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SaaS経営者×投資家対談⑤|アンドパッド稲田武夫氏×DNX倉林陽

SaaS起業家のみなさんへ。

ご好評頂いたSaaS経営者×投資家対談が復活しました!SaaSスタートアップへの投資に長年携わってきたDNX倉林が聞き手となり、SaaSスタートアップのヒントを詰め込んだ、経営者インタビュー。各社それぞれの創業ストーリーやSaaSモデルを選んだ理由、そして若手起業家へのメッセージをいただいています。みなさんのSaaSビジネスのヒントに、そして、成功への大きなモチベーションにして頂けたら嬉しいです。


第5回目となる今回は、本日シリーズCのエクステンションラウンドのクローズを発表した株式会社アンドパッドの代表取締役 稲田武夫さん

本日の発表で、Sequoia Capital Chinaが日本の第一号案件として同社への出資を行ったことが公になりました。日本では業界特化型のVertical SaaSの先駆的スタートアップとして凄まじい成長を見せている同社に、創業ストーリーに加え、プライシングや資金調達のセオリーについてなど、たっぷりお話を伺いました。

創業ストーリー

倉林:アメリカのVCが、スタートアップを「カンパニーファースト」と「プロダクトファースト」というかたちで整理することがあります。例えば、同じくDNX投資先のカケハシの創業者の中尾さんはMR出身、かつご家族も薬局業界にいて、身近に感じていた課題を解決するためにプロダクトを作った、プロダクトファースト。稲田さんはどちらかというと、経営者としてどの市場にどう入ると社会にインパクトをもたらせるか?という点から考えていった印象があります。これは、言うのは簡単ですが実際にやるのは凄いことだと思っていて。どういう分析をして現在のビジネスに行き着いたのか、その思考をシェアいただきたいです。

稲田さん:カンパニーファースト の中でも、創業者が金融バックグラウンドか、プロダクト開発バックグラウンドかで少し着想は違うかもしれません。僕の場合は、TAMの分析やエクイティーストーリーから参入マーケットを考えていたというよりは、「サービスファースト」の感覚で事業を考えていました。業界構造について、とにかくアナロジーで考えているんです。例えばIT業界ではここ10年ほど、エンジニアが自分で作りたいものをいきいきと作ることが評価されてきました。一方で、建設も同じ多重構造ですが、なかなか作り手自体が脚光を浴びない。こういった業界にSlackやGitHubが存在したら何が起こるのだろうという、そういったサービスアプローチで考えていたんです。

倉林:Salesforceの創業者Marc Benioffも、AmazonをB2Bソフトウェアに持ってくるとどうなるんだろうと、アナロジーを使って考えてSalesforceを立ち上げましたよね。

稲田さん:僕は29歳のときに起業したんですが、起業自体は25歳ぐらいの時からずっと考えていて。その4年間、CTOの金近と一緒に住んで、いろいろなサービスを作っていました。その当時は一方で、リクルートで月一回新規事業を出すという仕事をしていました。あわよくば自分の事業の種を見つけたいと考えながら、あらゆる産業に対してアプローチを考えました。当時目線の低かった自分は「考え尽くした」と思っていたのですが、孫正義さんの昔のインタビューに「俺は1ヶ月でこんな分厚い計画書を何個も作っていた」とあったんです。凄い感化されやすい自分は衝撃を受けて。再び事業ドメインを考え直して、最終的に唯一残ったのが建設と医療でした。

建設に強い興味を持った理由は、リクルート、ヤフー、ソフトバンク、楽天といった大手のインターネット企業が大きく投資をしている市場は激戦区だと考えたから。彼らが参入しにくいレイヤーを考えて、「建築、建設」は、プレイヤーは増えづらいだろうと考えたんです。前職で新規事業を担当していた時は、とにかく消費者のユーザIDのARPAを伸ばすことに注力していたなぁと。そうすると、意外とB2Bのサービスは大手が参入しにくいということがあって。

もうひとつ、自分自身は産業側に立脚したインターネット企業を作りたかった。今、アンドパッドには業界出身者が3割程います。巨人IT企業に肩を並べるためには、産業とインターネットの両方に本当に足をたてた会社を作りたい、でもテクノロジーも絶対にあきらめずに会社を作ろうと決めていました。

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コミットメント

倉林:素晴らしいですね。シリーズAからご支援させていただいていますが、稲田さんの凄いところは、迫力があるところ。その迫力は、器用にビジネスをやっているという感じではない、時間をたくさん使ってずっと考えていることによるものではないかと想像しています。過去の人生やキャリアに何かの鍛錬がないと、稲田さんのようなコミットメントとその凄みは出ないのではないかと思って。

稲田さん:自分で迫力があるとはあまり感じてないんですが、ひとつあるとしたら、コンプレックスを捨てることができたからだと思います。僕の同期(同じ年生まれ)には、松本恭攝(ラクスル代表・大学時代の研究室)をはじめとして、とても活躍している経営者がいて。僕も起業したいなと思いながら、周りに凄い人がいっぱいいたので一回心が折れたんですね。

倉林:彼らの方が先にいってるっていう感覚だったんですか?

稲田さん:はい、最初は負けないぞという感覚があったんですが、どこかで無理だと思うようになってから、周りが見えて、自分のことも多少見えて、楽になりました。それでも、自分は起業をしたい、自分で事業をしたいという気持ちが強かったのですが、自分は自分のやり方を追求していくしかないと、嫉妬しなくなったのが大きいかなと思います。

倉林:あんまり人に見られるというよりも、自分の人生を生きるということですかね?

稲田さん:そうですね。SaaSっていう事業は自分にあっていると思うんです。「SaaS起業家は、いかにカスタマーサクセスを四六時中考える日常を送れるか」じゃないですか。コトに向き合う時間を増やすと必ず結果になって返ってくる感じが僕にあっていたと思います。

倉林:僕もずっとB2Bしかやっていないので、少しわかる気がします。顧客の成功を地道に作っていけば全てついてくる。

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オンボーディング

倉林:もう一個アンドパッドの事業の成功要因は、「Virality(口コミ)」にありますよね。職人さんが御社のリードを持ってきてくれる。よって、Growth Efficiencyが高い。これが、初期の御社のグロースの特徴だったと思います。お客さんの向こう側にいる職人さんをハッピーにするというのが、ポイントの一つ。そして、そのオンボーディングを稲田さん自らやられていた。稲田さんご自身がここがポイントだとわかっていましたよね。

稲田さんビジネスモデル以前にオンボーディングが強みであるというのが僕の考え方で。建設会社向けにインターネットを提供する、その中で勝っていく方法を突き詰めて考えると、オンボーディングしかないと思っていました。大手ソフトウェアベンダーは色々な業界に押し並べてサービスを提供する。よって、建設業界だけに提供するのは難しい。一方、アンドパッドの場合、最大手のお客さんには一顧客100回ぐらい説明会を行なっている。これは圧倒的な強みになると思ったんです。オンボーディングにお金をかけても、そこにコストをのせても、ユニットエコノミクスが回るか。あとはそこが勝負です。ユニットエコノミクスが先ではない。だからこそ、オンボーディングが集客にも影響する、会社のコアであると言い続けてきました。そうはいっても、オンボーディングを通じてすべてのお客さんがハッピーになるのかと言ったら難しい。だからこそ、同時に「プロダクトスティックネス」がセットで重要だと考えています。

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プライシング

倉林:投資先の多くで、価格とプロダクト、どちらを先に考えるべきか議論になります。教科書的には「最初から価格について考えるべき」と言われていますよね。実際、ビジネスモデル上ユニットエコノミクスが回らない価格設定をしてしまうと、あとでスケールしない。稲田さんは、オンボーディングを何回もして、お客さんに時間を使っても、しっかりと正しいマージンが出るようにプライシングを考えていたのか。それとも、 バリューベース、つまり提供する経済価値の想定を踏まえて設定したのでしょうか。もしくは、業界の類似製品と比較して設定しましたか?

稲田さん:全然考えていませんでした。競合がいたんですが、初期費用が100万円近くもかかり、そのうえ月額費用も同じくらい。競合はSaaSではなかったので、アンドパッドは初期費用をなくして月額を競合に合わせました。加えて競合はID数増加時にかなりディスカウントをしていましたが、アンドパッドはディスカウントしないというルールを決め、スタートしました。

倉林:競合が高い値段だったから、少し安い値段でも十分に利益が出せたと考えて良いでしょうか。

稲田さん:いえ、競合の料金がそこまで高かったわけではなかったので、プライシングとしてはとても苦しかったです。これはモデルの議論になりますが、課金単位がシート数なのか機能数なのか。アンドパッドの課金単位がID数であったのはとても重要でした。アップセルができる構造が最初から確認できることがポイントであったと思っています。うちは、ID金額は変えていない。ただ、ID数の増加によりクライアントARPAは上がる。さらにクロスセルなど様々な機能を載せていくと更にARPAが上がる。我々としては、ユーザーと購入顧客が分かれているのは、引き出しが増える要素だと思っていて。使う人と買う人が1対1で、使う人がすごく少ないと引き出しが減る感覚を持ちました。その代償としてプロダクト開発の複雑性は上がるかもしれませんが。

倉林:それだとアップセルがしづらい、NRRが低くなる傾向がありますよね。ID課金のモデルが多い理由は、そこが大きいのではないかと思います。

稲田さん:そうですよね、あと、純粋に「できるだけ多くの人が使うサービスを作りたい」という想いもあったりします。未来は分かりませんが、顧客単価は変えなくていいのではないかと思っています。

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組織づくり

倉林:組織というのは100人を超えるとトラブルが続出しますよね、弊社の投資先でも成長の壁にぶつかっている企業がいます。聞いてみると社員が辞め出したり、経営陣のビジョンがメンバーに伝わっていなかったり、経営者が現場も経営もやらなくてはならずパンパンになっていたり。ところが御社を見ていて、そうした組織の課題があまり出てこないように見えます。どの辺りを工夫していたのですか?

稲田さん:いえいえ、問題だらけですよ。一番苦しかったのは、シリーズB前、組織が一回クラッシュしかけました。人数にして50−60人ぐらいの時でした。そこを乗り越えてからは順調です。ただ、会社への温度差が人によって異なるという課題はありましたね。そこで昨年の期末、全社員でバリュー設定のグループワークをし、全員がバリューを軸に会話できるようになったのが大きかったと思います。管理を担当する金子が入って、それまで課題だった福利厚生などの会社創りへの信頼が醸成されました。それから、元ミクシィの取締役の荻野さんが入り、経営者が生放送でフランクに喋る「ABC」というイベントを週一で開催しています。シリーズBの前に苦しんでからは、組織作りに強いメンバーを採用するようになりましたね。

倉林:今はビジョンに合う人を採用スクリーニングのクライテリアに入れているということですね。

稲田さん:重要ですよね。献身性とカスタマーサクセスが重要で。組織がクラッシュしかけて苦しんだ際にふと気づいたんですが、自分含めメンバーみんな、顧客やプロダクトのことが全く会議に出てこなくなったんですね。自社の顧客全ての色合いを知らない役員はいてはいけないなと思っています。

倉林:育成や教育機会はどう考えていますか?マネージャーをどうやって育てていくかなども、スタートアップでも考えていかないといけないのかなと。

稲田さん:リーダー育成については自分の仕事だと思っています。あとは、新規事業を生み出すのが凄く重要だと考えていて。コロナ禍で組織のアジリティが凄く落ちています。新しい商品を生み出す力が欠ける。そこで社長室を作り、新規事業を作りたい猛者を集めています。

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資金調達

倉林:シリーズCラウンドをクローズされましたが、毎回資金調達の機会でご一緒して、御社はファイナンスのプロセス自体をコントロールする力が凄いなと思っています。今回もどういうファイナンスにしようと計画されていたのでしょうか。

稲田さんファイナンスのポリシーは、できるだけ短期で終わらせること。なるべく早く事業に戻りたいんです。今回はコロナ禍があったので、バットシナリオを描いて、当初より5ヶ月前倒して早めに動く意思決定をしました。既存投資家の皆さんのおかげで、ほぼ40億円をファーストクローズすることができました。一方新規投資家に関しては、次のラウンドでよりディープにお付き合いできるかが判断基準の一つ。加えて、サービス作りを各エリアでしっかり取り組んでいきたいため、地銀さんとの関係もとても重要です。

倉林:Sequoia Capital Chinaの日本初案件というのも、業界には大きなインパクトだと思います。Sequoia Capital Chinaからの出資についてはどのように考えていたのでしょうか。

稲田さん:Sequoia Capital Chinaは、まず何よりGlenさんがとてもナイスガイで。我々のVisionを高く評価してくれたことには勇気をもらっています。かつ、当然ですが、ConstructionTechへの投資も経験豊富なファンドなので、アンドパッドの優位性もディスカッションさせていただき、目線を上げるには大切なパートナーです。また、エンジニア組織をより強化していくには、海外でのエンジニア組織創りが重要だと考えていました。Sequoia Capital Chinaさんと一緒に進めたいと思っています。
いずれにも共通しているのは、SaaSへの解像度と、ロングタームでの成長を見守ってくれる姿勢が投資担当者さんにあることを重要視しています。足元ではなくて、ロングータームで一緒にやってくる方にご出資頂きたいですね。

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アドバイス

倉林:最後に、今後の経営者へのアドバイスをお願いします。

稲田さん:SaaSはSaaSですが、「インダストリークラウドをやろう」というのがひとつめです。仲間を増やしたいのもありますが(笑)、日本でインダストリークラウドを始めるには、今とても良いタイミングなように感じています。

倉林:日本はめちゃくちゃチャンスがありますよね。

稲田さん:はい、まだまだ十二分に取り組める分野・テーマがたくさんある。そこに挑戦して欲しいですね。そのためには、まず業界に入ること。ビジネスモデルに拘らずに、業界のリアルに触れ、メカニズムを考えること。このふたつで、3年コミットしてほしいですね。最近SaaSから入る人が多い印象があります。

倉林:これだけ人気が出てくるとそういうアプローチも増えてきますね。

稲田さん:SaaSはキャッシュフローが回るという意味でも、初期の段階だと特に安心感が出る。ところが実は、ARR1億円、10億円にレバレッジするのには、かなり時間がかかります。マラソンのようなものなので、自分の性格に合うのかはしっかり考えた方がいいのではないかと思います。加えて、インダストリークラウドの場合には、業界に入れるか、サービスが大好きか、長い戦いができるか。自分の性格と照らし合わせてやってほしいですね。

倉林:全く同感ですね。

稲田さんとりあえず、3年業界に入り、希少性と強みだけを考える。僕の場合は、建設、建築業界をどうやってITと融合させるかを毎日考えてきました。3年間その視点だけを考えつづけている人は日本にそこまで居ないだろうと。

倉林:本日お話を伺って納得感が強まったのは、稲田さんは3年業界にいて業界への分析や愛を育んできたということ。お客さんと触れ合って、業界のことも多少わかっていたし、語れるし、課題解決したいという気持ちが強くあられる。ご自身も社員の皆さんも業界への愛を育み、本当にお客さんのことをしっかりと考えていなければ、業界の方にはバレてしまいますよね。

稲田さん:そこはすごく重要ですね。2010年4月に起業して、アンドパッドがギリギリちゃんと成立したのが、2年6ヶ月目ぐらいでした。

倉林:結構ちゃんと時間をかけましたね。

稲田さん:はい。元々、知的探究心と貢献心が強い方で、「なんだこんなこともまだIT化できていないんだ」「自分でやってあげられるのではないか」そんな想いが2年半の間で築けたんです。業界の方から「なんでお前がやるんだ」といった言葉をいただいて、過去には自信を失ったことも何度もあるんですが、一方でこの人に使ってもらいたいという顔も明確に浮かんで。はじめは3社でしたが、アンドパッドの機能開発を待っている顧客がいるということが重要で。僕が知っている建設業界は、イコール出会った人たちなので、シンプルにその人たちに貢献するということをやってきました。

倉林:その2年半ないし3年がやっぱり成功の鍵ということですよね。いいメッセージですね。本日はありがとうございました。

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写真:平岩 亨 / 聞き手:倉林 陽 / 編集:上野 なつみ


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