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第3回⑤ 髙橋宏瑞先生

「医師100人カイギ」について

【毎月第2土曜日 20時~開催中!】(一部第3土曜日に開催)
「様々な場所で活動する、医師の『想い』を伝える」をテーマに、医師100人のトーク・ディスカッションを通じ、「これからの医師キャリア」を考える継続イベント。
本連載では登壇者の「想い」「活動」を、医学生などがインタビューし、伝えていきます。是非イベントの参加もお待ちしております!
申込みはこちら:https://100ninkaigi.com/area/doctor

発起人:やまと診療所武蔵小杉 木村一貴
記事編集責任者:産業医/産婦人科医/医療ライター 平野翔大

100人カイギ初となる海外からの講演をしてくださったのは、総合診療医の高橋宏瑞先生。スウェーデンから、「15年目の振り返り=PGY15」として、今までの経歴、そしてこれからのやりたいことについて、想いを語ってくださった。

髙橋宏瑞 先生
順天堂大学医学部総合診療科
順天堂大学医学部総合診療科で臨床を志す。その間、アイルランドでリサーチフェロー、新島での離島医療を行う。また、日本病院総合診療医学会若手部会を発足し、初代代表に就任(同学会評議員)。株式会社パーソル健康経営アドバイザーやNPO法人APSARA常務理事など歴任。2020年から厚生労働省のInfectious Disease Specialist Programでコロナ対策に従事。現在、European Centre for Disease prevention and Controlに所属。

様々なフィールドへの挑戦と、気づいた「優秀さ」

東海大学卒業後、5年目にアイルランドに研究留学、7年目に離島である新島での離島医療に携わるなど、臨床医・総合診療医としてのキャリアを積んでいた高橋先生。12年目には「閉塞感を少し感じていた」と、フィールドを厚生労働省に移したが、ちょうど新型コロナウイルスの流行期であり、2年間のほとんどをコロナ対策に捧げることになった。同時に感染症危機管理専門家(IDES)養成プログラムに参加しており、その一環で現在では日本人で初めて、欧州疾病予防管理センター(European Centre for Disease Prevention and Control (ECDC))に派遣され、スウェーデンで活動している。
 
このような医師としてのキャリアのみならず、臨床や大学教育の外でも様々な活動を行った。アイルランドから帰国後、Yahoo・電通・日本郵便・パーソル・アサヒビールが開催していた「未来のリーダーを作るために、北海道の地域の課題を解決する」というリーダー養成プロジェクトにも参加した。ここでは企業の方と関わる中で、様々な新しい経験も積んだという。
 
この際に感じたのが、「医者の優秀さは、偏差値の優秀さであり、社会に出ての優秀さは異なるものがある」ということだった。知識の量だけではなく、どれだけのことを考えられるか、1を言えば100が返ってくる世界でどう考えていくか、といった思考を求められた。それまで医療の世界の中だけで過ごしていた立場から、企業の立場も知ることで、大きく視野が広がったという。

その後坂本壮先生・鎌田一宏先生と「三銃士」という教育ユニット活動、レジデントの採点である「レジデンピック」など、様々な活動を開始していく。病院総合診療医学会においては若手の視点から様々な活動をし、若手部会の発足にも携わり、更にはカンボジアでの耐性菌研究や教育、総合診療科における研究をサポートするグループ、健康経営のアドバイス、コロナウイルスワクチンの情報発信である「コロワくんサポーターズ」の活動など、多種多様な活動に関わってきた。

「ワクワクしたくないですか?」仕事は趣味、その理由は

初期研修医から専攻医にかけて、医者として経験を積む中で「自分は歯車の一部にしかなれない」という違和感を少し感じていたという高橋先生。そのような中で、アイルランドでの海外留学の経験と、そこでの教授の話から、「自分のやりたいことをやっていい」ということを知る良いきっかけになったのが大きな転機だったと語る。
 
実際に帰国後に外部のリーダーシップ養成プログラムなどにも参加したが、その時も「自分自身がどこまでできるか挑戦してみよう」という気持ちがあった。「挑戦」を重ね、多種多様な活動をしながらも、総合診療医としてのキャリアも積み、「全体像が見えた」と思ったのがちょうど2020年頃、厚生労働省に行く前だった。
そこで高橋先生は更に「40までにできることはもっとある」とフィールドを変えることを決断する。その中で「国・世界の医療を見渡せる所に行こう」と選んだのが、厚生労働省・IDESのプログラムであった。
 
留学、臨床外での活動、そして厚生労働省。
全ての活動を選ぶ基準は「わくわく」だという。
 
「やってみて面白いかな?ということをやるしかないですね。ただ両足突っ込んでギャンブルやるのはキャリアとして厳しい。だからこそ「総合診療」は残しつつ、何かをやるというのを続けました」と自分の活動を振り返るが、そんな高橋先生だからこそ聴衆に呼びかける。
 
「仕事をしてて、辛いのは嫌じゃないですか?ワクワクしたくないですか?」
見かたによっては「変な人」かもしれないが、「絶対に仕事はワクワクしなくてはならない」のには理由がある。
1日の活動時間を考えたら、睡眠6時間、仕事8時間としても、プライベートは残りの10時間。これでも起きている時間の半分は仕事だ。少し長くて仕事が12時間になれば、プライベートは6時間になる。多くの医師はこういう感じだろう。
これが楽しければやっても良いと思えるだろうが、辛いと続かないだろう。
 
実際に厚労省であった面白いエピソードを紹介してくれた。
コロナ対策で上司にあたる人が、まさに「仕事は趣味です」という感じでゴリゴリ物事を進める人だったという。しかし家に帰ると妻に言われたのは、「仕事は趣味ですよね?朝から晩まで帰ってこないでやってるけど、家の仕事もちゃんとしてください。」だったという。ちょっと問題かもしれないが、これだけ楽しめていなければ、長時間の仕事は続かないだろう。

「義務と権利」で自分の興味を考える

仕事が楽しくても、お金の問題は無視できない。
しかしここには「医師」であることの強みが活きる。
実際に年収800万を越えると幸福度の上昇は緩やかになる、という有名な研究がある。地域差はあるものの、東アジアでも1210万円だという。日本の勤務医の平均給与は1230万円(2017年、厚生労働省調査)であるから、医師になった時点で「金銭的幸福」は満たされる可能性が高いのである。
また「ヘドニック・トレッドミル現象」といい、富や成功で得られる幸福はすぐ慣れてしまうというのも明らかになっている。
 
日本に限れば、医師はどこでも働くことができる。辛ければやめるという選択肢も取れる。だからこそ、「ワクワク」を感じられる仕事をすべきではないだろうか、と高橋先生は語る。
 
この際に、「義務と権利」を考えることが参考になるという。
医師になって最初は、やれることも増え、面白さを感じやすい。しかし徐々にその仕事が「義務」となり、面白さを感じにくくなっていく。
起きていることは同じはずだが、それが「面白くない義務」になるのか、「面白い権利」になるのかは、自分時代だ。臨床が面白い思う人もいれば、研究が面白い人もいる。義務が8割を超えたら面白さがほとんどないので、やめたほうがいい。
だからこそ、「自分がやりたいことはなにか?」を考え、意識して取り組んでいくのが大事だと訴える。
 
実際に高橋先生は研修医の頃、海外に来るとは思っていなかったという。大学で臨床を行い、開業するかなと思っていたそうだ。しかし「面白い権利」を追い求め、様々な仕事に挑戦した結果、全く想定していなかった場所・地位にいる。
 
「今38歳ですが、40歳からがスタートだと思っています。40までは準備運動。でもそこから何ができるかは、40までに何ができたかで決まると思います。」
 
多彩な分野で「仕込み」を続けた高橋先生。
そう語る目は、すでに2年後の帰国後、何を日本でやるか?に向いている。

取材・文:平野翔大(産業医/産婦人科医/医療ライター)


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