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毎月勤労統計問題に思うこと~日本の労働観から~

世間の耳目を集めている毎月勤労統計問題ですが、色々な切り口での議論があると思います。「全数調査とすべきところ抽出調査とした結果、数値が高く出た」という事実について、忖度や改竄などといったフレーズとともに恣意的かつ悪意的なものと捉えるのか、それとも全数調査はコストも時間もかかるので抽出調査とし、その結果として高く出ただけと捉えるのかで大分評価は変わってくると思います。まずは、そこに「意図があったのかどうか」に着目した上で、そうではなく単に後者のようなコストと時間を考慮した結果の無意識的な(言い換えれば統計知識に乏しいゆえの)ミスであるならば、「もっとコストと時間をかけて高い精度を目指しましょう」という問題意識に帰着するのではないでしょうか。

この問題に関し、既に以下のnoteで神奈川大学の飯塚先生が議論されていらっしゃいます。この中で指摘されるように「全数調査とうたっているのに、実は標本調査(抽出調査)をしていることに問題があると、厚生労働省の担当者は認識していなかった」ことが実情であるならば、やはり恣意性を囃し立て、公的部門憎しで悪質な事件のように仕立てるのではなく「では、どうしたら正確な統計発表が可能になるのか」という建設的な議論に努めるべきだと思います:

毎月勤労統計問題を考える
https://note.mu/todobuono/n/ndda6c50be3ed

また、「毎月勤労統計調査をめぐる今回の問題をみると、厚生労働省の担当者の経済統計作成に関する意識、技能の低さが表れているのではないか<中略>失礼な申し上げ方をすれば、「素人か!」と言いたくなるのです。」との指摘も首肯できます。統計に限らず、日本社会では一事が万事そうなりがちですが、ジョブローテーションで動き回る人材に専門性の蓄積は期待できません。政府・与党は職能給から職務給の世界へ日本の労働市場が変わっていくことを志向していますが、これは官公庁においても進めるべき課題だと思わせる事件だったと思料します(考えようによっては政策当局者ほど高度な専門性が求められる職業もないのですから)。やはり「無意識・無自覚にミスをした」というのが事の発端ではないかと推測します。「組織的関与」を指摘する報道も出ていますが、それは「発端」後の対応の話にも見えます(もちろん、それでも問題は問題ですが)。

この毎勤統計問題が明らかになってから「GDPの基礎統計にもなる資料になんてことを」といった論調が見受けられます。そこまでの世論形成が出来ているのならば、もっとコストと時間をかけて発表する体制に切り替えるべきでしょう。前月分の実情を迅速に公表するという点を重視するのであれば、推計部分が大きくなり、後の修正幅が大きくなることには目を瞑る必要があります。

ちなみに、毎勤統計自体、経済分析上重要であっても、金融市場でそれほど材料になるものではありません。片や、恐らく世界で最も国際金融市場に大きな影響をもたらす経済統計である米国の雇用統計は推計部分が大きく、かなりまとまった幅で修正されることが日常茶飯事です。それでも雇用統計の迅速性を捨てて、正確性を追求して欲しいという声はあまり耳にしません。雇用統計がFRBを筆頭に国際金融市場の政策観・相場観の基礎資料となっている以上、「直ぐに知りたい」というニーズの方が強いからでしょうか。そうした市場の安直なニーズに応えることが正しいかどうかはさておき、「そういう考え方もある」というのは今回の問題に際して、多くの人が知っておいても良い事実かもしれません。

いずれにせよ、統計に限らず、専門的な事象を扱うには相応の経験と知識に裏打ちされた人材が必要であり、今の日本型雇用のシステムではそうした人材が欠如しがちである・・・という事実を今回の騒動から感じた次第です。組織的にどういった対応がなされていたのか?なども重要な関心事でしょうが、そのような切り口からの議論もあって良いかな、と思います。


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