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第3回② 井手友美 先生 

「医師100人カイギ」について

【毎月第2土曜日 20時~開催中!】(一部第3土曜日に開催)
「様々な場所で活動する、医師の『想い』を伝える」をテーマに、医師100人のトーク・ディスカッションを通じ、「これからの医師キャリア」を考える継続イベント。
本連載では登壇者の「想い」「活動」を、医学生などがインタビューし、伝えていきます。是非イベントの参加もお待ちしております!
申込みはこちら:https://100ninkaigi.com/area/doctor

発起人:やまと診療所武蔵小杉 木村一貴
記事編集責任者:産業医/産婦人科医/医療ライター 平野翔大

大学の循環器内科で働く井手先生。
今日は100人カイギのテーマでもある、「医療者としての想いと活動」にちなみ、大学での臨床や研究ではなく、「臨床を超えて行っている活動」である「口の力をあげる取り組み」についてお話してくださった。

井手友美 先生
九州大学循環器内科
循環器内科医。大学で診療と研究を行う中で、心臓に限らず、高齢者のリハビリにはじまり、様々な分野の先生方と口(クチ)に関するトレーニングの重要性を広めている。

<「クチ」の重要性>

生まれてから死ぬまで、ずっと使い続ける「口」。口の力が低下すれば生きる力も低下していく。
現在、高齢者の身体的機能の低下である「身体的フレイル」の概念は広まったが、口の機能低下である「オーラルフレイル」はまだ広まっていない。しかしどの年代でもオーラルフレイルの方が患者が多く、かつ身体的フレイルに先行して生じることが既にわかっている。
しかしまだまだ多くの子供が口の機能について問題を抱えたまま成人となり、高齢まで放置してしまうのが現状でもある。幼少期に口の機能を高められないと、大人になってより低下してしまう。このため高齢になってからのオーラルフレイルを予防するには、
①幼少期に十分な口の機能を獲得する
②加齢による口の機能低下を予防する

のが大事になるという。
 
井手先生はこの「口の総合力」を「口力(くちりょく)」と定義し、口力を落とさないための口腔周囲筋のトレーニングである「クチトレーニング」、そしてこのトレーニングに使う道具「クチトレ」を作成し、広めている。
手始めに、以下のチェックリストで口力をチェックできるので、是非みなさんもやってみて頂きたい。

<”クチトレ”の効果>

栄養摂取の入り口でもある「口」。だからこそクチトレの効果は多岐に渡る。口でいえば唇を閉じる力・舌の筋力を増強でき、唾液量も増加、全体的な機能向上が行える。またこれにより、食事・会話・呼吸・睡眠・表情・免疫など、人間が生きる上で重要な機能に関する力の向上も期待できるという。
 
実際に、8年前に脳梗塞で摂食嚥下(食事と飲み込み)障害となり、寝たきり・食事も全て介助で行う状態になった方にクチトレを行ったところ、3ヶ月で自分でとろみ食を食べられる様になり、8ヶ月後には箸でお寿司も食べれるまで回復した。
また他にも、認知症で異常な食行動が15年持続している人も、2ヶ月のクチトレを行ったところ、自分で箸で食べれるまで回復した事例もある。
 
しかし当然、医学においては個々の事例だけでは「効果がある」と言い切ることはできない。実際に健常者に対してクチトレを行い、脳の画像解析を行ったところ多くの部位で結合の増加が見られたという「研究」としても、井手先生はクチトレの効果を確認している。 
さらには北海道大学や教育研究所とも連携し、後期高齢者や特別支援学級にクチトレを実施した。後期高齢者では液体でのむせの減少や、口腔機能低下症の有病率の減少を認め、特別支援学級でも発達障がいの適応行動について、全ての指標で改善を示しており、実際の効果が確認されている。他にも咬み合わせ・扁桃腫大や睡眠時無呼吸・口の機能異常などの改善も認められており、認知症についてはさらなる研究を続け、改善効果が高いレベルで実証されている。
クチトレの効果は、絶大だ。 

<循環器内科医が、なぜ「クチ」へ?>

このような素晴らしい取り組みをしている井手先生だが、口を専門にする歯科や口腔外科ではなく、循環器内科医のはずだ。その井手先生がなぜ、「口のトレーニング」に着目したのだろうか。
 
実は以前、大学院で「迷走神経刺激療法」の研究をしていた。難治性のてんかんや重症うつ病を改善することが示されている治療法だが、てんかんがはっきり改善する前から、記憶や脳機能・感情などの安定が見られることが判明していた。また迷走神経刺激に類似した薬物療法(コリンエステラーゼ阻害薬の投与)でも、同様の効果が得られるという実験結果も得られていた。
つまり迷走神経刺激は、手段によらずこのような症状の改善をもたらす可能性がある。ここで井手先生は「何かの理学療法で迷走神経刺激をすれば改善するのでは?」という仮説を得た。
 
これを理学療法で試したい理由もあった。実はまさに自身の2人めの子どもが21トリソミー(ダウン症候群)であり、まさに「口の機能に問題を抱えている」子どもの母親としての当事者でもあった。当時医局の役職も抱えており、大変な育児と仕事の両立に悩まされていたという。
この苦労を九州大学循環器内科の初代教授である中村元臣先生に相談したところ、「経験と苦労は人を育てる。今の経験は宝と思え。本やうわべだけの知識は、人の心に響かない。」という言葉をかけられ、医師としての仕事と育児の両立を諦めかけていたところを、踏みとどまることができた。
 
夫も「よいかもしれないことは、全部やろう。絶対に諦めないでいよう」といい、長男の手伝いも得て家族一丸で育児に取り組んだ。現在2人目のお子さんは13歳。障がいを持ちながらも、日常生活やコミュニケーションがしっかり行えるまで成長した。
研究者であり、そして当事者として、自分の研究から「クチ」の機能へ発展した井手先生。まさにそこに「研究者」としての冷静な分析と、「当事者」としての熱い想いを持って取り組んでいるのだろう。

<今後の医療者へ>

井手先生はさらなる課題にも向き合っている。
ダウン症候群の子どもを育てる中で、小児科の医師に問題と思ったことなどを聞いても「ネットに情報があるかも」「お母さんの会にあるかも」と言われることも多かったという。まさに「当事者でないと知らないこと」が多く、医療者がカバーできていない、それゆえに世間にはいわゆる「障がい児ビジネス」が存在し、わらをもすがる思いで飛びついてしまう方も少なくないと考えている。

そのような中、まさに簡単、安全、安価で、他の治療を妨げず、家族が取り組めるのが「クチトレ」だ。姉が妹に教える事も可能であり、逆にしっかりやらないと改善せず、地道な回数も必要であり、しっかりとエンカレッジする努力も必要だ。
だからこそ、現在井手先生は、他の専門家たちと「クチトレイニシアチブ」を組織し、器具の改善や広報・資格認定を通じ、しっかりした形で広める活動を続けている。「医療者として正しい情報・方法を広める」重要性を、当事者として強く認知しているがゆえの活動だと語る。
 
様々な困難を乗り越え、活動に取り組んだ経験を振り返り、最後に「医療者として大事な力」を4つにまとめてくださった。
・当事者の困りごとを想像しようとする力
・社会のニーズを感じる力
・困難な状況になっても、塞翁が馬、と思える力
・自らの健康を管理する力

医師であると同時に、当事者であるからこそ、様々な角度で「クチ」にアプローチする循環器内科医、井手先生。その想い・活動の理由に迫れたお話だったと感じる。

取材・文:平野翔大(産業医/産婦人科医/医療ライター)

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