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【デザイナーが経営学に出会ったエピソード】

自分は、経営学を経営大学院で学んだ。デザイナーという、経営学から一番縁遠い存在のひとつであろう自分が経営学にたどり着いたのは、いくつかのエピソードと実感を伴う。

自分が経営の壁にぶつかって経営学にたどり着いたのは、別の機会に書きたいと思うが、今日は「経営学を学ぶことに間違いはない」と感じたエピソードをひとつ、ご紹介したい。

■ JIDAについて

自分は、日本インダストリアルデザイナー協会(以降、JIDA)というデザイン団体に所属している。このデザイン団体は日本で初めてできたデザインの団体で歴史が長い、インダストリアルデザイナーの職能団体である。
JIDAにはいくつかの委員会が存在し、そのうちのひとつに、デザインミュージアム委員会が存在する。JIDAは、日本で唯一、工業製品のミュージアムを所有しており、このミュージアムの管理・運営をするのがこの委員会の活動内容であるが、このミュージアムのミッションのひとつに「次代のデザイナー教育」の観点があり、そこから「その教育に資するために、優れたデザインをセレクトし、可能な限り現物保存する」というビジョンを持っている。

■ デザインミュージアムフェスティバル事業

私がこの委員会でリーダーを引き受けた「デザインミュージアムフェスティバル事業(以降、DMFes事業)」は、ミュージアムの所在地である長野市信州新町を会場に、デザイナーを目指す学生達を集めた合宿形式の勉強会で、この事業リーダーを3年ほど務めた。
このDMFes事業の歴史も長く、運営開始当時は、およそ100名の参加者を数え、人口約5000人の小さな町を会場にして賑わったイベントであったが、私が引き受けた当時は、参加者が7名まで減っており、活動継続そのものが厳しい局面にぶつかっていた。

私が経営大学院に通った理由は別にあるが、本入学前の聴講生の時に受講していたマーケティング・経営戦略の基礎クラスの受講タイミングが、このDMFes事業を企画するタイミングと重なっていた。当時、マーケティングの基礎としてマーケティングミックスのフレームワーク(STP4P)を学び、それをこのDMFes事業の企画に当てはめて考えたところ、前年に7名だった参加人数が48名までに増えるという結果に至った。この48名という参加者数は、小さな町である信州新町に宿泊可能な宿の限界値であり、受入れ可能な最大人数となった。このエピソードから経営学を学びたいと感じ、MBA取得を目指す、という契機になった。

当時、7名→48名に変わった背景には、何をどう考えたのか、その詳細を記したい。

■ マーケティングミックスから考えたこと

このDMFes事業は長らく、参加対象者を「デザイナーを目指す学生」としていた。なぜならば、将来のデザイナー育成のための事業、というミッションがあったからだ。一般的に考えつくであろうことを書くと、


●ターゲット:
プロダクトデザイナーを目指す学生たち

●提供内容:
プロダクトデザイナーを招いてのデザインフォーラムや、開催地である信州新町にちなみ、地産地消を感じる事のできる一泊二日のプログラム

●開催地:
長野県信州新町

●参加費:
学生7,000円で、交通費は別途。
東京から貸し切りバスを使う場合は往復で約9,000円

●告知:
JIDAのウェブサイト上で告知し、主催者である委員(この年度は私一人)が個別に声をかけて参加者を募る

という計画で実施してみたところ、前年度は7名という参加者であった。

マーケティングミックスを学び、これをどう解決していったか。STP4Pのフレームワークに照らし合わせて結論から書くと、

●Segment:
日本全国、主に東京、大阪、名古屋

首都圏、主に東京

●Target:
プロダクトデザインを学ぶ学生

プロダクトデザインを学ぶ学生と、社会に出たばかりのクリエイティブ職

●Position:
現役プロダクトデザイナーがプロダクトデザインを教える立場

新卒クリエイティブ職にとって、役立つ学びを提供する立場

●Product:
プロダクトデザイナーを招いてのデザインフォーラムや、開催地である信州新町にちなみ、地産地消を感じる事のできる一泊二日のプログラム。

前年プログラムに加え、一泊二日で、新卒クリエイティブ職が学び、自分の話を提供者とじっくり語ることのできるプログラム。

●Place:
長野県信州新町

長野県信州新町

●Price:
学生7,000円

学生7,000円、一般10,000円

●Promotion:
JIDAのweb上、及び担当委員の声かけ

JIDAのweb上、及び担当委員の声かけ

■ 4Pを機能させるために、STPを吟味する

ポイントを解説すると、4Pの概念は、デザイン教育を受けたものであれば、ターゲットは誰でどんな内容を提供するか、ということは何となく考えられると思うが、4Pを機能させるためには、その上位概念であるSTPを吟味しなければならない、ということ。この場合は、そもそもセグメントを日本全国から自分自身の手の届く範囲に限定した。STPを考える時、セグメントの切り方(定義の仕方)がポイントのひとつになるが、大事なのは、セグメントを自分で決めること。そして、ターゲットとなる対象者を、デザインを学ぶ学生から、社会へ出た新卒クリエイティブ職に変更し、セグメントは絞りつつ、ターゲット対象となる枠を広げた。そして次に、このSTPと連動させて、提供する4Pの最適化を図る。

■ 対象者を広げ、彼ら彼女らに思い馳せる

新卒クリエイティブ職は、社会へ出てどんな状況にあるだろうか。これまでデザインを学校で学び、それを仕事にする立場になって何かに思い悩むとしたら、企業組織の中でデザインを仕事にする、ということではないだろうか。それこそ、ヒト・モノ・カネの経営学で扱う領域に関わる悩みだと考えた。
特に、クリエイティブ職を目指して社会に出たのにもかかわらず、クリエイティブ業界から去る卒業生達を見てきて感じてきたのは、「自分は何のためにデザインを生業にしているのだろうか」という目的を見失ってしまう状態。これゆえ、社会に出た今だからこそ、夢を描いてみる、と題して、「ドリームツリー」のプログラムを組んだ。

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ドリームツリーを私が知ったのは、品川区の小学校が国語の教科書で扱っていたため。この授業をする講師役のボランティアをしたことが、ドリームツリーを知る機会になった。
どんな内容かというと、小学校5年生である10歳の学生たちが、1/2成人式の一環で将来の夢を描く授業。小学校の授業ながらとてもよくできていて、実は多くの企業でも、新人研修の中で扱い、参加する事業で成し遂げたい自分の役割などを考えるツールとして使っている。

DMFesではこの講師役を、自分の他に、大手化粧品メーカーという第一線で活躍するパッケージデザイナーをお招きして実施。直属の上司や先輩には相談しづらい、「自分は何のためにデザインを生業にしているのか」というテーマに関して、外部で活躍するデザイナーが親身になって相談に乗りながら一緒にあなたの夢を描く、「今だからこそ描く将来の夢」と言うプログラムを企画した。

■ この戦略・戦術変更が成し遂げたこと

このSTPとProductにおける変更に伴い、Promotionで声をかける対象者も、現役の学生だけではなく、多くの卒業生達に声をかけることができた。マーケティング的に考えると、マーケットを広げることができた、ということになる。
彼ら彼女らにとっては、久々に先生(私)に会うことができ、在学中に学んだ内容ではない、より今の現場課題にフィットしたプログラムを受けられる、というメッセージとして受け取ってもらえ、参加人数が一気に増加に転じた。
普段過ごす、デジタル環境に囲まれた職場を離れ、コオロギやカエルの鳴き声が聞こえる自然豊かな信州新町という環境も大事な要素で、じっくり一泊二日の時間をかけて語り合うプログラムは、稼ぎ始めた新卒社会人の教え子達にとっては、値段も手頃であったと手応えを感じている。

このエピソードが、戦略を整合させ戦術に落とし込むことの意義を理解できた体験となった。この体験から、経営学を学びたいと考え、経営大学院の本科生になることを決めた。

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