「大雑把な外国人」から考える

旅をしていると隣の国でも宗教が異なっていたりしていて人々の感じや街の雰囲気が違うのでそれはそれはとても興味深いものです。

決まっていつも驚くのは外国人の大雑把さです。いろいろな国をまわって充分に分かっているはずなのにやっぱり驚かされます。今回はそんな大雑把な外国人からわたしたちのことを考えてみようと思います。


外国人の大雑把さは土足でも裸足でも部屋に入る。洗濯物を干すところが汚れていてもあまり構わない。タクシーを頼んでも忘れる。寒い部屋でも薄い布団しかない。食器が汚れているが気にしない。適当にやって文句を言われたらやり直すくらいの感じ。

もちろん全員が全員大雑把なわけではないでしょう。細かい方もいらっしゃるとは思いますが、旅で出会った旅人や宿のオーナーやレストランなどではそういう人が多かったというだけです。やってほしければ言えばいいという感じでしょうか。日本でいうところのおもてなしという精神は薄いのだとおもいます。


いままで訪れた国38カ国(現在も進行中)。どの国も日本人ほど細かい国はありませんでした。世界一の豪華列車と言われるブルートレイン(ギネス)へ乗車したときにもそのサービスの大雑把さにやっぱりアフリカだなぁと思ったものです。スイスの5つ星ホテルへ宿泊したときも同じでした。

逆に日本ではそれほど高級じゃないホテルでさえも(例えばわたしの大好きなラブシティホテルであるバリアンとか)行き届いたよく考えられたサービスを受けられるものです。果たして外国人が大雑把なのか日本人が細かすぎるのか。


わたしたちは旅で訪問した国の歴史を調べるようにしています。ほとんどの国が大国に占領され、国の方向性が何度も変わり、宗教さえも変わり、内戦を越えて独立を勝ち取ってきました。日本は基本的には単一国家で宗教での統治も行ってきていません。大きく方向性が変わったのは1945年だけじゃないでしょうか。

外国人が大雑把なのは歴史的に複雑な道を歩んできたからこそなのかもしれません。頻繁に大きな変化が訪れていた。そのたびに国民は柔軟に対応してきた。だから「細かいことは気にしないけど、損をするようなら徹底的に反発する」という性格が培われてきたのかもしれないと個人的に推察します。


元々細かいわたしはこの大雑把さに「なんで?」と思いがち。もう少し人の気持ちを考えられないのかとイライラしてしまいます。大雑把のほうが楽かそれとも細かいままいるべきかなんてこともしょっちゅう考えます。世界の大半は大雑把なのであれば大雑把なほうがいいような気もしますが、日本のサービスの細かさは世界に誇れるレベルだと評価されていますし。

結局そのどちらも必要なのだという結論に勝手に至りました。大雑把すぎてもダメ、細かすぎてもダメ。両方の良いところをとってバランス良くいることが大切だと。人間バランスが大事ですね。

自分と違うモノを受け入れられない心は差別を生むことなのかもしれないと旅を通して強く感じます。これについてはいろいろなところでまたつぶやいていくかと思いますが、わたしたちは次の世代に「違いを受け入れる力」を伝えていければなと思いました。



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