リサーチを始める前に知っておきたいこと

「リサーチって何から始めたらいいですか?」(自分もこれから業務の中に取り入れていきたいのですが)―日頃リサーチについてのノウハウ・トレンドを発信していて、ゲスト出演するセミナーの場やクライアントの皆さんから私がよく聞かれる質問です。

この問いはシンプルかつ本質的で、「できそうなこと・参照できるもの」はいろいろあるけれど、周りに気軽に聴ける人がいない、組織内にやっている人がいない、という状況を表しています。確かに理論や手段の話ほど立ち上げ方の知見は見聞きしません。

そこでこの記事では、実務の中でどう調査を成立させて、どんな成果を上げれば中長期的に活動の幹を太くしていくことができるのかを、(私自身も事のはじめに知りたかった)「リサーチを始める前に知っておきたいこと」として4つのポイントにまとめます。

実務の中で、という点がポイントで、担当者としては制約も受けますが、逆に腕の見せどころでもあります。リサーチに興味をお持ちの皆さんが、リサーチによる成功体験を積み重ね、さらに周りの方にリサーチの魅力を広めてくださることを祈念しています。

▼ 1.調査アウトプットの原理を知る

調査の活動をスタートさせるにあたり、今ひとつ業務イメージが湧きにくいのは、私たちの身の回りでレポートに代表される「調査アウトプットの成果イメージ」が薄いことに起因します。人によっては、調査の成果物=グラフ集くらいの印象かもしれません。

まず本項では「調査アウトプットの原理を知る」ために、よくある調査のアウトプットモデルを整理します。図表の左上をご覧いただくと、皆さんも目にしたことがあるかもしれない「トップラインレポート」(サマリ・まとめ・結論などの部分)があります。

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このレポートは調査結果を受けて、結論として「①安さ②早さ③旨さが求められている」こと、そして提案として「①セール実施②スピード改善③商品開発が必要である」ことが報告されており、まるで吉野家のコンセプトを究めた内容が記載されています。

こういう報告が出てきた時の社内や顧客の反応は、たいてい「だいたい知ってた…」「ここからどうする?」というものになります。仕事の価値はゼロではありませんが、具体的なアクションにつながっていかないので、成功のイメージを描くことはできません。

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では、なぜ使えないレポートデータが出てくるのでしょうか?「安い、早い、旨い」は言葉を置き換えればどんなビジネスにも通用する答えなので、嘘ではありません。ただ、どんな文脈でそういう結論になるのか、もっと深い情報を伴わないとわかりません。

多くの調査でレポートがこのような何にでも当てはまる汎用的なものになってしまうのは、調べたいテーマ全部入りの調査票が元凶です。レポートの中身は、アンケート(あるいはインタビュー)の質問項目等をまとめた「調査票のトピックス」が規定しています。

調査票の作成時に、よかれと思って「あれもこれも」足して、たとえば広告効果測定の中に競合調査・UI/UX調査・消費者調査も入っているような形になると、前出のような、「与件は満たしているのに意思決定に寄与しない」不思議な成果物が出てきます。

この状況は万能型の調査テーマで発生しやすく、NPS・満足度など総括スタイルのテーマのみを頼みにしていると、結論は「より良いものが良い」という具合になっていきます。ここは定点観測形式で調査をやり慣れている組織でも起きるので注意が必要です。

まとめると、使えないレポート(イマイチな結果)はデータ自体の良し悪しというよりも、企画時に調査項目を判断できていない甘さに起因しており、ビジネス側の与件に合った正しい調査テーマ選択ができないとすべて無意味です。これが調査アウトプットの原理です。

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▼ 2.調査テーマを組織図で棚卸する

一方、通常の担当者クラスの立場で、「好きなように調査をしていい」なんてことはまずありません。必ず組織での置かれた状況に準じた何かしらの条件や制約があります。多くのノウハウではここが省略されているのですが、自分の立場をまず確認しましょう。

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調査テーマを組織図で棚卸してマッピングしたものが本項の図表です。自分がどういう立場・文脈で調査を企画・実施するのか、考える時の視点にしてください。部門の担当者として調査業務を兼務する読者が多いと思いますが、ここでは次の2つの視点を意識します。

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縦軸は「担当者の視点」です。当期目標・重点施策に合わせて結果を出すテーマを決めるのが調査企画のコツです。また、テーマには最初から承認を得られやすいものと、実績を上げた後から実施しやすくなるものがあるので、おおよその順序を理解しておきます。

この点は例をいくつか挙げましょう。「営業本部」の場合、概念上重要度が高いのはあくまで「顧客満足」テーマですが、営業組織の慣習上優先度が高いのは「エリア戦略」です。まず新規獲得に貢献するアプローチの方が、計画に理解を得られやすいのが実情です。

同様に、「企画本部」の場合、担当者としては「広告/SNS」の施策や運用に役立つ情報をすぐにも知りたいことと思いますが、順序は「ブランド戦略」の方が優先されるので、初期のうちはある程度上流概念のテーマの中で支流テーマを扱う調査形態を意識します。

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横軸は「本部長の視点」です。本部長の視点では、事業課題・機能課題の中でも相性の良いテーマをつなげることがポイントです。各本部のデータ活用者の存在を認識し、調査データがどのように見られて使われるべきか、その流通回路を整理整頓していきます。

この点も例をいくつか出しましょう。「経営本部」の場合、「広報活動」(プレスリリース・記者発表会など)を最大化するには、「企画本部」の「キャンペーン運営」を意識・連動しておくと、サービスPRを通じて事業貢献が高い調査活動を行うことができます。

同様に、「開発本部」の場合、「UI/UX」でより良い成果を上げるには、「企画本部」の「カテゴリ戦略」を意識しておくと、プロダクトの機能ベースだけでなく、商品のカテゴリ単位でのユーザーの動きを理解して、サービスデザインに反映することができます。

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ここまで紹介した2つの視点を持つことにより、「担当者の視点」からは調査実施自体の理解を得ることが、「本部長の視点」からは調査成果を最大化することが、それぞれ可能になります。調査テーマを組合せても冒頭に見たような総花的な内容にはなりません。

組織の形態は会社ごとによってかなり異なるため、あなたが事業部門の担当者であれ、調査の専任担当者であれ、一定苦戦することでしょう。しかし重要なことは、部署や肩書に縛られつつも社内を俯瞰で見渡し、確実に実施まで結びつけて、成果を上げることです。

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▼ 3.調査手法のバリューセットを選ぶ

調査を実施することになったら、アンケート・インタビューなどの調査手法を選びます。

マーケティングのメディアでは、定量か?定性か?みたいな議論が多く見られますが、調査手法は優劣が存在するというより、案件に対する適正(向き・不向き)で判断するようにします。メディアでは各手法のエキスパートがナレッジを共有するため、どちらかに偏った魅力が紹介される傾向がありますが、皆さんはどちらもいけるようにしてください。

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調査手法は、マクドナルドでバリューセットを頼む時のように決めていきます。マックに入って店内カウンター上部のメニューパネルに沿ってオーダーするステップに倣い、①メイン→②サイド→③デスクリサーチ(自分でウェブや文献を調べること)の順で決めていきます。メインのみを単品で選ぶこともありますが、常に他のメニューも意識します。

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調査手法を選ぶ時のポイントは、予算軸×時間軸で選ぶことです。調査を行う時は、それぞれの調査手法に対して、外注・内製(DIYツールを使った内製)などがあり、どれくらいの予算を組めるか?納期までどれくらいあるか?により、適切に判断をしていきます。※図中の費用・期間は、事業会社でよくある調査スペックで実施した時の相場の目安。

アンケートを例に見てみましょう。アンケートは大まかに、調査会社に外注、DIYツールで内製、Googleフォームで内製などのやり方に分かれます。スペックだけ見ると内製が早くて安いのですが、きちんとしたモニター(回答者集団)やデータを揃えるなら調査会社も視野に入れるべきで、特に事業規模や社格が上がると必要な場面が必ず出てきます。

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初めはもちろん、予算なし・ツールなし・マニュアルなし・リサーチの文化なしから始まることが多いでしょう。私自身も会社でゼロからリサーチ機能の立ち上げを2回経験しており、いずれも単品のDIYメニューで成果を出し、少しずつ調査予算・調査手法を拡充していきました。(予算削減で後戻りしないよう報告・共有・参照の場づくりも大事です)

原理的には学生時のマック利用法と同じです。お小遣いが無くてはじめは単品チーズバーガーだけだったのが、徐々に使えるお金が増えて、ポテト・ドリンクまで頼めるようになるイメージです。ただ違いもあって、マックは大人になってもずっと単品オーダーで構わないのですが、調査ではずっと単一の手法だけやっていると対応範囲に限界が来ます。

予算・体制・技能のうえで色々できるようになってきたら、ファクト(仮説検証)とインサイト(仮説探索)の用途を意識しながら各手法を使い分けていきます。案件のテーマに対して適切な調査手法を組合わせることによって、考察は飛躍的に深まっていきます。もちろんやればやるほどキリがないので、予算軸×時間軸の概念が前提にあるわけです。

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▼ 4.調査の目的と結果を一致させる

調査体制×調査手法を整えると、どのようにアウトプットが変わるのか見てみましょう。

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まず、上部左側にある「調査目的」(主文)をご覧ください。「健康増進プログラムの開発にあたり、フルーツ好きの人を対象に、購入理由・喫食体験を調査し、目玉となる品目及びその促進方法をまとめる」とあります。まあごくふつうに見えるかもしれません。

一方、世の中の調査企画書に記載されている調査目的は、抽象的で漠然としていたり、置きに行った表現が少なくありません。「顧客理解のため」「目標達成のため」という表現が主になっているケースです。もちろんこうした内容が入っていても全く構いません。

しかし上記のような表現だと、結果データも責任感を伴わないものになっていきます。これを避けるには、「調査背景・調査対象・調査手法・出口戦略」の項目に沿って、毎回穴埋めのようにして意識しながら書くことがポイントです。それが上記の主文なのです。

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さて、ここからは仮の調査目的に則って、フルーツ好きの人への調査を通じて得たファクト&インサイトをまとめていきます。アンケートとインタビューを行い、「調査項目(調査手法)→分析・示唆」の順で「みかん」を例に箇条書きでまとめたものが以下です。

①喫食時期(定量調査)→12月~4月が主(50%程度)夏場も安定(20%程度)
②購入理由(定量調査)→健康に良い、まとめ買い、食べきれる(上位の回答)
③喫食体験(定性調査)→ビタミンの摂取、風邪を引かない、常備して食べる

ご覧のように、調査手法によって得られる情報の幅は異なります。②購入理由(定量調査)では決めておいた選択肢項目の上位データ(=ファクト)が取れているのに対して、③喫食体験(定性調査)では生活上の価値や利用法(=ニーズ)がわかっています。

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この内容を元にして作成したのが、上部左側にある「調査結果」(抜粋)です。文字通り、「みかんは健康に良いイメージ+通年需要があり、定期購入者の送料を優遇する施策で、定着率に寄与する(飲料や医薬品の訴求策を横展開)」という考察ができています。

どんな背景の下に何を対象にどう調べて何がわかったのか、そして、これから何をすべきなのか、すべてクリアです。調査目的で定めたテーマの情報収集を行い、調査結果で導いた示唆から適切な意思決定をできる―これが調査それ自体による一つの成果です。

調査目的と調査結果の部分は、必ず形式を一致させましょう。お題目としての調査目的では調査結果(結論)を書くことはできませんし、力技で調査結果だけを盛り上げても調査の実施価値は浸透しません。必ず、両方の精度によって成果を司るようにします。

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最後にもう一度、記事の冒頭に登場したあのトップラインレポートを振り返っておきましょう。調査目的は「あれもこれも」、調査内容は「わかったようなわからないようなこと」、調査結果は「まるで吉野家のコンセプトを極論でまとめたようなもの」でした。

本稿にまとめた内容は、いきなり成果が出る何かではありませんが、これから調査活動を組織に根づかせ、中長期的に組織の中で大きな役割を果たせるようにするのに欠かせない考え方です。みかんを例に書いたようなレポーティングを目指して頑張ってください!

なお本記事に関連して、コラム連載を寄稿しているデータマーケティング・マガジン「マナミナ」にて、「ユーザー理解」をテーマにした取材をしていただきました。ユーザー理解の詳しい事例などはこちらで解説していますので、よかったら併せてご覧ください。

▼ マーケターが調査予算を得るために持つべき4つの観点とは?リサーチャー菅原大介さんに聞く|マナミナ(この記事の取材解説です)

▼ ユーザー理解では「質問の尋ね方」が重要。アスキング調査で見える「第3の選択肢」が事業をドライブさせる|マナミナ

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▼ 出演イベントのお知らせ

その1:リサーチのトレンド

「リサーチのトレンド」セミナーが、株式会社ヴァリューズ主催で開催されます。当日はヴァリューズのリサーチャーとして様々なクライアントの調査業務を手掛ける海野さんと一緒に、2021年の振り返り~2022年の展望をセッション形式でお話します。新年に皆さんとリサーチについて考える機会を私も楽しみにしています!

▼ リサーチャー菅原大介さんと考える、2021年の象徴的なリサーチ・トレンドと2022年の潮流|ヴァリューズ
2022/1/11(火)17:00-18:00 @オンライン(参加無料)※法人対象

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その2:情報収集

新年のSchoo授業もエントリー受付中!こちらはリサーチャーの情報収集(デスクリサーチ)をテーマに、世の中のトレンドをキャッチアップしたり、消費者のインサイトを理解する方法をお伝えします。私が日頃実践していて、特別な準備の必要がない、Twitter/Instagram/YouTube/雑誌などのメディアウォッチング習慣をお話するのでお楽しみに◎

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2022/1/10(月)20:00-21:00 @オンライン(生放送は視聴無料)


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