見出し画像

第4回③ 守上佳樹先生

「医師100人カイギ」について

【毎月第2土曜日 20時~開催中!】(一部第3土曜日に開催)
「様々な場所で活動する、医師の『想い』を伝える」をテーマに、医師100人のトーク・ディスカッションを通じ、「これからの医師キャリア」を考える継続イベント。
本連載では登壇者の「想い」「活動」を、医学生などがインタビューし、伝えていきます。是非イベントの参加もお待ちしております!
申込みはこちら:https://100ninkaigi.com/area/doctor

発起人:やまと診療所武蔵小杉 木村一貴
記事編集責任者:産業医/産婦人科医/医療ライター 平野翔大

守上佳樹先生
京都のよしき往診クリニック院長。2021年2月より、新型コロナウイルス感染症の自宅療養者を支援する往診チーム「KISA2隊」を設立する。地域の多職種・医療機関の連携という経験を生かしながら、その信頼を軸に活動を行政からメディアまで幅広く巻き込み、非営利一般社団法人として全国組織へのチームビルドアップを図る。

「自宅療養者を守れ」―チームみんなで、地域を救う”KISA2隊”ー

 「個人でなく、地域を見る」コロナに立ち向かった危機感

 今から5年前、京都市にてゼロから立ちあげた在宅往診専門のクリニックである「医療法人双樹会 よしき往診クリニック」。往診の経験を積んで2,3年ほどたつころ、新型コロナウイルスが世界を襲った。
そんな中守上先生が立ち上げたのが、今や「情熱大陸」にも取り上げられ、一般の人にも広くその存在が知られている、コロナ自宅療養患者に対する活動、「KISA2隊(きさつたい)」だ。
その構想が最初に浮かんだのは、2020年8月にさかのぼる。新型コロナウイルスの第3波を前にして、それまでICUや一般入院、ホテル隔離といった体制がとられてきた患者の対応に、近いうち限界が生じるであろうことは目に見えていたという。この状況から守上先生は「今後のカギは自宅隔離にある」と確信した。ここにそれまでの3年間で培ってきた在宅医療連携の経験が生かせると考え、「個人ではなく、地域を見に行くこと」を使命として、KISA2隊の活動を立ち上げた。
KISA2隊はコロナ自宅療養患者に対する在宅医療を提供する「活動」だ。”Intensive Care Unit”=ICUならぬ、”Intensive Area Care Unit”を対象に掲げ、「官民で連携し、法人を超えてつながりあう」をミッションに、コロナウイルスという地域の危機を乗り越えてきた。最初こそ地域の中で縦横無尽にかけまわり、背中を見せることからスタートしたというが、今では「とにかく、みんなでやる」を合言葉に、それぞれの場所がリンクしながら、24時間体制で取り組む体制に広がった。

KISA2隊(きさつたい)の由来と活動内容(講演スライドより引用)

「これは実際のコロナ患者さんの自宅なんですが」
当時の写真を眺めながら、診療の中での印象的な患者さんらを、守上先生は振り返る。
一人暮らしで、認知症を患う患者さん。治療のため入院するも、彼は病院内で看護師にかみついてしまい、何もできないまま自宅へ戻らざるを得ない状況であった。ところが驚いたことに、自宅に戻ると落ち着いてコミュニケーションをとることができ、適切な処置によって回復できたという。
また多くに見られた例が、家族での感染だった。親や子が感染すると、家にどちらかを残すことになってしまう。その不安感から隔離による療養が難しく、結果的に親子そろって感染してしまう。それにより病床が埋まり満室になる、という悪循環の状況が数多く発生していた。このような環境の中で、患者それぞれが安心して医療を受けるには、自宅が最適な場所だ。ここに在宅医療の真価が発揮される。
時には家のハンガーなどを使いながら点滴の投与をすることもあったというが、こうして、チームメンバー一体となりながら、病室に近い環境、医療を自宅で実現してきた。

 医療という側面から地域の力を向上させていくにあたっては、患者を中心とした医療者間での多職種連携が必要不可欠だ。これを実現するためには、スタッフ間で信頼できるチーム作りが欠かせない。さらに守上先生はこの地域多職種連携チームを、行政やメディア、医師会や学会といった地域を取り巻く輪の中にとりこむ形で発展させれば、より強固なつながりが実現すると考え、一般社団法人化して全国に広めている。今後、このチームが日本全国に配置され、医療への信頼を増してそれぞれの地域の力を向上していくことが、日本全体のパワーアップにつながると考えて活動していると語る。
「医療はみんなのためにある。」だからこそ、チーム作りが重要だ。

KISA2隊における「超法人連携]の構想(講演スライドより引用)

 

在宅医療の限界を突破する、「超法人連携」

 この「超法人連携」の着想は以前からありつつも、大きく動いたのは2021年1月末に京都で、搬送先がなく80歳代の女性が自宅で死亡するという事態が生じてからだった。「このままではまずい」と危機感を抱いた守上先生は、そこから数週間で活動を開始した。最初は2人の医師で始めたが、「誰かがやらなければならない」という事態に、続々とメンバーが集結した。特に次世代を担う若手のメンバーの熱量がすさまじく、その体力や瞬発力が強い力になった、と守上先生は語る。その後大阪、奈良、滋賀、兵庫と、在宅医療の「半径16キロメートル」縛りをこえてリンクしあい、今ではさらに広域で活動が普及している。

 この3年間を「意志をもって走れば、必ずチームができていっていいものが出来上がっていく」と振り返る。普通なら難しいと思われてきた行政と医師会との連携も、綿密なプラン調整の果てに実現することができた。今後はコロナ環境下であろうとなかろうと、持続的な連携環境を継続していきたい、と話す。

「なぜ君は?」から「どうやって君たちは?」

 「これまで、『なぜそんなことをやるのだ君は』という質問をぶつけられてくることが多かったんですが、最近は『どうやってやっているのだ、君たちは』と聞かれることが多くなってきました。『君は』という問いから『君たちは』という問いに変わってきたことに、チーム感を感じます。」
と嬉しそうに語る守上先生。この新型コロナウイルスという国難が、10年後、20年後に語られるとき、自分たち医療者がどのように戦い乗り越えてきたのか。次の世代の学生や医療者、子供たちに胸を張ってみてもらえるように動きたい、「下の世代への想い」が大きなモチベーションになっているという。

 最後に、自らクリニックで往診し、多様な患者と関わる中でもコロナの自宅療養患者を診るというこの新しい取り組みについて、実際多くのクリニックが挑戦しようとするも断念してきたであろうその活動を実現し、チーム作りへとつなげていったそのポイントを伺うと、このような答えが返ってきた。
「常に『自分がいなくても機能するように』というベースの構築を意識していました。」
属人的な業務になりやすい医師としての働き方を、チームとして機能できるようにするのは難しいものです。しかし、自分自身が、自己の存在や役割だけに依存しない姿勢を示すことで、周りの意識が変革し、全体として機能するチームができたのだという。
「自分と同じ景色を見続けていてほしい」
これが、守上先生が常にチームメンバーに背中でみせ、一緒に走りながら伝え続けているメッセージだ。

取材・文:大井礼美(島根大学医学部3年)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?