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とんかつ屋さんにて

日本に来ると必ず行くお店がある。
目黒のとんかつ「とんき」だ。
今回もわざわざ目黒まで足を運んだものである。

その 3日後、妻女らと合流した。
長女に「何食べたい?」と訊くと、「とんかつ」と言う。
もう食べたわ、とは言えない。

10歳の長女に「とんき」はまだ早い。

長女の目当ては、千切りキャベツと柚子ドレッシングなのだ。


都内某所の和幸に来た。
午後 4時のことで、店内は比較的空いている。
このお店は客層が幅広い。
まず、私たちのような家族連れがいる。
外回り営業中らしき中年男性が、お箸を置いて携帯メールを打っている。
高齢の婦人 2人組が、とんかつをアテに生ビールで談笑している。
10代の男子 4人組は、部活の練習の帰りに見える。

メニューはあまり変わっていないが・・・
ん?
「レディースセット葵」が「葵」に改名されているではないか。
私でも注文できるようになったわけだな。
こんなところにもポリティカル・コレクトネスの波が来ているのか。
しかし、とんかつ屋さんに来て海老フライの入った盛合せをオーダーするのは、私の美学に反するのだ。
と思いながら、「さざんか」に目がいく。

「さざんか」ひれかつ又はロースかつ + チーズ入りメンチかつ

チーズ入りメンチかつであれば、ギリギリ反しないのではないだろうか。

5秒ほど瞑目する。
いーや違うな。オトコなら「ロースかつ御飯」一択だろ。
あぶない、あぶない。
メンチかつの写真に目が眩んで、とんかつ道を踏み外すところであったわ。

5歳の次女が「おこさまメニュー」を選ぶのは仕方ないとしても。
妻は、カニクリームコロッケ入りの「やまぶき」
長女は、海老フライ・チーズ入りささみかつとの盛合せ「ぼたん」

やはり、こやつらを「とんき」には連れてゆけぬ・・・。

しばらくして、10代男子 4人組のテーブルにお膳が運ばれてきた。
そのわずか数分後のことである。
「ゴハンとお味噌汁とキャベツのおかわりくださーい」

はやい!

はやすぎるわ。
おぬしら・・・キャベツだけで御飯をやっつけたと申すか。
まだ序盤ぞ。
序盤も序盤、ドン・ジョヴァンニであるぞよ。

このペースでいくと、彼らはいったい何杯メシを食うのだろう。

10代男子たちの食べっぷりを愛でているうちに、私たちのテーブルにもお膳が来た。
さっそく長女が千切りキャベツに柚子ドレッシングをかけて食べ始める。
おまえもキャベツからいくんか。
ただ、長女は御飯をほとんど食べない子で、ひたすらキャベツだけを食べる。
一方、偏食がヒドい次女は肉と野菜を食べない子で、ふりかけ御飯だけ食べている。

おまえら、とんかつを食えよ。
ここは、とんかつ屋ぞ。

長女のキャベツがなくなった。
視界に店員さんがいなかったので、「ご用の方はボタンでお知らせ下さい」と書かれた装置に目をやる。

便利だなー日本って。こんなので店員さんが来てくれるのかー。
ボタンを押してみた。

ササッと女が現れた。

はやい!

コンマ 6秒の出来事だった。
どこから出てきた?

さてはこの女子おなご、草の者・・・
伊賀か? 甲賀か?

次女がボタンとその女を交互に二度見した。
コンマ 6秒で女が飛び出る謎装置を、次女の手が届かない場所に置いた。
 
10代男子が、もうこれで何回目かわからない御替わりをするため、ボタンを押した。
またしても、はやてのごとく女がそこにいる。
あの身のこなし・・・間違いない。甲賀者よ。
その女の顔を見て私は戦慄した。
さっきの女ではない・・・!?

ええーい!この屋敷にはいったい何人草の者くのいちが潜んでおるのじゃ!


私たちは数日後スイスへと発つ。
当分こんなご馳走にはありつけなくなるのだ。
長女よ。

1年分の千切りキャベツと柚子ドレを堪能するがよい。


(パパは胡麻ドレ派やけどな!)

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