思い出すことなど(15)

翻訳に関する思い出を「思い出すことなど」と題して、色々と書いていきます。順不同かもしれません(最初のうちは、以前、Webマガジンに書いたものの転載です)。

(前回の続き)
さあ、会社を辞めた。もう会社に行かなくていい。何をしても自由だ。そうなった時、私が最初にしたのは、イギリスに行くこと、だった。ちょうど4年前(1988年)に行ったイギリスにもう一度、行きたいと思った。幸い、4年前、同じ学校に通っていた友達が、またイギリスに行き、ホームステイをしていた。聞けば空いている部屋があるから、私も同じお宅に便乗ステイしてもいいという。もちろん、食事も何もなく、素泊まりではあるが、何しろ無料。宿泊費無料は助かる。喜んで便乗させてもらうことにした。あとは飛行機代だけだ。ただし当時は今よりもずっと高かった。買った航空券の代金は往復で25万円。それでも格安だった。キャセイパシフィック。南回り。香港経由だ。所要時間は16、7時間くらいじゃなかったかと思う。
それからの10日間は夢のようだった。前回行った時とは違い、別に学校に通うわけではないから、何もすることはない。ただ毎日食べて、寝て遊ぶだけだ。7月の終わりから8月の終わりにかけてのロンドン。夜は9時過ぎまで明るい。毎晩夜遅くまで遊び回る。ディスコやライブハウスなどに連日のように行く。
泊まっていた家がまた良かった。家そのものというより、立地が。なんと、住所が「アビーロード(!)」なのだ。かの有名なアビーロードスタジオがすぐ近所。あの横断歩道も当然、すぐそば。毎日、スタジオの前を通り、あの横断歩道を通って遊びに出かけていた。アビーロードスタジオの前で張っていたら、いつかポール・マッカートニーが車から降りてきたりするんじゃないかとどきどき。スタジオをしばらく興味津々で眺めていたら、中からおじさんが出てきたこともあった。「何も見るものはないよ!」と追い払われてしまった。きっと同じような観光客が毎日のように来るので、あしらいも慣れているのだろう。
不思議なことに、そうして過ごしている時は、すぐに日本に帰らなくてはいけないとか、帰ったら色々とやるべきことがあるとか、そんなことはほとんど考えなかった。ただ、ひたすら楽しくて、そんな日々がずっと続くように錯覚してしまった。
もちろん、そんなことはまったくなかったのだ...

―つづく

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