カッタの湯 poor vacation

平日の午前10時。

サウナのドアを開くとジミヘンの「エレクトリックレディランド」のジャケットみたいに裸のジイさんが山盛り。棚卸しバイトのプロがため息をつくくらい、どれも同じようで少しずつちがうジジイが思い思いのポーズで鎮座している。

ここはカッタの湯。スーパーとつけて良いのか躊躇う佇まいなスーパー銭湯。その中のサウナ。全員がテレビを見つめてて、その画面ではローカルタレントが老夫婦に「夫婦仲も唐揚げもアツアツで賞」というものを授与している。

田舎∞。

そんな光景。

隣のジジイが立ち上がりストレッチし始める。後ろのジジイがテレビを指差し、「アレは鯖か?秋刀魚?」と尋ねてくるけど、これは蓮根。ストレッチジジイのキンタマが揺れる。

ふと思い出す。

ないかもしれない。

まあ、意味も意義もなくて良いんだけど。これが10年前なら、シティポップっていわれる音楽なんて田舎モンとアホしか聞いてなかったって言っても良い気がするし、音楽を聞く意味が欲しいなら説法とか聞いてた方が有意義ではなかろうか。もっとも、このバカが言ってるシティポップは今様なもので、それでもバカげた物言いなんだけど。

ここ、カッタの湯は入湯料500円だけど、980円払うとお風呂と食事が。食事はどのメニューでも良くて、880円の「二八蕎麦と肉炙り丼」とお風呂に入るのでも980円。お得。と思ったけど、風呂ならウチにもあるし、お得なのか良く分からない。でも得だ、ということにして「二八蕎麦と串揚げ盛り合わせ」を頼んだ。

二八蕎麦、がなんなのか良く分からないけど、普通。普通以下かもしれない。串揚げも普通。ビールは最高。ビールがあれば全部最高。

都会でなければシティポップなんて、とかいう文言は田中康夫とか「なんとなくクリスタル」みたいな価値観のステージでしかなくて、親を恨んでなくてもホワイトハウスは聞くだろうし、川崎市に住んでなくてもBAD HOPに憧れもする。「ちょっとなにこれー!」と汁男優の暴挙に狼狽するポルノ女優の悲痛な表情のBGMにシャカタクが流れてたらどうだろう?

気持ちは分かる。夏の海でレゲエ、ベンチャーズ。「秋の富士山の山頂でTUBE聞く意味あるの?」。それはそうかもしれないけど、バカしかそういうことは口にしない。大人は「そういうのもあるんですね」と目を細める。

串揚げの盛り合わせとビールを楽しみながら聞いてるのはpoor vacationのアルバム。

瑞々しく細い線のボーカルと爽快なバンド演奏はレコードストアで「新世代のシティポップ」とコーナーに置かれそうでもある。それでもなんかじっとりとしたものも感じるし、ある種のファンタジーをくれるような歌詞の世界観も地に足がついてる。

シティポップでもなんでもいいんだけど、サチモスが「トーキョーフライデーナイト」と歌っていても、カッタの湯の喫煙所の照明に合ってる気さえする強度がある。サウナでストレッチするジジイの揺れるキンタマを眺めてる時に「ceroの曲にこんなのがあったかもしれない」と想起させる広さがある。

サウナの苦行に耐えながら出たらpoor vacationが聞きたいな、ってずっと考えてた。ホントはビールのことばかりだったけど。それでもこうやって聞きながら蕎麦を啜ってると、キスマークが無数にプリントされたスエットのセットアップを着たご婦人が前を通るこの光景にさえピッタリな。その音楽性はいろんなジャンルを思い起こさせてなおポップで爽やかであるけど、キチンと生活という地に足がついてる。蓮舫みたいな髪型のババアが隣のDJ HONDAのキャップをかぶったジジイがこぼしたお冷をティッシュで拭いてるけど、追いつくはずもなく、DJ HONDAが席を立ったので布巾でも貰いに行くのかと思ったら爪楊枝を一本貰って席に戻る。大比良瑞希がフューチャリングされた曲が始まって、オシャレなその雰囲気と現実に違和感といえば違和感だけど、それでもバッチリなのはやっぱりpoor vacationの音楽のファンタジーが生活と地続きだからこそじゃなかろうか。テレビでは島崎和歌子がうどん食ってる。オレはもう三杯目。Tristezaって曲がもう少し長く聞いてたいけど、唐突に終わるのもいい。インストパートでも歌パートでもどちらでももう少し聞いていたいんだけど、絶妙に終わる。受付のババアが帰って欲しそうにこっちを見てる。オレは晩飯をここで食って帰ってもいいかなとすら思ってる。そんな感じでいい加減に生活しててもシティポップだろうがクラストコアだろうがヘラヘラ聞いてんだよ、何が意思の卓球だ、ダセエな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?