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ヴィンテージ・テクノロジーについて考える

日々変化していくテクノロジーの潮流を観測していると、ついつい最新の技術に目を奪われがちです。やっぱり、これまでできなかったことができるようになる、というのは楽しいですし。

ただ、それぞれの分野に専門の研究者の方がいることからも分かるように、最新を追いかけ続けるのは本当に大変です。進化が早すぎて数日間情報をチェックしなかっただけで状況がガラリと変わるようなことになってくると、肝心の「これで何をしようか」「どんな問題を解決しようか」ということを考える間もなく、キャッチアップするだけで一苦労。あれ、そもそも自分はなぜこの技術について調べていたんだっけ…と我に返ることもしばしばです。最近だと、生成系AI周辺を追いかけてる人の多くがこんな状態になっているのではないでしょうか。

最新の技術は、特定のタスクにおいては最先端の成績を出すことができたとしても、安定性が今ひとつだったり、コストが高いといった問題があります。そのため、ある課題に対する解決策を考える時、そもそも最新技術をあえて採用せず、昔からある技術に目を向けると、意外と安定性が高く、コストも削減することができることがあります。

「枯れた技術」という言葉があります。よく知られるようになったのは、ゲームボーイの開発などで知られる、伝説的なゲーム開発者、横井軍平の開発哲学「枯れた技術の水平思考」でしょう。

技術者というのは自分の技術をひけらかしたいものだから、最先端技術を使うということを夢に描いてしまい、売れない商品、高い商品ができてしまう。 値段が下がるまで、待つ。つまり、その技術が枯れるのを待つ。枯れた技術を水平に考えていく。垂直に考えたら、電卓、電卓のまま終わってしまう。そこを水平に考えたら何ができるか。そういう利用方法を考えれば、いろいろアイディアというものが出てくるのではないか。

横井軍平,牧野武文『横井軍平ゲーム館』

「枯れた」というとネガティブなニュアンスがありますが、「枯れ」という言葉には「円熟して味わい深いものになった」というポジティブな意味が含まれています。芸事に対する褒め言葉として「芸が枯れた」という言い方もありますね。あえて「枯れた」ことに美を見出すという侘び寂び的な美意識というか…まあ、渋い言葉ですよね。

「枯れた技術」の英訳を探すと、近い言葉として「Mature Technology」という言葉があります。「熟れ(こなれ)た技術」という感じでしょうか。近いのですが、「枯れた技術」と比べると、やや味わいが失われてしまう気がします。非常に微妙なニュアンスなのですが。

「枯れた技術」とは、最先端といえる時期はとうにすぎて、身近なものになりすぎている、半分忘れられているくらいの技術。「こなれ」(熟れ)というには、もっと時間が経過しているもの。年月を経過することにより独特の趣が醸し出されるもの…そう考えると「Mature」よりも、むしろ「Vintage」という言葉を使うべきではないか、という気がしてきます。

お酒や服を「寝かせておく」という表現があります。出来たてや、買いたてにピンとこなくても、しばらく寝かせておくことで、角が落ちて美味しく楽しめるようになるまで待ったり、世の中の空気や自分の気分が少し変わって着ることがシックリくるタイミングまで、あえて手をつけず保存しておくことを指します。「枯れた技術の水平思考」という思想が魅力的なのは、テクノロジーでも、こういった、ワインや服のような、小粋な使い方ができる可能性を示唆しているからではないでしょうか。

流れが早い業界だからこそ、テクノロジー・ライフサイクルの中でも成熟期を超えて、衰退期の中にあるもの、あるいはすっかり忘れられたものでも、あえて「あ、それあったよね」という技術を振り返ると、そこにさまざまなヒントがあるはずです。

ひとつ個人的にお気に入りの事例をご紹介します。Google Toneは、2015年にGoogleの社員が余暇で開発したChrome拡張で、音を使って周りの人にURLをシェアできるというものです。

最初は電話回線を通じてデータ通信を行う時に使われる音響カプラのような仕組みを利用しているのかと思ったのですが、もっとシンプルで、電話のダイアルトーンで使われるDTMF(ピポパ音)のような特定のトーンの組み合わせでセッションIDのようなものを共有して、このIDを同じタイミングで保持しているアカウントにネット経由でURLを共有するという仕組みになっているようです。

音で情報のやり取りをしているので、音をどんどん大きくすればより多くの人にシェアでき、超指向性スピーカーをつかえばピンポイントに送ることもできるでしょうし、オンライン会議で音を流せば遠隔地にも情報をシェアできるというのがいいですよね。DTMFという超ヴィンテージな技術によって新しい体験を作り出している例といえるでしょう。

世の中がみんな話題にしているようなハイプな時期を経て、ほどよく寝かせた、「起こし頃」のヴィンテージ・テクノロジーは何かを考えることが、思わぬイノベーションにつながるかもしれません。

この記事は、Dentsu Lab TokyoとBASSDRUMの共同プロジェクト「THE TECHNOLOGY REPORT」の活動の一環として書かれました。今回の特集は『ヴィンテージ・テクノロジー』。編集チームがテーマに沿って書いたその他の記事は、こちらのマガジンから読むことができます。この記事の執筆者は、Dentsu Lab Tokyoの土屋泰洋です。


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