歯医者の風景

歯は急速に移動することを再認識した症例


どうも勤務歯科医師のかずぴんです。

今回は、私の失敗症例を記事にして、同じ過ちを起こさないように歯科医師の皆様に共有します。また、そうでない一般の方も興味深い事実が含まれる記事なので、写真の経過だけでもご覧いただくと面白いと思います。

題して

「上顎前歯の補綴治療の経過を追った1ケース」

2016.6.21パノラマレントゲン

当院でメンテナンス管理をしていた患者です。上の前歯白いものはいわゆるかぶせものです。歯科医師がみれば、全顎的な垂直性骨吸収像から、パワータイプであることが読み取れると思います。上顎1の補綴デザインはかなり旧式のもので、単独冠に半歯程度のポンティックがついたものです。生活歯です。

このレントゲンがすでに、私の提唱する力による歯の破壊の歴史(オーラルヒストリー)を表しています。

即ち、以下に述べる理由により、交通事故など外的要因なくしてこの口腔状態を生み出しうるものは、患者の口腔内に発生する歯牙破壊をもたらす何らかの力の作用でしかありえないということです。

前歯ブロックで評価すると単独で右上2のみが喪失し、歯冠補綴を行っています。他の歯牙が、例えば補綴治療経過中の写真を示すと


↑この状態で写真は支台歯をとらえている程度でみにくいですが、口腔清掃状態は良好で、歯肉炎症もないことがわかります。ですから、清掃不良が引き起こすカリエスによる右上2の喪失ということは考えにくいわけです。もし清掃不良を原因とするカリエスの発生だとすれば、右上2の喪失程度で済むはずもありません。

そして事故の既往も患者の記憶の範囲においては認められない、とすれば、消去法により咬合トラブルによる破壊により右上2のみを特異的に喪失した、と結論付けられるわけです。実際に、臼歯部での垂直性骨吸収が示すようにかなりのクレンチャー患者でした。

他の症例においても、同様にある歯牙のみを特異的に喪失している症例、経験ありませんか??交通事故じゃないのに、1歯デンチャー、おかしくないですか??両臨在歯は健全なのに第一大臼歯を喪失→インレーブリッジ、なにか矛盾を感じませんか??

以下、症例をまとめたものを掲載していきます。

時系列に記載するよう心がけます。


「病的動揺の改善のため再歯冠補綴を行ったが、予期しない病的歯牙移動により補綴困難であった1症例」

上顎前歯部の前装冠をやりかえしたケースである。

当院にてメンテナンス管理を行っていた患者であるが、上顎前歯部の咬合性外傷による咬合トラブルと考えられる病的動揺が改善せず、今回咬合開放させ歯牙廷出を行い歯根周囲の支持組織の健全化を図ることを目的に介入したケースである。

介入前、メンテナンス時にスクリーニング目的に撮影したパノラマを示す。この時点では右上1の補綴やり替えの予定はない。

以下治療介入を決定した時点からのレントゲンを載せる

2017.4.4補綴物除去前のレントゲン右上1は反対側に比して歯根がやや短い印象を受ける。これは、過去において治療を繰り替えし、そのたびに歯牙挺出を来した結果であり生来の成長不全ではないと考える。歯根膜腔も拡大を認める。

2017.9.26補綴物を無麻酔に除去している。歯牙の安定を待つ。咬合トラブルが原因の歯牙破壊であるから当然咬合トラブルから一時的に患歯を保護する必要があるためである。患者に説明同意の上、意図的にテックは装着していない。咬合トラブルとは、患者の無意識化のTCHであることがhとんどであるから補綴を除去し咬合接触が不可能な状態に置き力から解放することで生体の治癒反応として歯牙挺出が生じる。


2017.10.13約半年ほどの観察期間を経て最終補綴をセットした。セット後のレントゲンである。観察期間を術前に厳密に決定していわ症例ではなく、観察中に患者の強い要望もあり、当時は十分な治癒機関を置いたとも判断し補綴に踏み切った。


上顎前歯部のレントゲンを示した。順に左から補綴除去前、除去直後、最終補綴セット直後のレントゲンを順に示している。

この患者の補綴物セットまでの流れ、治療結果を述べ皆様と共有したい。これは良い結果が得られなかったケースである、ということを予め断っておきたい。

下顎臼歯部には局所的骨吸収を認め、いわゆるパワータイプ、の患者であることが見て取れる。


すべての処置は無麻酔に行われたことを最初に断っておく


治療方針「咬合負担による状態不良歯牙に対し咬合の管理及び補綴治療を行う」


過大な咬合負担による動揺の増大傾向を認めるため、2017年4月時点で介入を決定した。

外傷性咬合からの開放のため冠除去を行い、当初右上には以前と同じデザインの延長ブリッジを装着することを予定していたが、患部の動揺・咬合状態を勘案し右上2に部分義歯作成、右上1に単冠補綴修復を行う方針に変更した。


最初に介入を決めた2017年4月時点で冠の除去を行い、咬合トラブルからの解放のため患者へ説明同意のもと意図的にテックは未装着の状態で歯槽骨の治癒を数ヶ月待った。その間ナイトガードも作成装着した。

その間にも歯牙の廷出は続き、対合歯と咬合接触する状態に至ったため数回にわたり繰り返し無麻酔に咬合調整を行った。患者の要望もあり、また十分な治癒期間をおいたと判断し最終補綴作成のため形成印象を行った。


2017.9.26無麻酔にて無痛下に形成印象を行う。この時点では動揺0であり、歯肉に炎症も認めない。また十分な期間をおいたと判断し外傷性咬合の影響も無いものと考え対応した。2017.10.13セットアポ日を迎えた。

当時の状態を写真で示す。



意図的にこの順に写真を掲載したが、恐らく多くの方が口腔内写真で示したものが形成前、模型で示したものが形成後の写真であると判断されることと思う。



しかし、真実は逆であった。




撮影日はそれぞれ2017年10月13日、2017年9月26日である。


つまり、セット日に来院した際に、筆者が支台歯形成によって確保した対合歯とのクリアランスがまったく失われていたのである。時系列では模型の写真、口腔内写真の順になる。


外傷性咬合による炎症から逃れるための挺出反応により支台形成によって得られていた対合歯とのクリアランスが喪失したと考えられる。4月に治療立案し、同年9月に形成を行ったが、約半年の咬合トラブルの治癒期間の設定後でさえ、形成後の大きな移動を生じたと考えられる。補綴作製時の設計、形成を反省すべきであると反省する。


このケースは患者への説明、同意のもと上顎両側中切歯ともに咬合時のフレミタスを認める状態ではあるが口蓋のメタルを可及的に薄くし前装冠をセットした。
このケースは筆者に大きな教訓を与えてくれた、それは、歯科治療に際してはこのような急速な支台歯の移動も生じうる、ということである。この経験以降、より一層、術前の形成は勿論のこと、咬合のコントロール、技工士と連携した補綴物デザインを熟考すべきである、と考え対応するように心がけている。
さらに、このケースにおいては右側上顎前歯のみが特異的に破壊されている点にも着目しなければならない。なぜ右側上顎前歯は前装冠が装着されており、左側は健全歯、なのかということである。いわずもがな、咬合トラブルによる破壊が関与しているのである。現在筆者は、この歯牙破壊は睡眠体癖と咬合悪習癖との組み合わせによる咬合トラブルを一番に疑っている。睡眠時、右側伏臥位で咬合悪習癖が発現したのではないか、と考えている。伏臥位をとることで、前歯同士のみが接触する状態が発現しやすく、その状態であれば咬合トラブルによる前歯の破壊が効率的に生じることは考えられないだろうか。


いずれにしても、補綴治療における筆者の経験不足・技量不足の問題を除外して考えても、補綴治療時には僅かな期間においても支台歯の移動が生じる可能性があることを常に念頭に置いて対応することで、良い結果が得られやすくなると考える。

以上

これは、多くの歯科医師の先生はあまり語りたがらないことかもしれません。私は、すべての治療を患者とともに相互協力で創造する、治療のゴールの共有が最も大切だと考えています。(ソウルケアの記事参照)

ですから、このケースも写真を患者にみせ、これまでの経過も包み隠さずすべて伝えたうえで再製作も提案し、結果患者が納得する決定をしたということです。慎重に管理したと思われる症例でも、このような急速な歯牙移動を生じる場合もある、一般の方は、歯はこれほどにダイナミックに動くものだ言ってほしいです。

ありがとうございました。

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