なのですが、なぜか「韓国だから」という謎の理論をはさむと真実性が増すらしく、1年間の活動中何度もこの手のデマと対面したことをよく覚えています。(下記は当時投稿した内容です)

【速報】寺社油事件の容疑者名が伏せられているのは在日韓国人(韓国系日本人)であるためとの情報が拡散されています。逮捕の前打ち報道の場合、国籍にかかわらず逮捕状執行まで名前を伏せるのが報道の通例であり、デマと思われます。逮捕されれば間違いなく名前は報道されます。

デマと判明しても…

その後、報道各社からこの事件についての続報が続き、逮捕状の人物は「ニューヨーク勤務の子宮内膜症専門医(52)」と毎日新聞が報道。日本に住む牧師さんである李氏とは全く異なる人物像であり、デマであることが確定しました。(下記)

【警報】寺社油事件で、逮捕状が出た男はニューヨーク勤務の子宮内膜症専門医(52)と毎日新聞夕刊。この人物像と一致する人物が主宰する別団体のHPが存在することから、「容疑者は日本キリスト教バプテスト会の李起龍氏」説は完全にデマと判明しました。

その後、NHKが「男は2年前に宗教団体を創立したと名乗り、観光地で油を注いで清めたなどと発言していたことを団体HPで明らかにしていた」と報じたことから、IMM JAPAN創立者の金山昌秀氏がこの逮捕状の人物とみられることが明らかになりました(IMMJAPANのHPで同様の記載が確認)。しかし、この後も李氏犯人説は根強く拡散されます。

犯人がNHKの報道通り日本人(日本生まれ)なら、金山昌秀は通名で、本名が金昌秀、ホーリーネームが李起龍なのでは?(Twitterより)

「寺社油事件の犯人は李起龍(通名金山昌秀)。テレビが報じないのはおかしいと思う人はRT」などのツイートが見られるようになります。つまり、「韓国人は名前を自由に変えられる」「李起龍の日本での通名が金山昌秀」という発想。これも、官報を確認したところ、デマの可能性が高いことが確認できました。

【警報】「寺社油事件の犯人は李起龍(通名金山昌秀)。テレビが報じないのはおかしいと思う人はRT」とのツイートが拡散しました。昭和54年官報からすれば、IMM代表金山氏(52)の本名は「金昌秀」であり、李牧師とは別人物の可能性が大です。https://twitter.com/demasokunews/status/611088418936721410

こうした動きが続いたことから、バプテスト教会のHPに李氏が事件と関係ないことを示す声明が公表されます。

現在、当教会に関して事実と異なる情報が拡散されているようですが、当教会は寺社に油が撒かれた事件およびその容疑者とは一切関わりがありません。報道されている教団と当教会は全く異なる団体です。事実と異なる情報の拡散はお控えいただけますようお願い致します。(教会HPより、現在は削除)

さらに、ネットメディア「ガジェット通信」が「【寺社油まき事件】容疑者と誤解された教会が『一切関係ない』と異例の声明」(https://getnews.jp/archives/983149)を配信。デマ被害にあった担任牧師の李起龍氏(42)が電話での取材に応じ、「間違われて迷惑しています」と話していることなどを報じました。

「私は韓国から17年前に来日してずっと日本で暮らしている韓国人の宣教師です。そして私はイエスキリストの愛で日本と日本人を心から愛しています。今も毎日日本に地震が起きないようにと祈っています。私の生きるビジョンと人生の目的までもが遊び感覚で否定されるのは大変悲しいことですが、神様に委ねて前を向いて頑張りたいと思います」(ガジェット通信記事より、李氏のコメント)

この後、事件に対する関心が薄れていくとともに、李牧師を犯人視するツイートはなくなっていきます。しかし、今でも李牧師の名前を検索するとこの事件関連のサイトばかりがヒットしますし、Twitterにも当時のツイートが多く残っています。このようにデマが一度拡散されると、それが最終的に虚偽であることが証明されても、ネット上の個人情報が汚染されたままになってしまうケースはままあります。不確かなソースを元にデマを投稿することも、それを拡散することも、取り返しのつかないことを招くことがもっと知られてほしい。この一連のデマと対面して、そう強く思ったことを覚えています。

参考:Togetter「寺社仏閣の油まき犯は東京教会というデマが分かっても謝れない人々」(https://togetter.com/li/830280

終わりに

その後も、こうしたデマ速報を少しずつ仕事の合間に続けていきました。その間には面白いことも、不快なこともあり、新しい発見も、財政難による挫折も体験しました。そうしたあれこれはまた、次のnoteにて。

結局ネットデマ速報は物理的・経済的に1年以上運営し続けることが困難になってしまいましたが、noteでは全ての記事を無償で投稿していくつもりです。当時の活動に賛同していただける方、noteでの活動を支持していただける方は、投げ銭などしていただけると励みになります。仕事の合間に少しずつ投稿していきますので、しばしおつきあいください。

いつもありがとうございます。「ネットデマ速報」のかつての活動に賛同し、また現在のnoteでの投稿を応援して下さる方は、少しでもご支援くださると励みになります。