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【脚本】竜馬を殺した女たち:前編


《あらすじ》

 竜馬にもてあそばれ捨てられ、恨みを持つ女、千葉さな(29)、楠本イネ(35)、和歌山奈津(30)の三人は、同じ境遇のおりょう(27)を誘って、  
 竜馬を殺す計画を立てる。
 しかしその計画に気付いた竜馬の親友、中岡慎太郎(29)に阻止され 
 て・・・
 今明らかになる、坂本竜馬暗殺の真相!


《登場人物》

 おりょう(35、27) 旅籠の女中

 千葉さな(29)   剣術師範

 楠本イネ(35)   女医

 和歌山奈津(30)  旅籠の女中

 坂本竜馬(31)   浪士

 中岡慎太郎(29)  陸援隊隊長

 阿部(30)     新聞記者

 幕府の役人A・B

 パークス(39)   イギリスの外交官

 忍び

 禅僧


 
      料亭田中屋の前。
   T「明治7年7月」。
   新聞記者の阿部(30)、歩いて来て立ち止まる。ハンカチで顔を拭
   い、団扇で顔を扇ぐ。
   メモした店名と店の看板を見て確認する阿部。

阿部「ここか……」

   暗転。
   SE(風鈴の音)。
   明転。
   田中屋の部屋の中。
   阿部、おりょう(35)、座っている。
   おりょうは窓際に座り団扇を扇ぎながら阿部の名刺を見ている。

阿部「今日はお忙しいところお時間いただきありがとうございました。○○
 新聞の阿部と申します。あの早速ですが、お手紙でもお伝えしましたが今
 日はおりょうさんの旦那さんでいらした坂本竜馬さんのことをお伺いした
 くてやってまいりました」

おりょう「ああ、竜馬ね……」
阿部「はい」


   背景に竜馬の写真の数々を映し出す。

阿部「あの薩長同盟を仲介したのは実は竜馬さんだった、そして大政奉還の
 裏にも竜馬さんの活躍があったという……明治維新の真の立役者は実は西
 郷さんでも大久保さんでも木戸孝允さんでもなく、坂本竜馬だったのでは
 ないか? これが我が社が今度一ヵ月にわたって特集する企画なんです」


   おりょう、団扇を扇いで阿部の話を聞いている。


阿部「そこで本物の竜馬さんを知る人物に竜馬さんの人となりをお聞きした
 くて今日は参りました」

おりょう「ああ……そうですか」

阿部「おりょうさんはあの寺田屋で竜馬さんが伏見奉行の連中に捕まりそう
 になった時、入浴中だったにもかかわらずなんと裸でそのことを竜馬さん
 にお知らせになったとか(笑)……」

さな「……(微笑んでいる)」

阿部「なんでも日本で初めて新婚旅行、ハネムーンにいらっしゃったのは竜 
 馬さんとおりょうさんだったとか(笑)……いやー、今日は是非そうした
 エピソードもお伺いしたくて参りました」

さな「……阿部さんと申しましたね?」

阿部「はい……」

さな「あなた坂本竜馬という男にどんな印象を持ってますか?」

阿部「それはもう、大きな大きな人物で、あの頃の武士たちがみな薩摩だ長
 州だ幕府だと、自分の所属する組織のことしか考えていなかったのに対し
 竜馬さんだけは日本全体のことを考えていらっしゃった、私は心の底から
 あの方を尊敬しております」


   おりょう、黙って団扇を扇ぐ。
   SE(風鈴の音)。


おりょう「阿部さんとやら……」

阿部「はい?」

おりょう「(阿部を睨みつけ)あなたの考えは全くトンチキ! ぜーんぶ間
 違っています!」

阿部「トンチキ……?」

おりょう「坂本竜馬はろくでもない男です」

阿部「あなた何てこと言うんですか、坂本竜馬はそんな男ではありません、
 あの人は日本一大きな男です」

おりょう「いいや、あの人は器の小さい、あそこも小さいクソみたいな男で
 した」

阿部「なんてことを……お言葉を返すようですが、あなた坂本竜馬の偉大さ
 を全くわかっておられない、坂本竜馬は偉大なお方です」

おりょう「いいや! 坂本竜馬は、ろくでもないクソ男です!」

阿部「いいや、坂本竜馬は偉大な人です!」

おりょう「いいや!」

阿部「いいや!」


   にらみ合うおりょう、阿部。
   タイトル『竜馬を殺した女たち』。
   暗転。

   明転。
   京都の街。
   T「八年前・京都」。
   おりょう(27)、早足で歩いて来る。
   一軒の蔵がある。おりょう、「ここかな?」という感じで蔵の前で立
   ち止まる。
   おりょう、扉をノックすると、和歌山奈津(30)が顔を出す(警戒し
   た表情で)。

 

おりょう「あ、奈津さん、大丈夫なんですか起きてて? 病気でお休みして
 るはずじゃ?」

奈津「え? ああ、まあね、それよりおりょうちゃん、あんたここに来るこ
 とは誰にも言わなかったかい?(辺りを見回して)」

おりょう「はい、手紙を読んですぐに来ましたから」

奈津「出てくるとこ女将さんにも見つからなかったかい?」

おりょう「ええ、大丈夫だと思いますけど」

奈津「よし、じゃあ、とにかく早く中に入って、さあ」

おりょう「は、はい」


   おりょう、部屋の中に入る。
   奈津、辺りを見回して扉を閉める。


おりょう「奈津さん病気じゃなかったんですか? 手紙には倒れて死にそう
 だって書いてありましたけど」

奈津「ああ(笑)あれはもう治ったんだよ、最近はいい薬があるからね」

おりょう「そうですか。それなら良かったです。じゃあ、私まだお仕事があ
 るんでこれで帰ります。」

奈津「ああ、ちょっと待った」

おりょう「え?」

奈津「ちょうど良かった、実はねあんたに紹介したい人がいるんだよ」

おりょう「私に?」

奈津「ああ、ちょっと、ちょっとこっちおいで……」


   おりょう、奈津に続いて蔵の中へ入り、暖簾をくぐると、そこには座
   敷があり、ピストルを持った千葉さな(29)、槍を持った楠本イネ
   (35)、が座っている。


奈津「さなさーん、イネさーん、連れてきました、こちらおりょうちゃんで
 す」

さな「ああ、いらっしゃい、あんたがおりょうちゃんか……あいつが好きそ
 うな顔してるわ」


   さな、ピストルをおりょうに向けて構える。
   おりょう、ビックリしてよける。
   イネ、槍を持っておりょうの周りをぐるッと回っておりょうを観察。


イネ「ほんまやね」

奈津「(おりょうに)ピストルを持ってるのがさなさんで、槍を持ってるの
 がイネさん」

おりょう「あの……これは、いったい?」

さな「いいから座りなよ、あんたどれ使う? ピストル、鎌、刀、それに火
 縄銃もあるよ、とりあえず鎌にしとくか」


   さな、おりょうに鎌を渡す。


おりょう「(受け取り)えあ、どうも……いやそうじゃなくて」

さな「よし! これで揃ったね、じゃあ、会議を始めようか(座る)」

イネ・奈津「ああ(頷いて座る)」

おりょう「(一人ぽつんと立ったまま首を傾げ)あの……すいません、私ま
 だよく分かってないんですけど」

イネ「鎌じゃダメかい? じゃあ、槍にするかい? でも重いよこれ(槍を
 差し出し)」

おりょう「いや、そうじゃなくて……」

さな「ピストルがいいのかい? 使い方分かるのかい?」

おりょう「分かりません」

さな「(微笑)じゃあ、教えてあげるよ、座んな」

おりょう「はい、っていや、そうじゃなくて」

イネ「じゃあ、なんならいいんだよ(武器を指して)好きなの選びなよ」

おりょう「ありがとうございますって、だからそうじゃなくて! いったい
 これは、今日は何の集まりなんですか?」

さな・イネ「……?」

おりょう「なんで、こんなにたくさんの武器があるって、こんな物騒な感じ
 なんですか? 私なにがなんだかさっぱり分からないんですけど」

さな・イネ「……」

さな「え? 奈津さん、あんた何も説明してないの?」

奈津「ごめんごめん。ちょっと言いそびれちゃってねー」

イネ「えー? 嘘やろ? じゃあ、この子何も知らんでここ来たの?」

奈津「ヘヘ、まあ、そういうこと」

おりょう「……」

イネ「まったく、(奈津に)あんたはしゃーない奴やな一番大事なこと伝え
 てないなんて」

奈津「だってこの子うぶだからさー、ホントのこと言ったら協力してくんな
 いと思ってさ」

イネ「(おりょうを見て)まあ、そりゃ分からんでもないけどね」

おりょう「あの、教えてください、皆さんいったい何のためにここにお集ま
 りなんですか?」

奈津「……」

イネ「(さなを見て)どうする?」

さな「(微笑)まあいいじゃない……教えてやろうよ……」

イネ・奈津「(頷く)」

さな「おりょうさん、あんた、坂本竜馬のことは知ってるよね?」

おりょう「はい……って知ってるもなにも竜馬は私の亭主ですけど……」

イネ「(爆笑)亭主って」

おりょう「あの、何がおかしいんでしょう?」

さな「コラ、イネさん!」

イネ「だって(笑)」

おりょう「……」

さな「(おりょうに)実はね、今晩あたいたち、坂本竜馬を殺しに行くんだ
 よ」

おりょう「え!?」


   暗転。
   明転。
   京都の街。
   舞台中央、そば屋の屋台。
   竜馬(31)、下手から歩いて来る。ブーツを履いている。


竜馬「(下手に向かって)しっかし、西洋の技術っちゅうのはすごいもんじ
 ゃの、(右肩の辺りを触りながら)いやーおじちゃん、おかげで助かった
 わ、パークスさんにもよろしゅう伝えといて、ほんなら、また頼むよ、え
 えからええから、とっといて、ほなまた」


   幕府の役人A・B、下手からやって来て竜馬のあとを尾けてやって来 
   る。
   舞台上をぐるぐると(時折立ち止まったり、後ろを振り返ったりしな
   がら)歩く竜馬。
   その後を尾ける役人A・B。
   竜馬、そば屋の屋台に向かって、

竜馬「おう、ちょうとそば一杯くれるかなのう? ああ、いや、そばはいら
 んき、その熱いツユだけ貰おうかの、出来るだけ熱うしてな、あ? ツユ
 だけ買ってどうするかって? (どんぶりを受け取り)そりゃもちろん、
 こうするのよ」


   竜馬、どんぶりの中身のツユを役人A・Bにかける。
   「アチアチ!」と顔を押さえる役人A・B。
 

竜馬「(笑)どうや? 熱くて美味いやろ」

 

   竜馬、走り出し、上手へ去る。
   慌てて竜馬を追う役人A・B、上手へ去る。
   竜馬、下手から走って来て屋台に隠れる。
   役人A・B、下手から追いかけて来て、辺りをキョロキョロ見回して
   上手へ去る。
   竜馬、屋台から出て来てニンマリしていると、役人A・B、「いた
   ぞ!」と言って上手から追いかけて来る。
   下手へ逃げる竜馬。
   役人A・B、走って下手へ去る。
   笠をかぶった禅僧、上手から歩いて来る。
   竜馬下手から走って来て禅僧とすれ違い、ふと閃き、立ち止まり、振
   り向き、禅僧を追い掛ける。
   禅僧と竜馬、上手に去る。
   役人A・B、下手からやって来る。

 

役人A「ちくしょー、どこ行きやがった」

 

   禅僧に変装した竜馬、上手から歩いて来る。
   禅僧(竜馬)とすれ違う役人A・B。
   役人A、違和感を覚え振り向き、禅僧の姿をよく見ると、禅僧、ブー
   ツを履いている。


役人B「ブーツ! ブーツ」

役人A「あいつだ! この野郎!」


   竜馬、笠を取って逃げ出す。下手へ去る。
   追い掛ける役人A・B。下手へ去る。
   上手から走って来る竜馬。


竜馬「うわっなんやここ、行き止まりかい」


   上手から追い掛けて来る役人A・B。
   役人A・B、刀を抜き、じりじりと竜馬と距離を詰める。


竜馬「ああ、どーもお疲れさんです、ハハッ(立ち去ろうとする)」

役人A「(竜馬の前に立ちはだかり)馬鹿野郎、それで済むはずないだろ
 う」

役人B「大人しくつかまりゃいいものを、よくも色々やらかしてくれたな坂
 本竜馬」

竜馬「え? ああ、おたくらあの竜馬さん探しとったんかい、わしゃよく間
 違えられるんや、顔がよく似ちょるらしいのー、ほな」

役人A「(竜馬の前に立ちはだかり)だから、それで済むはずないだろ
 う!」

竜馬「(笑)やっぱ無理か、ハハッ、そんならわしも武器を出すしかない
 の」


   竜馬、懐からピストルを取り出し構える。
   身構える役人A・B。


竜馬「このピストルとおまんらの太刀とどっちが早いか試してみるか?」


   竜馬、ピストルの引き金を引く。
   が、弾が入ってない。


竜馬「うん? あら? 弾切れか? あ、ちょっと待ったや、旅籠に弾取っ
 てくるき(歩き出す)」

役人A「(竜馬の前に立ちはだかり)だから、それで済むはずないだろ
 う!」

役人B「坂本竜馬、成敗いたす」


   役人A・B、刀を振りかぶる。
   暗転。
   SE。キンッ、カンと刀が当たり、刀が地面に落ちる音。
   明転。
   中岡慎太郎(29)、刀を構えて立っている。
   役人A・B、中岡に腕を斬られて腕を押さえ立っている。役人Bの足
   元には落とした刀が転がっている。
   痛みをこらえながら刀を構える役人A。
   中岡、役人A・Bをにらみつける。

 

役人A「お前は……」

役人B「陸援隊の中岡慎太郎……」

中岡「(微笑)」

竜馬「おいおい、中岡、おまん遅いぜよー」


   役人A、中岡に襲い掛かる。が、再び中岡に腕を斬られ刀を落とす。


役人A「くそっ……行くぞ」

役人B「(頷く)」


   役人A・B、走って去る。
   竜馬、役人A・Bの落とした刀を拾い、


竜馬「おーい、忘れもんじゃぞ(笑)、へなちょこのくせにいい刀持っとる
 のー、こりゃ質に入れたらいい金になるぜよ(笑)」

中岡「(刀を鞘に納めながら)竜馬さん、あんまりウロチョロしないでくだ
 さいよ、あなたの命を狙ってる人は大勢いるんですよ」

竜馬「おまんが付いてくれてれば大丈夫じゃき、ホレ、今回だってこうして
 助かったやないか(笑)」


   竜馬、中岡の肩を抱く。


中岡「はー、まったくしょうがないなー竜馬さんは、みんなその愛嬌にやら
 れちゃうんだよな」

竜馬「ハハッ、これがわしの武器じゃき」

中岡「西郷さんも、桂さんもその武器でやられちゃったんだろうな」

竜馬「ハハッ、そうじゃ、焼くな焼くな」

中岡「(微笑)」


   暗転。
   明転。
   舞台中央、さな、イネ、奈津、おりょう、座って話している。


おりょう「あのー、皆さんの仰っていることはなんとなく分かりました」

さな・イネ・奈津「(頷く)」

おりょう「でもやっぱりよく分かりません」

さな・イネ・奈津「(ズッコケる)」

おりょう「なんで竜馬さんを殺さなきゃいけないんですか?」

さな「はー、まったくあんたも物分かりの悪い女だねー、ここにいる私らは
 あんたも含めてみんな竜馬のやつにいいように利用されてもて遊ばれたん
 だよ」

奈津「ああいう男を生かしておくわけにはいかないでしょ」

イネ「そや、ガツンと天罰下したらんと、世の中の男がみんなつけあがるか
 らな」

奈津「そう、あたいはあいつの身体を串刺しにして三条河原にさらしてやり
 たいわ」

イネ「ああ、あいつの首をちょんぎってね」

さな「そんなんじゃ足りないよ、私はあいつのあそこをちょんぎってチョン
 マゲのかわりに頭に載せてやるつもりだよ」

イネ・奈津「いいねー(笑)」

おりょう「あのもう一度確認しますけど、みなさんが仰ってるのはあの土佐
 の坂本竜馬さんのことでよね?」

さな・イネ・奈津「ああ(頷く)」

おりょう「あの……私はそんな悪い人だと思いませんけど」

イネ「あんたあのろくでなしを庇うのかい?」

奈津「串刺しにしたいと思ったことないのかい?」

おりょう「串刺しだなんて、竜馬さんはだらしないとこはあるけど、根はと
 っても優しいお方です」

イネ「まったくしょうがない子だねー、何処までお人好しなんだいあんた
 は」

さな「イネさん、許してやんなよ、おりょうさんはきっとまだ竜馬のことよ
 く知らないのよ」

おりょう「そんなことありません! 私は誰よりも竜馬さんのことを知って
 るつもりです」

さな「あら、そう(微笑)」

イネ「なら教えて貰おうか、うちらの知らん竜馬のことを」

おりょう「いいんですか? 言ったら傷つくのはあなたたちかもしれません
 よ」

イネ「(奈津に)いいわよねえ?」

奈津「(頷き)言ってごらん」

おりょう「分かりました、じゃあ、話します。あれはちょうど去年のことで
 した」


   上手にスポット。
   竜馬、現れる。
   おりょう、竜馬の前に立つ。


竜馬「おりょうそんなにふてくされんと、あの女は勘違いしとるだけじゃ」

おりょう「嘘! だって手繋いでたじゃない」

竜馬「あれはホレ、手相を見てもろうてただけじゃき」

おりょう「手相?」

竜馬「ああ、そうじゃ、あのおなごがあんたはこれからの日本を背負って立
 つだけのうつわがある男かどうか見定めてやるって言うから見てもろうて
 ただけじゃ」

おりょう「……ホントに?」

竜馬「ホンマじゃ」

おりょう「ホンマにホンマ?」

竜馬「ああ、ホンマにホンマじゃ」

おりょう「分かった……」

竜馬「よし! じゃあ仲直りや、おりょう仲直りの印に今日はおまんに特別
 なものやるき」

おりょう「特別なもの……?」

竜馬「ああ、ちょっと目つぶっててみ」

おりょう「目を……?」

竜馬「ああ」


   おりょう、目を閉じる。
   竜馬、おりょうの左手を取りくすり指に指輪をはめる。


おりょう「え、なになに?」

竜馬「ホイ、もう目開けていいで」

おりょう「(目を開け指輪を見て)わー何これ! 綺麗!」

竜馬「これはエンゲージリングっちゅうもんでな、西洋じゃ男は好きなおな
 ごと結婚する時にこれを送って気持ちを示すそうじゃ」

おりょう「結婚する時に?」

竜馬「ああ、今日からおまんはわしの嫁じゃ、このリングがその証じゃき」

おりょう「(しばし感激に浸って指輪を見つめて)竜馬さん!」


   おりょう、竜馬に抱き着く。
   竜馬、去る。
   さな、イネ、奈津、竜馬とおりょうの芝居をあきれた様子で観てい
   る。
   おりょう、さならの前に歩いて来て、左手の指輪を見せる。


おりょう「これがそのエンゲージリングです、世界にたった一つだけしかな 
   い私と竜馬さんが夫婦だという証です」

さな・イネ・奈津「……(プッと噴き出し笑う)」

おりょう「な、何が可笑しいんですか」

さな「(笑)いや、ごめんごめん、でも世界にたった一つって」

おりょう「そうですよ、世界でたった一つの、私と竜馬さんの愛の証の指輪
 です」

イネ「これと同じやろ」


   イネ、左手を見せる。薬指におりょうのとそっくりの指輪が。


おりょう「え!」

奈津「ここにもあるよ(指輪を見せる)」

おりょう「え! もしかして」


   おりょう、さなを見る。
   さな、黙って左手にはめた指輪を見せる。


おりょう「そ、そんな……」

さな「ちょっと気に入った女には指輪をあげる。それがあいつの手口なんだ
 よ」

おりょう「うそ……」

イネ「おそらくうちらの他にもたくさん渡してるだろうね……」

奈津「そうそう。うちの旅籠で働いてる梅さんやお松さんもおんなじ指輪貰
 うたって言うとったわ」

おりょう「梅さんとお松さんって二人とも五十過ぎのババアじゃないです
 か!」

さな「(笑)だからそれがあいつの手口なんだよ」

イネ「そや、ちょっと小金を貯めてそうな女を見ると寄ってきてね」

奈津「わしはこの国をジャバジャブ洗濯したい思うちょる。じゃがそれには
 金が要るんじゃ……そう言って女に金出させんのよ」

さな「私は全部で五十両貢ぎました」

イネ「うちも五十両」

奈津「あたいは百両、梅さんとお松さんも五十両ずつ貢いだって言うとった
 わ」

さな「あんたはいくら貢いだの?」

おりょう「……」

イネ「貢いだんやろ? なんぼや」

おりょう「百五十両……」

さな・イネ・奈津「(笑)」

イネ「あんたも結構貢いだな(笑)」

奈津「あいつはそうやって女に貢がせるのが得意な男なんだよ」

おりょう「いや、でも私は貢いだ訳じゃなく貸してるだけですし、なにより
 私と竜馬さんは夫婦なわけだから……」

さな・イネ・奈津「(笑)」

おりょう「何が可笑しいんですか?」

さな「夫婦ね……(竜馬の口調を真似て)ホンマに好いておるんはおまんだ
 けじゃ、わしと夫婦になろう……でしょ?」

おりょう「え……?」

さな「私も言われたわ」

おりょう「え!」

イネ「うちもや」

おりょう「え!?」

奈津「あたいも」

おりょう「え!」

さな「あいつの得意技よ」

おりょう「……」

奈津「(おりょうの肩を叩き)まあまあ、おりょうちゃん、そんな落ち込ま
 ないで、あたいらもみんな同じ思いしてきたんだから」

イネ「どや、だんだん腹立ってきたやろ?(おりょうに槍を差し出す)」

おりょう「(振り払い)でも、私はみなさんとは違うんです」

イネ「え? 何が違うんや?」

おりょう「だって竜馬さんはおまんだけは特別な存在やって言ってくれまし
 たし」

イネ「だからそんなんみんなに言うてんねん」

奈津「そうよ、おりょうちゃん」

おりょう「いや、その証拠に」

さな・イネ・奈津「証拠?」

おりょう「(頷く)」


   上手にスポット。
   竜馬、現れる。
   おりょう、竜馬の前に立つ。


竜馬「おりょう、今日からおまんとわしは夫婦じゃ」

おりょう「うれしい、竜馬さん(竜馬に抱き着く)」

竜馬「おりょう、どうじゃ、わしと一緒にハネムーンっちゅうのに行ってみ
 んか?」

おりょう「ハネムーン……?」

竜馬「ああ、西洋じゃ結婚して夫婦になったらのぉ、二人揃って記念に旅行
 に行くそうじゃ」

おりょう「二人で旅行に?」

竜馬「ああ、それがハネムーンじゃ」

おりょう「まあ、素敵!」

竜馬「どうじゃ、ええじゃろ、わしとおまんが日本で初めてハネムーンに行
 った夫婦っちゅうことで百年後も二百年後も語り継がれるぜよ」

おりょう「竜馬さん、わたしを連れてってハネムーンに」

竜馬「ああ」


   竜馬、おりょうを抱きしめる。
   竜馬、去る。
   おりょう、余韻に浸って立っている。
   さな、イネ、奈津、竜馬とおりょうの芝居をあきれた様子で観てい
   る。


おりょう「こうして私と竜馬さんは日本で初めてのハネムーンに行ったんで
 す。その時のお土産がこの」


   おりょう、「薩摩」とプリントされたタオルみたいなものを出す。


イネ「はいはいはい、ハネムーンはうちも行きました」

おりょう「え?(振り返り)」

奈津「あたいも」

さな「私も」

イネ「あんたどこ行った?」

奈津「あたいは箱根(「箱根」とプリントされたタオルを出して見せる)」

イネ「うちは長崎(「長崎」とプリントされたタオルを出して見せる)」

さな「あたしは金沢(金沢」とプリントされたタオルを出して見せる)」

おりょう「えー!」

イネ「あんたどうせ薩摩あたりでしょ?」

おりょう「え、なんでそれを(「薩摩」とプリントされたタオルを手にした
 まま)」

さな「あの人薩摩には知り合いが多いから薩摩旅行は安上がりで済むんだっ
 て」

おりょう「安上り……?」

奈津「梅さんとお松さんも連れてってもらったって言ってたよ薩摩に」

おりょう「あのババア二人もですか!?」

奈津「うん(笑)」

おりょう「あー!(タオルを投げつける)」

イネ「ほれほれ、だんだん殺したくなってきたやろあいつを(微笑)」

おりょう「ウウウ……」

さな「いい感じで熱くなってきたじゃない(笑)」

おりょう「いえ、でも私はあなたたちが貰ってない物を竜馬さんから頂いて
 います」

さな「へえ……」

イネ「何やのそれ?」

奈津「聞かせてよ」

おりょう「とっても素敵な贈り物、誕生日プレゼントです」

さな・イネ・奈津「誕生日プレゼント?」

おりょう「(頷く)」


   上手にスポット。
   竜馬、大きなバッグを抱えて歩いて来る。


おりょう「あ、竜馬さんお帰りなさい! お風呂にする? ご飯にする? 
 それとも……(わ・た・し? と言いかけ)」

竜馬「そんなことより、おりょう」

おりょう「(ズッコケる)」

竜馬「おりょう、今日はおまんの誕生日やろが」

おりょう「え! 竜馬さん覚えててくれたの?」

竜馬「(笑)当り前じゃ」

おりょう「嬉しい!(竜馬に抱き着く)」

竜馬「じゃから今日はお前にプレゼントがあるぜよ」

おりょう「ぷれぜんと?」

竜馬「ああ、西洋の男たちはみな好いたおなごの誕生日には贈り物、プレゼ
 ントっちゅうのをあげるそうじゃ」

おりょう「え、素敵、じゃあ、もしかしてそれ……(竜馬が抱えている大き
 なバッグを見る)」

竜馬「ああ、これがおまんへの誕生日プレゼントじゃ」


   竜馬、バッグからドレスを出して見せる。


おりょう「え! 何これ!?」

竜馬「こりゃドレスっちゅう西洋の着物じゃ西洋のおなごたちはこれを着て 
 舞踏会に参加するらしいぜよ」

おりょう「舞踏会?」

竜馬「ああ、このドレス着て踊るんじゃ(踊って見せる)」

おりょう「(ドレスを手に取って)まあ、素敵……(ドレスを身体に当て)
 私、似合うかしら?」

竜馬「ああ、おまんは世界一のベッピンさんや」

おりょう「(笑顔)」

竜馬「おりょう、おまんこれ着てわしと一緒に黒船で異国へ行かんか」

おりょう「異国へ? 連れてってくれるの?」

竜馬「ああ、これ着てメリケン行って舞踏会で踊るがぜよ」

おりょう「(大きく頷く)」


   竜馬、おりょうの手を取って踊る。
   竜馬、踊りながら去る。
   おりょう、踊りながら竜馬を見送って、立ち止まり、


おりょう「そう、これが私と竜馬さんの愛の証、西洋のドレスです。どうで
 すか? みなさん?」


   おりょう、舞台中央を振り返る。
   舞台中央、明転すると――
   さな、イネ、奈津、ドレスを着て座っている。


おりょう「(ドレス姿のさなたちを見て)ええ!」

イネ「だから言うたでしょう、あれもこれもみんなあいつの得意な手口なん
 よ」

奈津「あたいたちも同じこと言われたんよ」

おりょう「あなたたち……みんなに……?」

奈津「そう」

さな「(微笑)残念だったわね、おりょうさん」

おりょう「……みんなってまさか、梅さんとお松さんにも?」

奈津「梅さんは赤いドレス、お松さんには緑のドレスだったかな」

おりょう「くそー、あのくそババア!」


   おりょう、ドレスを地面に叩き付ける。
   そしてそのまま膝から崩れ落ちる。
   槍を持ったイネ、刀を持った奈津、ピストルを持ったさな、おりょう
   のもとに近寄る。


イネ「悪いんはあの婆さんたちやないで」

奈津「そうよ、あの男よ」

さな「どう? うちらと一緒に行く気になった?」

おりょう「分かりました……私が竜馬を殺します!」


   おりょう、さなからピストルを受け取り握りしめる。


さな・イネ・奈津「(大きく頷く)」


   暗転。

#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門

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