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そしてわたしは途方に暮れる

今朝目が覚めたとき、わたしは猛烈に怒っていた。猛烈に怒りながら、なぜ怒ってるんだっけ?と考えたら、現実のことではなく、夢の中で怒っていたのだと思い出した。 

夢でわたしは会社にいて、誰かと意見が合わずとにかく猛烈に怒っていた。怒りながら自分が正しいと確信していたが、ほかの同僚からたしなめられたのはわたしの方だった。「まぁまぁ、そんなに怒らないで…」そう言われてわたしはさらに激昂した。「なんで!!!おれは間違えてない!!!!」
害悪ブチギレおじさんである。 

目が覚めて、お湯を沸かしてインスタントコーヒーをひと口飲むまで、怒りの残りカスみたいなものが胸に残っていて、眉間にぎゅっとシワが寄っていた。でも、会社の誰と言い争っていたのかも、どんな内容だったのかも既に忘れていた。
わたしは「やれやれ」と首を振った。 

比較的おだやかな人間であると思うのだけど、器がスモールなので、許容量を超えると、ときどき「むきー!!!」となってしまうことがある。寛容になりたい。あるいは器がもうひとつほしい。 

最初から興味のないひとに何を言われても興味ないので何の感情も湧かないのだが、自分の好きな人・信頼している人と意見が合わないと「なんで???どうして???」と突っかかってしまうことがある。 

人は誰しも一日中なにかを思考しながら生きているわけで、まったく同じ人間などいない。「ここで意見が分かれるのも面白いよね」くらいの心持ちでいるつもりなのだが、なにぶん器がミニマムなので、いつでも害悪ブチギレおじさんになってしまう危険性を孕んでいる。いやだなぁ。気をつけよう。 

わたしが怒っているとすぐ気づく人と、全然気づかない人がいて、その傾向から見るにわたしには怒ったときに目が泳ぐのだと思う。気づく人は怒っているときじっと目を見てくるからわたしはすぐに我に帰ることができる。ありがとう。 

怒りというと思い出すのは、音楽の専門学校に通っていたころに、大沢誉志幸さんの「そして僕は途方に暮れる」の歌詞を巡って友達とちょっとした言い争いをしたときだ。と言っても、あとから考えれば言い争っていたのはわたしだけで、友達は「そうなの?」とか「へー」とか言っているだけだった。わたしは自分の主張にすぐに賛同しない友達に対してブレギレ害悪おじさんをご披露していたのだ。(当時はまだ若かったので害悪ブチギレお兄さんだったかもしれない) 

「そして僕は途方に暮れる」は銀色夏生さんが詞を書いた名曲で、簡単に言うと【恋人が一緒に生活していた部屋から出て行ってしまい、とり残された僕が途方に暮れる】という内容なのだが、この曲のポイントは1Aの 

"見慣れない服を着た
君が今 出ていった
髪型を整え
テーブルの上もそのままに"

にすべて集約されている。 

まず気になるのは、恋人が"見慣れない服"を着ているところ。一緒に住んでいたのであれば、恋人の服は見たことがあるはずなので、新たに自分で買ったか、あるいは他の誰かにプレゼントされたことになる。
ひとつの途方ポイントである。 

でも、わたしがこの曲を聴いていちばん途方に暮れたのは"テーブルの上もそのままに"の部分だ。これは「あいつお菓子の袋とか片付けずに行きやがったなぷんすか」という軽い憤りではなく、わざわざ歌詞に書いたということは、この女性は"これまでずっとテーブルの上を片付けてくれていた"ということなのだ。 

この女性の立場になってみよう。
長く生活してきた部屋をこれから出て行く。新しい服を着て、髪型もセットした。後腐れなくすっきり別れたいのなら、いつも通りに部屋を片付けると思いませんか?立つ鳥跡を濁さずじゃないけど、わたしがこの女性ならばそういう心理が働くと思う。だけどそうしなかった。"テーブルの上もそのままに" 出ていくことを選択した。 

つまりこの女性は、涙涙で出ていったのではなく、僕に対してもはや無関心なのである。恋人が無関心というのは強烈な途方ポイントである。(途方ポイントって何?)このたった4行で女性の感情までも表現されている。
素晴らしい歌詞。銀色夏生すごい。 

…ということをわたしは友達に話した。
"テーブルの上もそのままに"がいちばんのポイントだよなぁ、と。でも、友達はピンとこない表情で「そうなの?テーブルがポイント?笑」と言った。
わたしはぷつんとキレて 

「は?そんなこともわかんないの?だからお前が書く歌詞は中身が空っぽなんじゃないの?音符に文字埋めればいいと思ってるんでしょ?歌詞なんて誰も聞いてないと思ってるんでしょ?それって歌う意味あるの?曲だけ作ってれば?」

と、そこまで言ったかは覚えていないが、そういうようなことを言ってしまった。こわい。やめてほしい。それから友達はわたしと歌詞の話をするのを明らかに避けるようになった。「歌詞って自由でしょ?」という正論だけを静かにわたしに伝えて。 

そしてわたしは途方に暮れた(暮れるな) 



  「そして僕は途方に暮れる」は色んなアーティストからカバーされていますが、わたしのいちばん好きなカバーを貼っておきますね。



#エッセイ  #そして僕は途方に暮れる #銀色夏生 #大澤誉志幸


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