思い出すことなど(28)

翻訳に関する思い出を「思い出すことなど」と題して、色々と書いていきます。今はだいたい1993年頃の話です...

自分でゼロから翻訳もするけど、基本的には他人の翻訳原稿に手を入れる毎日が延々と続く。本当に延々と。少しずつ不安になってくる。これは本来、「チェック作業」のはずだ。なのに、チェックで済むことがただの一度もない。意味不明な日本語の連続。あまりにも意味不明な文章が続くと、「実は間違っているのは自分の方じゃないか」と思い始めるのだ。だって、普通に考えて、これだけ意味不明な奇妙な日本語を長く書き続けるのは容易ではない。本当はちゃんとした日本語なのに、自分の頭がおかしいせいで変に感じるのではないか、と思ったりした。そこは謙虚に、慎重にならないといけない。それに、作業は楽な方がいい。何度も何度も自分は大丈夫なのか、確認もした。「これはちょっとあんまりではないか」という箇所は、隣の席の人やHさんに見せて感想を求めたりもした。すると、必ず自分と同じ反応をするので安心する。やっぱり自分の感覚を信じていいらしい。

本当に役に立っているのか、正しいことをしているのか、と不安を抱えながら作業をする私のところに何度か朗報がもたらされた。訳文を受け取った顧客が喜んでいるという知らせだ。「お宅の翻訳、このところ急に良くなったねえ」と言ってくれたらしい。こんなに嬉しいことがあるだろうか。そもそも頼んでくれた人がいるからやっている仕事だ。その人のためにやっている。頼んだ人が喜ぶ以上のことはない。まあ、一応、正しいことをしていると思っていいのだろう。

ただ、大きな問題はあった、自分は一人しかいないということだ、一人でやれる量には限界がある。どうすれば、翻訳を依頼した人すべてが喜ぶようにできるだろう。どう考えてもそれは無理だ。どうすることもできない。

夜遅くまでの残業は夜遅い時間が嫌いなのもあってちょっとつらかったが、休日出勤はちょっと楽しみでもあった。広いオフィスを我が物にできるからだ。特に有線を好きなように大音量で聞けるのがいい。この時の思い出があるから、同じBOSEの101MMというスピーカーをいまだに家で愛用しているくらいだ。平日は有線があっても自由に使えない。なんと暗黙のうちにバロックチャンネル以外は聴いてはならぬということになっていたからだ。何も言われてはいなかったから、一度、自分の好きなチャンネルを選んでご機嫌で仕事をしていたら、「仕事場にふさわしくない」と怒られて、チャンネルを変えられてしまった。あるのに使えないのはバカバカしいなあ、と思った。でも、一人なら、何を聴いてもいい。当時は大阪のラジオまで聴けた。大阪のラジオは面白いからねえ。マーキー大好き。

リクエストのチャンネルもある。聴いているうちに、自分でもリクエストをしてみたくなった。そういえばしたことないなあ。電話番号をどうやって調べたのか忘れたが、とにかくリクエストの電話をかけてみた。

「あ、リクエストお願いします。アース・ウィンド・アンド・ファイアーの『宇宙のファンタジー(Fantasy)』で。はい、よろしくお願いいたします」

これでよし。本当にかかるのだろうか...。

待っていたら、10分もしないうちに、あのイントロが聴こえてきた。

Every man has a place, in his heart there's a space,

And the world can't erase his fantasies...

もう座ってなんかいられない。オフィスで一人、しばらく踊り狂った(つもり)...

―つづく―

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?