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続けることの大事さと、緩い続け方について


年始に、バク転教室なるものに行って、一時間でバク転を習得してきた。
もともと自分は結構な運動音痴で、僕をよく知る人なら「アイツがバク転できるのかよ!」と驚かれるレベルだ。
でも、辞めたり続けたりしながら逆立ちを練習したり、体幹を鍛えたりしてたおかげで、バク転に必要な身体はできていたみたいで、普通の人より早く習得することができたようだ。(インストラクターの人の優しさかもしれないけど、素直に喜ぶ。)

これは、「続けること」の力を示す一例だと思う。
僕は18歳から24歳まで、毎日ハードなトレーニングを欠かさずやっていた、という訳ではない。
週4回行って、さらに水泳やダンスもする時期もあれば、
週2回、自分の部屋で軽く腕立てと腹筋をする時期もあれば、
忙しいorやる気が出なくてほとんど身体を動かさない時期もある。
その時の自分のモチベーションの上下や忙しさに合わせてやる内容を変化させるけど「身体を鍛えること」は完全に辞めていなかった。

バク転、という話で見れば、できたところで金がもらえる訳でもないし、なんの意味があるんだよ、と思われるだろう。
ただ、この話の意味は、
「完全に何かをやめてしまうくらいなら、どんなにしょうもなくても、休み休みでも続けた方がマシ」
という点だと思う。

具体的な例を出そうと思う。
去年は、一時期かなり集中してブログを書いていたけど、
「誰かに価値を与えよう」
「分かりやすく書こう」
「読者を想定しよう」
「何か新しい知見を産まなくては...」
などと余計な欲を出していたせいで、どんどん書くのが億劫になって、結局長い時期書くことを休んでしまった。

このように、「あまりに高い目標を自分に課したせいで、結局動けなくなる」という現象は、ブログ以外にも至る所で発生する。

それに対しての対処法は、
「どうにかモチベーションを奮い立たせて頑張る」
ではなくて、
「目標を自分のできるところまで下げてとりあえず行動できるようにする」ことだと最近は思う。
なので、自分もこの記事を「とりあえず思いついたままに書いて、ある程度まとまっていたら出しちゃえ」という気持ちで書いている。

本当は「真顔日記」のように、文章だけで人を惹きつけたり、独自の経験をどんどん発信したり、何かのチュートリアルを書きたい気持ちは山々だけど、今はできない。でも、何も書かないよりは少し前に進むので、書く。

三日坊主、という言葉があるけど、三日坊主を1ヶ月に2回繰り返して、それが5年続けば、やることの内容にもよるがある程度の成果は生まれると思う。

筋トレの比喩でいうなら、最初に書いた「あまりに高い目標を自分に課したせいで、結局動けなくなる」という現象は、

・ベンチプレスをやったことないのに、いきなり100kgを挙げようとして、一度も挙がらずにベンチプレスを諦める
・ランニングをほとんどしていないのに、いきなりフルマラソンに挑戦して、走れずに辞めてしまう


というような状態だろう。
身体を動かすことなら、上のような無茶をする人はあまりいないと思う。
怪我をしたり、息切れしたりして、フィジカルに身体が動かなくなるからだ。
ただ、ブログ執筆、作品制作、プログラミングの勉強、などの知的生産の領域になると、自分も含め、「いきなりベンチ100kg」的な挑戦をしてしまう人は多い。

新年はまず「腕立て伏せとジョギング」くらいから初めて、緩く、でも着実に続けていくのが大事だよね、という自分への戒めでした。

ウッッシャ。ベンチプレスやってこよ。

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