死化粧

飯田橋駅にある柱に
心をいったん仕舞っておいて
わたしはこれから人を殺しにいく
視線はまっすぐ
後ろをふりむかない
その必要はない

家で眠っている純也
いつも白目を剥いて眠っている
健やかな寝息と
よそでしか活用されない性欲と
筒抜けの寝言
「ゆき、ゆき、おいで」

「ゆき」は週に4日(月水金土)
ちいさな心療内科で受付をしている
昼の13時過ぎから休憩に入る
わたしは下見したとおり裏手口が見える路地で待つ
カバンにはスタンガンと包丁
いきなり包丁で刺してもかまわないが
抵抗されて大声を出されると面倒なので
まずはスタンガンで気絶させてから

心療内科の前の通りは桜並木
わたしは桜のことが一気に嫌いになった
純也のフォルダに無数にある「ゆき」と「桜」の写真
センスの欠片もないやたらと斜めに撮られた写真

死化粧を纏う花
来年もまたここで咲くくせに
純也の夢に毎夜のように現われる女
来週もまたここで逢うくせに

裏手口から「ゆき」が出てくる
写真で見るより美しい女だ
財布を握りしめて桜に一瞥をくれている
わたしは笑みを湛える
声が漏れるのを我慢して
スタンガンのスイッチをONに
「ゆき、ゆき、おいで」



#詩

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