見出し画像

近未来建築診断士 播磨 第4話 Part4-7

近未来建築診断士 播磨

第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.4『現場調査』 -7

【前話】

 ■

 自動ドアが背後で閉まる。吹き抜けから追い立てるように吹いていた生暖かい風が弱まり、心地のいい冷気が身を引き締めてくれた。夕日が住宅街の影を長く伸ばし、道に落としている。思ったよりも遅くなってしまった。

 曲がり角から呼び出しに応じた車が走りこんできた。停車を待たずにそれぞれドアを開け、車内に滑り込んでシートに身を預ける。どっと疲労感が押し寄せ、気がつけば春日居と揃ってため息をついていた。

「疲れた…」

 春日居がハンドルに覆いかぶさって呻いた。

「同感。早く寝たい」

 シートベルトを締め、もう一度ため息をつく。理事長の詰問で結構なダメージを受けていたようだ。そのまま眠気に身を任せたいところだが、そうもいかない。

 端末を叩き車を発進させる。併せて作事刑事の個人アドレスを叩く。呼び出し音が1コール鳴りきることなく、刑事の声に切り替わった。

『遅かったな』
「すみません」
『まぁ無事で何よりだ。仕事は大丈夫そうか?』

 ハンドルに突っ伏したままの春日居が、髪の間から眠たげな目を覗かせた。指を立てて『静かに』とジェスチュアを送る。

「ええ。この仕事が終わるまでは問題ありません」
『警官も来てたろ?持ち込んだ機材のこと、なんも言われなかったのか?』
「カメラしか持ってなかったんですよ?いらしていた方も『カメラの持込だけで違法とはいえない』と仰ってました」

 車内に刑事の含み笑いが響く。春日居がつられて肩を揺すった。

『うまくやったらしいな。なにしたんだ?』
「申し訳ありませんが、おっしゃる意味がよくわかりません」
『ったく。あんま春日居に染まるなよ』
「肝に銘じます」
「おいコラ」
『さて、本題行きたいが、いいか』
「はい」
『山田のあの連絡なんだが、妙なことがわかった。発信がアメンテリジェンスマンションからだ。正確な住戸番号まではわからんかった』

 眠気がさっと引いた。春日居もゆらりと体を起こし、小さくなっていくマンションを睨んだ。

「では社長は、あのマンションにいると」
『あるいは中継してるだけか。だがマンションのセキュリティ内でなにかしてるのは確かだ。こっちはセキュリティに阻まれて、それ以上の逆探知ができないってのに』

 つまり、理事長の通報を警告したあの連絡は建物の中から発信された。なるほど、道理だ。管理システムを通じて各住戸はインターホンで通話ができる。普通はホテル等でなければ装備されない機能だが、建設時の理念から実装されたようだ。それを使い社長は働きかけた。

 テントの時といい今回といい、山田社長はぼくに助け舟をだしている。だがその理由がいまだ見えない。

 これまでの社長がらみの仕事をつないでいくと、彼は高度の独立性を持った建築物に関わっていることがわかる。しかし今回のマンションはどうだろう。閉鎖的ではあるが大勢の人が暮らす建物だ。これまでのケースには当てはまらないように感じる。

 もしこれまでのぼくの仕事と社長の思惑が関連していたとしても、それがどこに行き着くかは想像することもできない。

 いまはただ仕事をこなすしかない。その合間に彼へつながる何かを探すしかないのだろう。

「マンションの現地調査があと2回ほどあります。何かわかったら連絡します」
『頼む。さっきの話もあるし、そのうちまたメシ行こうぜ。ファミレス以外で』
「ファミレスでもぼくは構いませんが」
『俺がヤなの。ちょっとは贅沢しようぜ。じゃあな』
「失礼します」

 端末を切り、いつのまにかこわばっていた背筋をのばす。伸びの姿勢から振り向いてみたが、マンションは大通り沿いのビル群に阻まれて見えなくなっていた。

「あいつの営業案件ではあったけど、まさか住み込んでるとはね」
「うん」

 ホログラフ信号が黄色く瞬き、車が止まる。大通りの両側に並び立つ色とりどりの雑居ビル群、その間から染み出すように大勢の人々が現れて横断歩道を渡っていく。

 人々が目の前を歩いていく。ARグラスでざっとカウントしたところ100名にも満たない。マンションに暮らすのはこの10倍近い。その中から一人だけを探し出すのは骨の折れることだ。しかもぼくらは、探している相手の本当の名前も、顔も知らないのだ。声ですら頼りにはならない。

「もし住んでいるとしても、誰が山田なのかを確かめるのは難しいな」
「そうねー。あと頼りになりそうなのは」
「管理システムだな」

 管理システムであれば通話ログがある。会話内容まで記録することはプライバシー条例の問題でしていないだろうが、接続記録が残る。それがあれば山田の住まいが割れるだろう。

 だがそれは建物診断とは一切関係が無い。調査の一貫などという言い訳では立ち入れない、マンションの聖域なのだ。

「牧野さん家からウチらが忍び込ませたロボットを操作すれば、チャンスはあるかもね」

 しかし春日居はロボットを管理サーバー室に侵入させることを諦めていないらしい。彼女の腕の端末には、牧野氏宅前の天井裏に隠れたロボットのシステムログが表示されている。かくれんぼは、まだうまくいっているらしい。

「危険じゃないか。いつ見つかるかわからないんだぞ」
「理事会の勘ってやつ?」
「ああ」
「ハッ」

 ぼさぼさの黒髪をかきあげながら、彼女は彼方の夕日を睨む。

「カンってなにさ。ウチらの持ち込みはばれてない。証拠があるなら警官がいるうちに出されてたでしょ」

 言いたいことはわかる。牧野氏が異常と評する理事会の直感力は、確かに不可解だ。闇雲に部外者を通報して、本物の不審者や薬物中毒者を見つけられる可能性はどれほどだろうか?

「カンにはきっと種があるってこと」
「例えば?」
「管理システムのサーバー室だ。理事長はぜったいウチらをあそこに近づけたくなさそうだった。てことは」
「システムを、違法改造しているとか?」
「それくらいしかないでしょ」

 春日居はハンドルから身を起こして端末を叩き、マンションの電気図を広げる。車内に電気配線モデルが走り回り、毛細血管のような全体図を作り上げた。

「日常、緊急用問わずいろんなセンサーがある。こいつらをまとめ上げた『網』みたいなもんが作られてるんじゃないかな」

 確かにその線はありそうだ。感度の問題はあるが、人感センサーから化学物質濃度測定器まである。管理システムを改造した結果これらの精度があがるかどうかは調べなければわからないが、その価値はある。

「網のモデルを作ってジニアスに相談してみよう。ただ明日の調査でロボを動かすのは待ってくれ。相手の勘がなんであれ、対策しないうちに動いちゃまずい」
「りょーかい。んじゃ『対策』の用意だけしておこうかな」

 夕日を真っ向から受けながら、春日居がこっちにむけて口の端を吊り上げた。

「・・・予算の問題がある。お店から機械借りるなら、先に見積をくれ」
「はーい」

 そしておどけながら、くつくつと笑った。

 ■

【続く】

サポートなど頂いた日には画面の前で五体投地いたします。