見出し画像

SaaS経営者×投資家対談⑥|カケハシ中川貴史氏×DNX倉林陽

SaaS起業家のみなさんへ。

SaaSスタートアップへの投資に長年携わってきたDNX倉林が聞き手となり、SaaSスタートアップのヒントを詰め込んだ、経営者インタビュー。各社それぞれの創業ストーリーやSaaSモデルを選んだ理由、そして若手起業家へのメッセージをいただいています。みなさんのSaaSビジネスのヒントに、そして、成功への大きなモチベーションにして頂けたら嬉しいです。

第6回目となる今回は、総額94億円のシリーズC調達を発表した株式会社カケハシのCEO 中川貴史さん。
日本では業界特化型のVertical SaaSの先駆的スタートアップとして成長し、業界のシェアを獲得している同社に、産業変革にかける想いや振り返って難しかったポイント、マルチプロダクトについてなど、たっぷりお話を伺いました。

創業ストーリー

倉林:初めてお会いしたのは2015年の冬でした。マッキンゼー在籍時から起業したいと起業のタネを探し、共同創業者の中尾さんと勉強会でお会いされたんですよね。初めてお会いした時に「薬剤師の方の働き方改革をする」と言っていたことをよく覚えています。中尾さんに出会われ、カケハシ創業に至った経緯を伺えればと思います。

中川さん:振り返れば学生の頃から、起業家として社会に大きな価値を出したいという想いがありました。学生時代にもアプリの開発などをしていました。

倉林:新卒ではマッキンゼーに就職し、大活躍されていたと伺っています。起業に踏み切られたのには、何かきっかけとなる出来事があったのでしょうか。

中川さん:そうですね。シカゴのオフィスに在籍した際に、年間1千億円を超える経常利益を改善する大きなプロジェクトに携わりました。結果的には、その利益によってトップエクゼクティブ陣の給料がひとり数億円ずつ上がることになったんです。他方、調達先であるアジア圏のブルーワーカーの給与は削られていきました。まさに「資本主義としての装置を加速させる」仕事でした。確かに企業は利益を出すことが目的ですが、それは社会にインパクトをもたらすことができる仕事なのかと疑問に思うように。もっとみんなを幸せにする仕事をしたいと思うようになりました。

日本に目を向けてみると、超高齢化社会が急速に進みながら、医療の仕組みは高度成長期に設計されたまま。団塊の世代が働き盛りだった時代には、手厚い年金や医療を用意しても成立しましたが、団塊の世代が働かない世代になり人口構造が逆ピラミッドになっている今、日本の社会保障制度をどうサステイナブルなカタチで継続させていくのかが問われていると思っています。政治や行政に頼りっぱなしではなくて、私たち民間企業やスタートアップの視点で、日本の医療や社会保障制度を真剣に捉えていかなくてはならないと思っています。日本の社会保障制度、医療や介護などの社会保障問題を誰かが解決しないといけない、自分たちの子どもたちや将来に引き継いでいけるものにしなくてはならないと、この領域で取り組むことを決めました。

倉林:社会にインパクトをもたらす仕事という軸で起業の方向性を模索されるなか、特に医療というテーマに絞り込んだのはどうしてだったのでしょうか。

中川さん:自分が起業するのなら、他の人ができない難しいことに挑戦するべきだと考えていました。浮かんだのは、日本の医療業界でした。当然いい投資家とチームが必要で、加えて産業界の複雑な構造の中で、医師会や薬剤師会、厚労省などと歩調を合わせることが必要となります。そうしたステイクホルダーを巻き込みながらあるべき姿を突き詰めることは、とても難しいことで誰にでもできることではない。だからこそ、自分が挑戦する意味があると思いました。

倉林:まさに、我々がカケハシのお二人に感じた期待した「Founder Market Fit(起業家とその挑戦領域がフィットしている)」ですね。我々がスタートアップに投資する時に最も重視するのは、経験やパーパス、インテグリティの観点で、その課題解決に最も相応しい起業家かどうかです。しっかりしたバックグラウンドの方に投資をすることを心がけていました。投資家から見ても納得感のある、ご自身の勝負すべきフィールドの絞り込み方だと思います。

中川さん:医療という分野は知れば知るほど難易度が高い。起業して成功することだけを考えたら、他に選択肢があったと思うんです。でも、このエリアに誰かが挑戦しなければならない。守るべきものが多かったり、失うものが大きい人は起業やチャレンジがしづらいと思います。それと比較すると自分の場合は恵まれている。失敗しても学びはあれど、失うものはそんなにない。究極、失敗しても何度もやり続ければいい。こういう状況にあるからこそ、日本の社会の重たい社会課題を解くという使命があるのではないか、という青臭いことを当時に思って起業に至りました。


辛かった低迷期、我慢の2年

倉林:シードファイナンス後、プロダクトのマチュリティ向上とセールスの仕組みづくり、スケールは難しかったですね。創業者の中尾さん自身が営業する体制からスケーラブルな営業組織にするのに時間がかかりました。

中川さん:営業チームのスケール化が一番難しかったです。この業界にはアーリーアダプターが少なく、体感ではレイトマジョリティが市場の9割でした。僕らが提供するのは、売るのが非常に難しい業務基幹システム。はじめにデモを見た瞬間は「いいね」と言ってもらうのですが、実際導入するとなると既存データの乗せ替えやオペレーションのハードルが高く、並大抵の営業力・トーク力では超えられない、創業3年目で一番苦労した壁でした。

倉林:個店の売上を5店、6店と小さく積み上げていました。

中川さん:営業チームの見込みが30店舗だったのに、蓋を開けたら2件で「はずれすぎ!」なんてこともありましたよね。そういう時も含めて、クラさん含めて投資家陣が信じ支えてくれたから今の僕らがあります。直近では、数百店舗を超える新規導入をいただきました。なんと、当時の100倍を超える規模、信じられません。諦めずに頑張るしかないということだと思います。

倉林:SaaSのビジネスの成功において焦りは禁物です。もちろん早く成長できればいいですが、プロダクトの成熟や組織の構築にSaaSビジネスはどうしても時間がかかるんです。我慢して丁寧にじっくりプロダクトや顧客の声に向き合う時間が大事です。カケハシはコロナ禍に突入した頃、我慢の時期を超えて一気に足りないパーツが全部揃いましたね。会社が生まれ変わったようでした。

中川さん:3年ほど前に「Road to 10,000(10,000店への道)」という標語を掲げました。導入店舗1,000店以下だった当時は「10,000店なんて届かないだろう」と言っていましたが、今は10,000店がほぼ見えている。カケハシのメンバーも成功を信じていたし前向きにチャレンジしてきましたが、当時ここに到達できるとイメージできている人は誰もいなくて。CEOが一種の鈍感力をもって「できるんだ」と言い続けることが大事だったように思います。
目標達成までに、メンバーには相当な無茶を言ってきました。創業3年目、大手薬局向けの営業チームを組成しトライしたのですが、プロダクトやチームがReadyではなかったためうまくいかず、突然チームを1/3以下に縮小、残ったメンバーには撤退戦をしてもらいました。ところがその後しばらくして「1000店舗よろしく、チームは3倍にするから」と再び大手営業をやってもらうことに。本当に信じられないような苦労をかけてきました。そのおかげでこの2〜3年、大手の調剤・ドラックストアを中心にした成長を実現することができました。頑張ってくれて支えてくれた人がいるから、今のカケハシがある。感謝してもしきれないと思っています。

倉林:そういった状況でのCEOは本当に大変ですよね。数字は伸ばさなくてはならないし、社内のみなさんのケアも不可欠。手応えがで始めたのはどんなときでしたか。

中川さん:PL上に成果が見えるのに、1年くらいの時差がありますね。一気に人を増やしたのですが、あまり綺麗に組織づくりができなくて、半年1年かけて各チームのマネージャーが戦略を考え推進する体制にシフトして。同時に営業チームをフルオンライン化しました。オンボーディングさえも型化してオンラインに切り替えました。そうした一定の施策がフィットし、チームで売れるようになったタイミングで、「ここからはスケール化できる」という感覚がありました。同じ頃、新しい役員の採用で、また新しい風が入ってきた。組織が引き締まり、ちゃんとした会社になっていく変化を感じました。

マルチプロダクト化、3つの難しさ

倉林:初期プロダクト「Musubi」に加え「Musubi Insight」「Pocket Musubi」など、シリーズCを意識し始めた頃から、レイヤーの違うマルチプロダクト化に本格的に取り組み始めています。これらのマルチプロダクトの計画は、実は初期から計画に入っていましたよね。「マルチプロダクト」をどういうタイミング・順序で展開することにしたか紹介してもらえると嬉しいです。

中川さん:業務基幹システム「Musubi」はカスタマーサクセスに苦戦しました。プロダクトを作り営業し導入してもらった後も、使ってもらえないことがしばしば。サクセスするためのサポート体制づくりは想像以上に大変でした。本当はもう少し早くマルチプロダクト化、そして事業モデルのシフトを実現したかったですね。

倉林:想像より1〜2年かかってしまったという感覚だと思いますが、これだけのスピードでここまでこれたのは凄いです!マルチプロダクト化の難しさはどんなところにありましたか。

中川さん:思ったより時間はかかりましたが、やっとこのステージに立てたことは嬉しいですね。

マルチプロダクトの難しさ①開発リソース分散

マルチプロダクト化する難しさのひとつは、「開発リソースの分散」です。
各プロダクトの品質をより良くする必要がありますが、プロダクトが増えればリソースは分散してしまう。カケハシにはかなり優秀なエンジニアがたくさんきてくれていますが、それでも事業として成し遂げたい世界観からするとエンジニアがまだまだ足りません。

マルチプロダクトの難しさ②リーンな開発環境の確保

toCのリーンスタートアップほどではありませんが、それでも新プロダクトを出してからどれだけPDCAサイクルを早く回すかが大事です。そのため、事業マネジメントをすれば時間、つまりコストがかかります。新規サービスを成功させるためには、できるかぎり自由に取り組める環境をつくれるかどうかがカギになると思います。
とはいえ、一定成長した企業ではこれが難しい。例えば既存事業では、障害が発生すると大事件です。障害を絶対に出さないよう完全な体制でテストを行い、徹底的にQAを準備する。これは素晴らしいことである一方、新プロダクトにこれと同じ品質水準を求めるとPDCAの速度が落ちてしまいます。僕ら経営メンバーはそうしたことを意識して差配しますが、このバランスが難しいですね。

マルチプロダクトの難しさ③事業ステージの違いにおける認知負荷の高さ

カケハシの営業チームは、ひとりの担当者が各薬局に対してマルチプロダクトを提案しています。既存プロダクト「Musubi」であれば、これまでの積み重ねもあって売り方や読みが精度高く出せる。ところが新規プロダクトは、開発のパイプラインすらすごい勢いで変わるから読みができない。そのため、たとえば「100店舗の成約目標」といっても、既存プロダクトの100店舗と新規事業の100店舗は、同じ粒度では語れないわけです。同じ数字でも意味合いが異なることを、複数のステージが共存している事業の中でマネジメントするのはかなり難しいですね。事業ステージの違いをどうやってみんなで認識合わせし、各チームにKPIを設定するか。マルチプロダクトを提供していく上では、こういう難しさが出てきています。

訴求の要はトータルプロダクト

倉林:非常にいいLessons learnedです。投資先を見ていて、マルチプロダクトをいつ始めるか、その判断は難しいなと思うことがあります。御社のMusubiのようにマーケットで一定リーダーシップを取ることができてから新しいプロダクトに入っていく場合もあれば、まだその安心感ある柱がないなかでマルチプロダクトを仕込んでいく会社もあります。早すぎると経営陣のブレインパワーも分散してしまう印象もあるのですが、中川さんはどのようなタイミングが適切だとお考えですか。

中川さん:そうですね。確かに、一般論としてマルチプロダクトをいつやるかというのは難しい問いだと思います。既存事業「Musubi」がある程度形になってからではあったものの、次のプロダクトである「Pocket Musubi」や「Musubi Insight」をリリースしたのは比較的早い時期でした。結果論ですが、Musubi単独で、薬歴をよりよく書けるというバリューだけではここまでこれなかったのではないかと思っています。後発のプロダクトにより患者さんのフォローアップまでできるようになったことで、薬局経営の向上にも貢献できるようになった。実は、こうしたトータルプロダクトとして訴求力を強めています。ひとつのプロダクトを成功させてから次のプロダクト、というのは教科書的には正解だと思いますが、僕らの場合は、それより早い段階でマルチプロダクト化に挑戦しバリューを強めることができたから、初めてここまでこれたとも言えます。

倉林:もうすこし時間軸を手前に戻すと、Musubiが確立していない頃にもいろいろな試みをやりましたよね。結果として全体の価値が評価されて今がある。1つだけ完璧にしようとこだわりすぎても難しいし、早めの仕掛けも求められる、アートな世界ですね。マルチプロダクト化のタイミングというのは、One-size-fit-allがあるアジェンダではないかもしれませんね。


振り回されたマーケットと資金調達

倉林:それにしても、今回発表したシリーズCの資金調達は、発表できるまでに本当に色々ありましたね。

中川さん:起業してからこの7年間で一番、こんなに事業が伸びて、こんなにストロングなストーリーはないという、最強な資金調達ができるコンディションであったにも関わらず、こんなに資金調達に苦労することがありうるのか‥‥、と世の中の流れの尋常でない変化を感じました。僕らが事業を展開している薬局の世界は社会保障制度に関わるものなので、景気の波を受けづらいという特性があって。だから事業はあくまで自分との戦い、マーケットとの戦いなんです。他方、今回の資金調達では想像を絶するほど景気やマーケット環境が変化し、その影響を受けました。
投資家からタームシートを受け取ったのにひっくり返ることが一度ではありませんでした。今までの「ターム出したらコミットであり覆さない」という、これまでの調達の常識・業界慣習すら成り立たないほど。ある意味、学びになりました。そうした環境下でも、既存投資家を含め、景気がどうなろうとカケハシが伸びると信じて支えてくれたことは、とても自信になりました。

倉林:ずっと近くで見てきた投資家からすると、「おそらく日本で昨年一番成長したスタートアップなのに、投資しない理由がない」という内容でした。自分で言うのも何ですが、既存VCがDeep Pocketがあったから調達の半数をもってこれた、これは良かったと思います。

中川さん:創業当初の7年間を思い出すと、10億円出資できるVCって数えるほどしかいなかったですよね。当時はステージごとにプレイヤーが違っていましたが、日本のVCもファンドサイズが拡大し、グロースファンドやアネックスファンドを組成し、ファンド跨ぎで出資ができるようになって、シードで出資してくれるVCと長いお付き合いができるようになってきました。同時にこれまでスタートアップのマーケットに興味がなかったPEファンドがグロースステージのスタートアップに入ってきたり、海外の機関投資家が出てきたり。そうやって未上場の調達環境が大きく変わってきたことで、無理に小さく東証グロース市場に上場するよりも、むしろ未上場でさらに成長させて世の中を変えていけるようしっかり事業を作り上げていく絵が描きやすくなりました。今アーリーステージにいるスタートアップは、選択肢がさらに広がっていますよね。だからこそ早い段階で、これからの人生を共にしていける、自分の場合で言うとクラさんやグロービスの福島さんのような人との出会いが大事になると思います。

成功を決めるのは「諦めないこと」

倉林:最後にSaaS起業家にアドバイス・コメントがあればお願いします。

中川さん:僕が何か言えるわけではないのですが、事業をつくるのは、外から見ている以上にとても大変なことです。本には「PMF(Product Market Fit)すれば勝手に売れる」と書かれているのですが、全然勝手に売れない(笑)。産業や社会が現在の形になったのには歴史と理由があって、これを変革するのは時間もかかるし大変なことです。だから、「成功したい」と考えるより「成功するまで諦めない」こと。ファイナンスのノウハウ・戦略や営業ノウハウなど、そういうのはベストプラクティスを学んで吸収していけばいいと思いますが、最後は「がんばる」「成功を信じる」という部分が大事だと思います。

倉林:決して楽じゃない時に成功するまでやりつづけるには、最後は社会をよくしたいという想いが起業家の人生のテーマになっていないと、苦しい時に我慢しきれないですよね。私が投資をするときも、その人が本当にFounder Market Fitしているのかを見ています。特に御社のような時間がかかる領域では大事です。

中川さん:中尾も、その想いが合致しているのが一緒にやれている一番の理由です。彼も自分が成功したいとかではなく、「患者さんと医療を変えたい」としか言いません。なにを聞かれてもそれしか言わないくらい一貫していて。お互いそれがブレないから、みんなもカケハシにいてくれると思うし、医療関係の方がカケハシを応援してくれるのも、僕らがお金儲けをしたいとかではなく、本気で薬局や医療を良くしたいと根っから思って、そうあり続けているからだと思います。もうすこし経営っぽく言うと、MVVですね。何のためにここにいて、何を成し遂げたいかを常にブレずにもっていること。メンバーは日々のタスクに追われてしまいます。大事なことですが、そればかりではふとしたときに疲れてしまい、何のためにやっているか忘れてしまう。みんなの戻れる場所をつくれることが大事なのではないかと思います。

倉林:御社のMVVはとてもいい。だからこそ投資家も集まり、そこに向けてメンバーみんなで突き進んでいくことができ、最後に結果が出る。僕らはそれを感じさせてくれる起業家・みなさんのようなパーパスがある会社に投資をしていきます。


(編集・文:上野なつみ / 写真・平岩亨 / 監修:倉林陽)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?