不滅の男

 殺したい。

 そう思ったことはあるだろうか。オレはある。幸運にも実行には移さなかったが、一度や二度ではない。人間の七割は我慢で出来ている。ありもしない格言を繰り出したくなるくらい耐えている。


 学生時代。誰かが鍋を食おうと言い出して、同級生の部屋に集った。男女が集う楽しい宴だ。鍋をエンジョイしてダラダラ酒を飲み始める。弛緩した空気の中、切り込む男。それがオレだ。

「冷蔵庫を見つめるだけで勃起出来るか勝負しようぜ」

 声は空に舞い、返事はなかった。

  「頑張れよ」なんて 言うんじゃないよ
  俺はいつでも最高なのさ ああ
  俺は不滅の男 俺は不滅の男

遠藤賢司はそう歌った。

「いいよ、オレだけでもやるから!」

オレは挑んだ。冷蔵庫の前に寝そべり、見つめた。同じ室内に年頃の女の子が3人程いるのに冷蔵庫への欲情を感じるため精神を集中した。うん。うん。そうだね。語りかけてみたりもした。

 ダメだ。無理だな。そう思って起き上がり、談笑している友達の方を向いて言った。

 「ねぇ、冷蔵庫、開けてもいい?」

 皆はまるで鈴虫が鳴いているかのように誰も意に介していないでテレビを観ていた。気まずくなって「雨、降らないかなぁ」と言いながら窓の外に視線を移した。夜の闇が窓ガラスを鏡のように変え、緩い室内を反射させていた。窓を背にして置いてあるソファー。その背もたれの後ろで友達の男女が手を繋いでるのが映える。普段、二人は恋愛関係でもなくそれを匂わす雰囲気すら無く、冗談を言い合うくらいの関係。

 なに、その甘酸っぱいの。え?

 室内はオレを除いて談笑ムードでテレビを観ながら各々緩く会話していた。手繋ぎ二人組もそうだ。「え?パスタの茹で汁でワイシャツの糊付け出来るの?」そんな感じで、コンビニに並んでるペットボトルの水みたいに無味無臭、全くの無害。そんな顔で日常を謳歌している風情。


 大自然。時折、ボクを呼ぶように鳥が鳴き、それ以外はどこかから川のせせらぎ。木々の木漏れ日を感じ、そっと目を閉じる。あぁ、何をこんなに忙しなく過ごしていたんだろう。人の営みはシンプルなはずだ。しなきゃいけないこと。やってみたいこと。それだけを抱えていれば両手はいっぱいなはず。余計なものを抱えてはいないか?おや?イタチかな?おいでよ!ボクと一緒にあっちへ行かないかい?


 現実逃避も虚しく、繋がれた手はオレ以外の誰にも悟られることなく固く。「おいおい、なにしてくれちゃってんのよ、アツイねぇ〜」そんな無粋が許されるはずもなく。緩みきってるはずの室内の空気の中、一人強ばり続けるオレ。バカみたいじゃないか。なんなんだよ。

 殺そう。そしてオレも死のう。

 そう思ってはみたものの、それで何が変わるというのか。何もかもが終わるだけで、それは放っておいてもいつか訪れる。オレにその終焉を巻き起こす権利なんてないじゃないか。オレに出来ることは一つだけ。そっと横になって無言で冷蔵庫を開けるだけだ。

 時は過ぎて、10数年。手繋ぎ男女は当然のようにそれぞれ違う伴侶と所帯を持ち子供と共に過ごしているそうな。それどころか、そんなことの翌日以降も二人が恋愛関係になったとかも聞かなかったし、それぞれがそれぞれに恋人を得て、それ以前とも変わらない友人関係が続いていた。

 それからずっと、ふいに思い出したりもしながらぎこちなく過ごし、なんだかんだフラフラしながら突然「DJありがとう」と名乗りだし、各地にDJをしに行っては「ありがとうさん!」と若者に呼ばれて苦笑いをするようになった男。それがオレだ。

 人の気持ちはわからない。この曲のイントロで「オレ、高橋克典が思うカッコいいポーズ」をしながら己のシルエットを映す幕が開くのを待つ高橋克典の心境。わかるはずもない。いつまでも「なによ、これ・・・」で立ち止まってると人は取り残される。みんな一回は立ち止まるけど、うまいことやってんだ。肘にオッパイが当たってもラッキーを感じないようになってやがる。憎い。

どうすればいいんだ。

冷蔵庫は開けてもいいのか?

いつまでだって夜は長い。

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