パンプスを脱いだ彼女、擦れて痛む首元

極めて湿度の高い梅雨の外気から逃げるように入った飲食店では、制服に身を包み少し高めのヒールを履いた女性店員が注文を取りに走り回っていた。

夏が近づくと、真っ黒いリクルートスーツを着て、うだるようなオフィス街を駆けずり回っていたときの苦しみを思い出す。安い吊るしのジャケットは肘が突っ張って動きにくい。通気性も悪く、黒い色は熱を閉じ込めて蒸し暑い。

「社会人の男」のマナーであり象徴でもあるネクタイは、人によっては首が締め付けられて苦しい。首元からの熱交換も封じることになる。しかし首元を緩めると「だらしない」と言われる。ネクタイだけでなく、シャツの襟元のボタンもきっちり締める必要がある。首が太い自分はずっと息苦しい思いをしていた。オーダーメイドでシャツを作る余裕はなかった。

クリーニングに出したばかりのワイシャツは洗濯のりで襟や裾が硬くなっている。地獄の釜のような湿度と高温になった東京の夏では拭いても拭いても汗が出る。汗でふやけた首は、締め上げられたシャツの硬い襟で擦れて真っ赤になる。

靴紐を結び直そうとかがむと、圧迫され血が昇った頸動脈が膨らんで、締めたネクタイの下で悲鳴を上げる。自分の顔が昇った血でパンパンになっているのがわかる。額から革靴に汗がポタリと落ちる。革靴は濡れるとシミになるのでハンカチで拭く。何をしているんだろうと思って次の会社の面接に行く。

本当に良いスーツは着心地がよく、東京の夏の気候にも耐えるのかもしれない。ただ、金のない学生や新入社員は「吊るし」のスーツを買い、肘や膝をつっぱらせ、首のサイズに合わないシャツで首を締め、その上からさらにネクタイで首を締める。

就活の苦しみから、私はスーツを着なくてよい会社を選んだ。もう会社も辞めたのでスーツを着るのは葬式や法事くらいとなった。

祖父が亡くなったのは夏だった。だから法事は夏に執り行う。真っ黒いスーツを着て、真夏の墓地に立ち、線香の束に火をつけて親類に配る。紫煙がジャケットにかかる。灰の落ちた革靴の先を見ると、黒い蟻の葬列が同じくらい濃く黒い影を引き連れて横切っていく。卒塔婆が久しぶりに吹いた風で揺れ、自分の濃い影はかつて就活生だった自分のスーツ姿と重なる。なぜ黒いスーツを夏に着るのだろうか?

何事も時と場合に応じた礼節がある。一部の職業や就活においては、ネクタイを締め、スーツをきっちり着こなすのは大人の男としてのマナーとされている。商談の場において誠意を見せるために服装を整える必要もあるだろう。喪服のように機能より意味と礼節を重視した服装も必要だろう。しかしサービス業で、就活で、体を痛めつけてまで示すべき礼節はあるのだろうか。

手元でアイスコーヒーの氷がカチャリと動いた。コースターが結露で濡れてふやけていた。いま、空いた食器を下げに来た女性店員のヒールが少し高いことは、制服としての制約の一部なのだろうか。彼女がそれを素敵だと思って履いているのか、強制されて履いているのかはわからない。靴を自由に選べる店もあれば、靴まで強制する方針の飲食店もあるだろう。

就活生が企業にアピールすべきは服装の端正さなのだろうか。飲食店で大事なのは店員の「かかと」の高さなのだろうか。

帰りの地下鉄では就活生と思しき女性が、パンプスを脱いでストッキングのままホームに立ち、脚を休ませていた。彼女の脚の痛みは、あの夏の日に締め付けられ、擦れて赤くなった僕の首元の痛みなのかもしれない。インターネットで取り沙汰される「パンプス強制」の問題は女性だけでなく男性の問題でもある。

今年の夏も、灼けるアスファルトの上を就活生が慣れない革靴とパンプスで歩いていく。自分の首がひりひりと痛むような気がする。

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やっていきましょう
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denkigai

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