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お酒が好きな人は

お酒が好きな人、というのはおもしろい。
共通する特徴のようなものがあるのだ。
私が見てきた酒好きの人たちの特徴を挙げてみよう。

懲りない

お酒に懲りた経験をもつ人はいると思う。
酒席での失言。連れに迷惑をかけた。あるいは、単なる二日酔い。
その程度でお酒に懲りる人は、お酒が好き、とは言えない。
お酒が好きな人は、決して懲りないのである。「懲りないね~」と言われながら、懲りる気など毛ほどもない猛者なのだ。

たかが二日酔いごときで懲りてしまう私は、酒好きを名乗ってはいけないのである。
昨日は飲みすぎた。今日は仕事する気が起こらないな。
などと、強烈な自己嫌悪に苛まれるのだから、私がお酒など好きなわけがない。
そんな苦しみも、3日たてば忘れているのだが。

食べない

世の中にはガッツリ飲んでガッツリ食べる人もいるらしいが、それは酒好きとは言えない。
お酒が好きな人は、基本的に食べないのだ。
固体より液体のほうが体にやさしい、と知っているのであろう。

お店を選ぶときに、料理から考えるタイプとお酒から考えるタイプがいる。
もつ鍋が食べたい、と思って博多の郷土料理のお店を探す人。
おいしいお酒がのみたい、と東北の郷土料理のお店を探す人。
お酒が好きな人は、断然後者らしい。

ただ、酒好きの人も酒の肴に惹かれることはある。
こんな経験はないだろうか。
夫婦でスーパーに行ったとしよう。
「うまそうな塩辛だ。これで一杯のみたいな」と夫が言って、烏賊の塩辛を買う。
しかし実際には、彼はアテなしで酒をのむ。
「冷蔵庫の奥の塩辛、誰が食べるのよ!」

いつも理由を考えている

酒をのむのに理由など要らない。
お酒がそれほど好きではない人にとって、飲む理由が必要なのはわかる。
一方、お酒が好きな人は、好きだからのむ、でいいはずだ。
ところが、お酒が好きな人ほど飲む理由を見つけたがるものである。

お花見、打ち上げ、忘年会といったイベントのことはいい。
不思議なのは、独りで酒をのむのにも理由が欲しいと考える心理である。
今週頑張ったから。明日休みだから。子供が寝たから。体調が良いから。
そういえば、去年のお歳暮でいただいたお酒、腐る前にのまなきゃ。
先週買ったワイングラスまだ使ってなかったな。仕方ない。のむか。
理由というより、自分に対する言い訳である。こじつけと言ってもいい。

「金魚じゃないんだから」
と言ったのは、塩野七生である。
食事のときにただの水を飲むのは金魚のすることだ(だから私は葡萄酒をのむ)と豪語なさっている。

お酒が好きな人はいつでも気ままに呑んでいると思われがちだが、じつは心の中で激しく葛藤しているのだ。

やたらと記憶力がいい

え?逆なのでは?と思われただろうか。
いいえ。私が知る酒好きの人たちは、昔のことをよーく憶えている。
とくに、いつ誰とどこで何を飲んだ、ということについて恐ろしいくらいに記憶が鮮明である。
考えてみれば当然であろう。
お酒が好きな人にとって、お酒そのものも酒をのむ時間も、人生で最も大切なものなのだ。それらの記憶は、心の中の最も大切な場所に仕舞ってあるに決まっている。
ただ、20年前に飲んだことを憶えていて、先週飲んだことは忘れている、という事象はなくもない。

映画や小説のシーンにやられる

いい映画には、印象に残る食事シーンがあるものだ。
アニメでも、ジブリ飯の例を引くまでもなく、おいしそうな料理や楽しそうな食卓が描かれている。

お酒が好きな人は、映画やドラマの酒をのむシーンに心をもっていかれる。
例えば、『ゴッドファーザー』の冒頭。マーロン・ブランドが、陳情に訪れている葬儀屋にコニャックをすすめるシーン。
はたまた、往年のカンフー映画で、ジャッキー・チェンがめし屋で酒をのむシーンなど、枚挙にいとまがない。

日本の時代劇もかなりくるものがある。
『鬼平犯科帳』は、毎回うまそうな料理と酒を演出することにこだわった。
池波正太郎の原作はもっとヤバい。あれを読みながら、酒をのまずにいることは拷問に近い(らしい)。

そんな粋な場面を描く作家たちの酒愛に敬意を表したい。

悪い人がいない

もうおわかりであろう。
お酒が好きな人に悪い人はいないのである。
近年、とかく悪者扱いされることもあるようだが、お酒にもお酒が好きな人にも悪者要素は皆無だ。
誤解してはいけないのは、無理に酒をすすめたり酔って絡んだりする人は、そういう振舞いが好きなのであって、お酒が好きなわけではないということ。

お酒が好きな人は、人の嫌がることを最も嫌う。人と己を楽しませたくて酒をのむ。メソポタミア以来 6000年以上の歴史をもつ文化の重みを知る人たちである。

さて、と・・・
今夜はのもうか。
さっき観た韓国映画のシーンが脳内で再生される。場末の食堂。若い検事が緑色の瓶をかたむける。透明の液体が小ぶりのグラスにあらわれる。それをむっつりとのむ。
あの水のような飲みものはなんだ。よくわからないが、うまいのだろうな。

明日は休みだし、最近のんでないし、飲みかけのボトルがあるし。これだけ理由がそろえばじゅうぶんだろう。
よし、のむか。
アテは要らぬ。
明日のことは考えない。
お酒が好きな人に、私もなりたい。