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近未来建築診断士 播磨 第3話 Part6-1

近未来建築診断士 播磨

第3話 奇跡的な木の家
Part.6『工場見学』 -1

【前話】

「ヤモリー、これ見て」

 事務所兼自宅のドアを閉めるなり、春日居がこちらの作業エリアのど真ん中へホログラフを投げ込んできた。文句を言おうと口を開きかけたが、文書タイトルを見て止まってしまった。某社財務管理状況と記されたその資料にはところどころ赤でチェックが入っている。チェック内には全て『木造2階建家屋』と書かれていた。

「それ、役所で釣瓶さんがまとめてたやつ」
「『木の家』の所有者情報か」

 資料のまとめを見るに、木の家の2代目所有者である逸見不動産会社は親族経営のグループ企業だったようだ。グループ内には不動産業のほか施工会社、設計会社や飲食店まで様々な業種があったようだ。そして件の家の管理者が、これらのグループ企業で持ち回りになっていたことがわかる。

「役所のそばにいく用事あったからさ。会って来たのよ。ついでに貰ってきた」
「これ作事さんに送る用でまとめてたやつじゃないのか。ぼくらが貰う必要は無いだろ」
「うん。だからテキトーな話しながら『あーその資料もいるかもですねー』みたいなこと言って貰ってきた。やばかったらなんか言ってくるでしょ」
「・・・まぁその時はその時か」

 しかしこれはなんなんだろう。ほぼ2年毎に管理者が変わっている。こんな頻繁に変える必要があるんだろうか。

「変わりすぎでしょ?そのせいで資料とか図面とか、どっかいっちゃってるんだって」

 その杜撰さは方々でよく聞く。普通の人は図面なんて、建物を購入したら仕舞い込んでそのまま忘れることもしばしば。最悪、ゴミにまぎれて捨ててしまうこともある。

 嘉藤教授という強力な助っ人のお蔭で報告書の精度は上がったが、釣瓶氏の求める責任者の所在が遠ざかってしまった。

「あれから釣瓶さんと作事さんは作業を続けてるのかな」
「聞いたところ、あんましだね。連絡取り難いってぼやいてたよ釣瓶さん」

 大学に行って以降、作事刑事と会っていない。報告書は出来る限り進め、その都度釣瓶氏に公開しているため事情はわかってもらえているが、このままでは仕事完了の目処が立たない。

「作事さんに連絡してみようか」
「まだだめでしょ。最近、あちこち飛び回ってるぜ」
「なんでそんなことわかるんだ」
「つけてるから」
「ちょっと」

 何を言い出すんだこの犯罪者予備軍は。咎めようとした矢先、新たな資料を投げ寄越された。資料は刑事を隠し撮りした写真と、グループ企業の元敷地位置図だ。

「作事が見て回ってるのは逸見不動産グループの元所有地。そん中でも資材置き場や倉庫だね」
「春日居、いますぐこれを消すんだ。見つかったら・・・」
「ウチがあいつなら」

 こちらの抗議を無視し、春日居は窓をあけてバルコニーにバッグを下ろした。吹き込んでくる風の冷たさに顔色一つ変えず、別付けのバッテリーを接続する。バッグが膨らみ、テントと化していく。

「あの改良植物やナノマシンを探す。教授がどれくらい試料を作ってたか知らないけど、当然家一つ賄えるほどはないでしょうよ。だからどっかで増やしてたはずなんだ」

 確かにその作業は必要だ。教授が言うには、改良株は雄株と雌株を作り、ナノマシンには自己複製能力を持たせていたらしい。量産に至る道も整備していたのだ。何者かはわからないが、教授の研究成果を手に入れたものはこれを利用しているはずだ。

「そうなると場所が要る。ナノマシンも植物も増産には場所を食うし設備も揃えなきゃ」
「それはぼくらが考えることじゃない。作事さんがじきに見つけてくれる」
「どうかね。ウチはあいつを信用してない。前に自分ら手動でこの件、収めようとしたじゃん。仕事を取られないための防御策は必要さ」

 挑戦的に微笑む春日居が指差したのはグループの工事部門が持っていたというストックヤード。露天の資材、機械置場や倉庫の並ぶ広い敷地だ。彼女はその倉庫の一角を指した。

「あいつはここを下見してる。しかも日暮れ時にだ。近いうちに忍び込むと見たね」
「なんでそんなことがわかる」
「下見の仕方から、かな。ウチも経験あるし」

 続くこちらの反論を封じるように写真を取り出し、目の前に突きつけてきた。写真はサーモカメラで撮影されており、被写体は彼女が指し示した倉庫のようだ。倉庫の裏手を撮ったその写真は青や緑で染まっている。真っ赤な排気ダクトを除いて。

「今、倉庫は無人。なのに排気ダクトが結構な熱を吐いてる。何かある」
「刑事が確認するならまかせるさ。ぼくらには関係ない」
「そ。そこに何があるかはあいつが調べれば良い。ウチがやりたいのは」

 春日居は早口でそう言うと、ぼくの座る回転椅子を掴んで引き寄せ、わざとらしく耳打ちしてきた。

「刑事さんの勤務に問題が無いかチェックすることさ。そのためならパパラッチの真似事もやる。
 何もせずにいたら報告書、取られちゃうかもよ。そうなれば教授の思いも無駄になる。ウチはいやだね、そんなこと」

【続く】

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