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近未来建築診断士 播磨 第4話 Part4-4

近未来建築診断士 播磨

第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.4『現場調査』 -4

【前話】

『お前何したんだ』
「調査に持ち込むな、と言われた機械を持ち込みました」
『ほんとにそれだけか?』
「はい」

 うそだ。

 監視カメラ直接接触型のハッキングツールや可変万能鍵も持ち込んでいる。これが警察に見つかればそれだけで両手が後ろに回る。
 刑事も察していることだろう。スピーカー越しでもわかるほどのため息をついて呟いた。

『わかった。今は逃げろ。ここでお前に捕まってもらいたくない』
「外に出たら連絡します」
『うまくやれよ』

 通話が途切れ、静けさが甦る。だが先ほどのように静まり返っているわけではない。上下階の様々な音。玄関外の吹き抜けに響くかすかな振動が感じられる気がした。

 首にぶら下がるボイスレコーダーを取り出す。ほこり掃除用の布でマイク周りをきつく巻き、テープでとめた。

「ともかく、ここを出よう」

 厳しい顔の春日居が黙って頷き、小走りに玄関へ向かった。荷物をまとめて後に続くと、吹き抜けのコンクリート手摺壁に身を隠すように下を覗いている。

 そっと見下ろし、すぐに身を引いた。

「いる。待ち構えてる」
「社長の言ったとおりってことか」

 覗き込んだ写真が共有され、こちらのARグラスの隅に写る。10数人のお年寄り達が集まり、入口に対してバリケードを組むように並んで談笑していた。

 なぜだ。
 ゴミ置場からの搬入はうまく行ったはずだ。あの理事長ならばカメラ映像が途切れただけでも文句を言ってくるはず。それが無かったのだから、彼に見つかっていないと踏んでいた。

 まさか理事長はぼくらが町内会長と別れるのを待っていたのか。

「どうする?」

 春日居は腹をくくったらしく、落ち着いた様子だ。まったく浮き沈みが激しい。焦っていたかと思えば落ち着いている。頼もしい限りだ。

「2階まで行く。そこのエレベーターホールの窓から飛び降りる」
「地面までの高さは?」
「およそ4m」
「んじゃ、この靴の出番ね」

 言いながら踵で床を軽く叩いてみせる。どうということのない濃緑色の厚手作業靴。足首まで覆う作りのそれは、樹脂トラス構造内蔵の軍靴らしい。山岳で軍人が飛んだり跳ねたりした際のダメージを吸収するというのが彼女の触れ込みだ。

 事前に教わったとおり、端末で靴と連携するアプリを機動。残電池量とショック吸収の開始を確認する。ぎしりと足首が固定され、靴と骨格の動きが連動する感触がした。

 走り出した春日居を追い、エレベーターホールへ急ぐ。吹き抜けを仰ぎ見ても、誰もいない。住戸のプライバシーに配慮してか、廊下に監視カメラはない。ぼく達の逃走を見咎められることは無さそうだ。

 視線をホールに戻すと、春日居が苛立たしげにエレベータースイッチに触れていた。ガチガチとボタンを連打しているが、表示パネルは1階を示したままだ。

「まさか、止められたのか」
「みたいだね」

 脳裏に建物の配線図を浮かべる。エレベーターへの指令は地震、火災各警報機と管理システム、エレベーター内操作パネルからしか止められない。非常時と点検時しか止まらないはずのそれが止まったというだけでも異常だ。ぼくらを足止めさせるためだけに住人の足まで止めるとは!あの理事長を侮っていたのかもしれない。

 腕の端末が振動する。理事長から連絡だ。すぐ1階に来いとでも言うのだろうか。『話し中』モードで着信を弾いた。

「階段を下りるしかない。防火扉まで閉められることは無いと思いたいね」
「思いたいって」
「もう何されても驚かないよ」

 エレベーターの正面にある防火鉄扉に駆け寄って押し開く。最小限の照明に照らされた階段が上へ下へと続いている。靴の具合を確かめ、踏み面を数段無視して飛び降りる。2歩で踊り場に降り立った。どうやらショック吸収はうまく行っている。

 続く春日居は階段外周の手摺を蹴り渡り、一気に下へ降りていった。

 ■

 6階に差し掛かった時、春日居が急に立ち止まった。ARグラスを手にかけて舌打ちする。

「くっそ!廊下周辺の窓が閉じた」
「機械警備か」
「管理人室でロックかけたみたい。開かないねこれは」

 こちらもグラスを起動すると、彼女の小型モノレールからの中継映像が写る。2階廊下、外の空気を入れるために開かれていたその窓は警報もランプも付かずに施錠されていた。火災時の自動閉鎖装置をサイレンオフで動かしているらしい。

 これで出口は押さえられてしまった。1階にも裏口はあるが、エントランスの人々を振り切れるとは思えない。時間も考えると警官が到着している恐れもある。その前で逃げ出すようなことは避けたい。問題は所持品だけで、ぼくらはれっきとした仕事でここに来ているのだ。それだけで捕まるいわれはない。

 グローブと万能鍵をどこかに捨てて、堂々と1階に下りていくか。

 いや、だめだ。建物の中でぼくらの持ち物を確実に処理する方法はない。きっと探し出される。荷物は外に持ち出さなければならない。

 覚悟を決めなければならないようだ。

「3階の空き部屋、鍵借りたよね」

 無言で頷く春日居を尻目に端末を操作する。

「そこから降りる」
「跳ぶのか?!いくらなんでも…」
「大丈夫」

 腰から道具を取り外し、差し出す。

「登山用のオートワイヤだ。これで外壁を伝って降りられる。君が荷物を持って降りるんだ。車を呼んだから、すぐにここを離れること」
「ヤモリは?」
「ちょっと面と向かって話してくるよ」

 問題なのは調査道具だけだ。持込みの瞬間は隠せているから理事長には証拠なんてないはず。今回の通報だって理事長のヒステリーとぼくらの違法行為のタイミングがあっただけかもしれないのだ。

「もし、むこうが証拠をもってたら?」

 春日居はワイヤを受け取らず、目を伏せたまま呟いた。

 そうだとしても対して問題にはならない。ぼくならば軽症で済む。だが彼女は違う。春日居は作事刑事に目をつけられていた。いま捕まれば、余罪を追及されることだってありうる。

「行こう。他に手は…」

 その時、下のほうで戸が開く音がした。

 【続く】

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