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祖父母の香りと“去来”

私は自他ともに認めるおじいちゃん・おばあちゃん子である。大好きだったふたりは、もうこの世にはいない。しかし、今でも私の心の大きな支えである。だから、どんなに仕事が忙しくても、1カ月に必ず1回は墓参りに行く。

祖父母の墓石には、祖父の字で「去来」という文字が書かれている。祖父母とはあれほどたくさん話をしてきたのに、なぜ「去来」なのか知らずじまい。祖父の血を色濃く継いだと親戚中に言われるが、やはりその理由はわからない。

祖父は、昔の関所近くで手広く旅館を営む家の生まれで、幼いころは大変な豪族だったという。しかし、その父親(曾祖父)が夭折したことで、以降は大変な苦労をしたらしい。一方、祖母は脳梗塞を3度経験した後遺症で、右半身に障害があった。祖父母ともにそういった苦労話は一切口にしなかったが、祖父母の死去後に事情を知る方から聞いた。

祖父母の香木

そんな祖父母が残したものを近くに置いておきたくて、実家に残されていたものを整理している時だった。香炉が出てきた。シンプルなデザインの、祖父好みの香炉には灰が入ったまま保管されていた。ドキドキした。鼻が悪かった祖父が香炉を持っていたとは全く想像していなかったから。香炉が入った箱には、練香があった。灰を濾してみたら焚いた後の香木もあった。

まさかこんなところでリンクするとは。僕が好きな「香木」を祖父母も好きだったことが分かり、本当に嬉しかった。それ以降の墓参りでは、香雅堂さんのお線香を供えるようになった。お線香に火をつけて、その香りを祖父母と楽しんでから手を合わせる。

1カ月間の出来事や、今考えていることを報告して顔を上げると、そこには「去来」の文字。その文字を見るたびに、祖父母が問いかけてきている気がする。祖父が何を考えて人生の終着時にその文字を書いたのかはもう分からないが、私もこの言葉とはずっと対峙していきたい。祖父母が好きだった「香り」と一緒に。

【連載】香木研究所
「敷居が高い」と思われがちの香木・香道ですが、私は単純に香木の香りに魅了され過ぎて、その敷居を感じる間もなく不躾に接してしまったと今さらながら猛省しています。しかし、香木・香道を通じて私と関わっていただいた方々は、皆様素晴らしい人間力をお持ちでした。この連載は若輩者である私にご指導・ご鞭撻下さった諸先輩方、そしてこれから香木に触れることになる方に向けて、これまでの感謝とともに、香木を通じた心の変化を綴っていきたいと考えています。いつの日か、この連載を読まれた方と香木について語り合える日が来たらと夢見ております。
前回の記事:ピンセット香道

【著者】
学生時代に多くの外国を訪問。特にオーストラリアとネパールには並々ならぬ思い入れを持つ。海外での経験を重ねるごとに日本を顧みる機会を得て、約9年前に香木に出会い、一生の友とすることを誓う。その友を知ってほしく日々紹介するものの、伽羅以外を受け付けない妻に孤軍奮闘中。いつの日か好きな香木と香りを通じて知り合った仲間と一緒に、純粋に香木を楽しめる空間を持つことが夢。「香りで繋がりたい」と心底願っている、語学教育総合企業に勤務する35歳。

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