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とりあえずやってみる。

ダイエットもダイエットコーチになったのも、手前味噌ながら、どちらも自分にしては上出来だと思っています。

ダイエットをした一年も大変だったけど、ダイエットコーチになるまでの方が道程は険しかったように思います。

今回はダイエットコーチになるまでの話を一部紹介します。ダイエットコーチEICOという名前は、商標登録をとっています。

ダイエットコーチという肩書きは、悩み抜いた末に自分でつけたもの。10年前、ダイエットコーチなんて名乗っている人は誰もいなかった。だから、日本初のダイエットコーチとプロフィールに書いています。
ダイエットの指導者になるための修行中、私の理想とするダイエット指導者を日本中で探しました。結局いなくて、アメリカまで探しにいきました。運動指導をしている指導者と栄養指導をしている指導者はいますが、両方カバーして、一般人向けの器具を使わないダイエット方法を教えている人はいなかったのです。

頭の中には理想が明確にあったんです。
運動・食事・メンタルを全て一人で担当できるダイエットの女性の指導者が世の中に必要だと。

【世の中にない仕事を作る】

勉強するにあたって、本当は誰か師匠を見つけて、その下について修行するつもりでした。海外でもパーソナルトレーニングを何度も受けました。しかし、自分の理想とする指導をしている人がどこにもいなかったんです。

それなら「自分がなるしかない」と決心して今に至るわけですが、ない仕事を作るというのはとても大変。仕事を作るというのは、登山に似ていると思っています。例えば、登る山が富士山だとした場合、富士山は日本一高い山で頂上付近は空気も薄く危険ということを知っているので、登山者には覚悟があります。そして、今までたくさんの方が登った経験やデータから、頂上までのルートがわかります。不安なら富士登山のプロに帯同してもらうこともできるし、登った感想も調べたらわかる。どんな装備が必要かも以前登った人の話を聞いて準備ができます。仕事を起こす時に、今までに前例がある仕事なら、それがいくら高度でレベルの高いものだとしても、前もって情報を集めることで、覚悟ができたり、準備ができたりすると思うのです。

しかし、ない仕事を作るのは、山の高さもわからず、頂上までの地図もない登山のようなもの。装備も何を持って行ったらいいかわからないのです。何もかも手探り。失敗の連続。後悔もたくさんあります。私は、「ダイエットコーチになる」という山を登り始めてから、初めてその山の大きさと大変さに気づきました。登りながら、困ったことがある度にいろんな知識や方法を装備しながら、また登るようなイメージ。毎日が新しいことだらけ。

登り始めたからには、やるしかないと思い、勉強。大学受験の勉強を軽く超える勉強量。(ダイエットコーチになるためにどんな勉強をしたかは、また別の機会にしますね。)がむしゃらに勉強するのでなく、ダイエット指導のアルバイトをしながら、その場その場で必要な知識を入れていくという実践型でした。今もバイブルにしている私のノートは、ダイエット辞書みたいに運動・食事・休養・メンタルサポートの要点がまとめてあります。

修行中の当時は、大学時代に必死で行った就活で入った会社を辞めており、フリーターの身。アルバイトを2つ掛け持ちして、夜間学校に行く日々でした。しかし、ダイエットに興味があるから、勉強はとても楽しく、目標にむかって突き進むのはとても有意義でした。今でもその頃がとても眩しく思い出されます。


【泥臭くても】

私がダイエットコーチになるために本格的に勉強をしだしたのは、24才。アルバイトしながら、夜間学校に通い、都内に一人暮らしをしていたので、貧乏でした。

大学の同級生は社会人2年目。無理してお金を工面して、大学時代の飲み会に参加した時に「大学出てフリーターなの?将来大丈夫?」と言われ、悔しかったこともありました。その後は飲み会に参加するお金もないので、ピタリと行かなくなりました。友人の誰とも連絡を取れないほど勉強していた時期があり、「失踪した」と言う噂が流れたほど(笑)
言われたことは悔しかったけど、不思議と将来の不安はありませんでした。自分のこの積み重ねは必ず実るという根拠のない自信があったんです。

(初期の頃のウェア↑今はunderarmourのオリジナルデザインですが、当時は市販のadidasのものでした。激安スポーツショップ「ロンドンスポーツ」でたまたま見つけたウェア。これがテーマカラーの水色の始まりでした)

地元福岡でダイエットコーチの仕事をすれば、生活費が浮くとは思いましたが、流行は東京が発信地。将来のためにも東京でやり抜くと心に決めました。そのためなら、貧乏だろうと仕方ない。家具と家電はmixiのコミュニティで、全部タダでもらったもの。住居は駅から徒歩20分のお墓と工場の隙間のアパートの1階。治安があまり良くなかったのか、痴漢に家まで追いかけられたこともありました。あれは怖かった。生活面は、ユニットバスのお風呂には2リットルのペットボトルをひいてお湯の節約。野菜はスーパーでなく直売所。お惣菜の値下がりの時間に買い物。移動は都内は自転車。それでも、大学時代は住んでいた場所が寮の廊下だったので、アパートに住めるなんて気分は最高!

準ミス日本受賞というと華やかなように思えますが、私は、とても泥臭い雑草なんです。恥ずかしながら。 雑草でも、花を咲かすことができたらキレイ。それでいいんです。

【理由はシンプルでいい】

ダイエットコーチというない仕事を創り出そうといろんな勉強会に参加している時によく聞かれたのが、「将来のビジョンや志」について。
実は、ダイエットコーチの仕事を立ち上げるのに、崇高な志は全くなかったんです。動機はとてもシンプル。

やりたいのから。
面白そうだから。

まわりの先輩方に「そんなんじゃダメだ」と言われ、当時はすごく迷い、困っていましたが、今思うと、志は働きながら出来てくるもので、最初からなくてもいいと思います。あまりに高い目標だと最初の一歩が踏み出せないもの。

資金を貯めて、勉強をして、資格を取って、事業計画や財務計画を立てて、場所を構えて……なんてやってたら、全く前に進めない。準備万端にこしたことはないけれど、始める時に必要なものは、そんなに多くないのです。準備に何年もかかって、結局頓挫する方がリスク。頭でっかちになると、やる気も失せます。そんなの、実際にやってみて、困ってからやればいいと私は思っています。まずは一人で、小さく始めてみる。

登山の話に戻りますが、事前にたくさん調べて山の高さを知っていたら、「こんな高い山登れるワケがないよ」と私はダイエットコーチになることを諦めていたかもしれません。
何も知らずに、とりあえず始めてみるというのはメリットもあるのです。

「とりあえずやってみよう。」

人生は一回だけ。

もしやりたいことがあるなら、とりあえずやってみては?
難しく考えずに、とりあえずやってみるところから、新たな未来の扉が開くと思っています。

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