僕のグッド・ウィル・ハンティング


午後のニュースによると、大きな勢力を保った台風がいよいよ東京に近づいていて、電車が止まったり遅れたりしているようだ。でも、僕はお休みだから関係ない。みんな会社から帰れなくなったりするのだろうか。傘が盗まれたり、買ったばかりなのに壊れたり。みんなって誰のことだ。僕の家には傘がないから、雨の日は一歩も外に出られない。雨はこれで休みなく、三日三晩降り続けている。家には食べ物もないから、僕はとてもお腹が空いている。空腹を忘れるために眠ろうとするのだけど、吐き気がしてうまく眠れない。薬もない。胃薬も。睡眠薬も。
先生がまた家にきてくれるみたいだけど、僕は堪らなくて、ずっと玄関に鍵をかけている。今日も。18時49分。そろそろ来るだろう。僕はたぶん、ノックする音を待っている。僕より倍くらい太い中指で、遠慮がちに鳴らすノック。わからない。子供の頃、幼稚園の迎えに今日こそ誰もこないだろう、と思っていると母親は毎日ちゃんと迎えにきた。どうしてくるのだろう。他人向けの行儀のいい表情を顔に貼り付けていた。僕も同じ顔で幼稚園から帰った。
「先生、また明日。」 


「いつか吸い尽くしてしまう。いつか食い殺してしまう。そう思っているのでしょう?」ある日、先生はそう言った。僕は壁を背にして膝を抱えて座りこみ、先生の禿げあがった頭と爛々と輝く瞳を交互に見ながら話を聞いていた。先生は座布団の上で正座しながら首を少しだけ左側に傾けて小さく微笑んだ。僕はごまかすみたいにあははと喉の奥で笑ってからはずっとひとりで考え込んだ。ジャスミンティーを口に含んだ先生が、いつもみたいに僕に近づいてきて、僕はまた笑った。先生のジャスミンティーは、渋くて濃い味がした。


donor_13/ トラジロー さん

トラジロー さんのBlog
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