思い出すことなど(6)

翻訳に関する思い出を「思い出すことなど」と題して、色々と書いていきます。順不同かもしれません(最初のうちは、以前、Webマガジンに書いたものの転載です)。

ある時、課長から、「うちで使うマニュアルさあ、あれ和訳しといてくれる?(ほんとにこういうしゃべり方だった)」と頼まれた。ちょうどメールの翻訳が面白くなっていたところだったので望むところだ。マニュアルなら、よりまとまった量の本格的な文章に取り組むことになる。ますます面白そうだ。メインの業務じゃないから定時後にやるように、と自動的に毎日残業となる命令をされ、少しもやもやしたけれど、嬉しかった。張り切って取り組む。
人間の書いた文章なんだから、どうにかなるだろうと始めてみると、すぐに苦戦が始まった。まずわからない言葉が多すぎる。いや、厳密に言えば、知っている単語のはずなのに、知っている意味を当てはめると日本語の文章にならないことが多い。自分の書いた訳文の意味が自分でわからない。
つまずいたのは、たとえば、environment variableという言葉。いや最初は二つが一続きの言葉であることにも気づかなかった。environmentは環境だし、variableは変化し得るってことでしよう、簡単なはず。変化する環境?でもフランス語でもないのに後ろから修飾するなんて変だなあ。文法無視かい?と思った。
しばらくしてから、偶然、日本語の文献で「環境変数」、という言葉を目にした。待てよ、これが英語ではenvironment variableになるんとちゃうの? そう思ってよく調べると、variableに変数という意味があることがわかった。変数って、習ったなあ。数学で。そうかコンピュータって計算機だからやっぱり数学なんか。変数って、方程式のxとかのはずやけど、xどこにも出てこんなあ。方程式はどこやろう。
そのうち、環境という言葉に、なんというか、「設定の集合」みたいな意味があるとわかった。そして、ついに環境変数と呼ばれているものの実体を目の当たりにすることになった。たとえば、name = "Bob" みたいな式で(あんまり正確じゃないけど、だいたいこんな感じ)、ユーザー名を設定する時、nameのことを環境変数と呼ぶ。どうみてもそれで正しいらしい。わかったぞ!やった。でもこれ、変数の値が「文字」やん、数でもないのに変数ってねえ。
これが何十年にも及ぶ闘いの始まりであった(大げさ)。

-つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?