誰にも読まれなかった文章はどこへいくのか

こんにちは。柔軟罪です。

別に文章に限らないんですが、タイトルのようなことをふと思ったのでなんとなくブログにしたいと思います。


私は自分の気持ちや起こった出来事を文章化してまとめて、自分で読み返すのが好きです。映画やアニメ、漫画、ライブ等好きだ!最高だ!吐き出したいしんどい~!となった時は長文を書いています。3000~5000文字くらいが多いです。レポートとも考察とも言えないような、感想文でしかないものをよく書いています。それをたまにブログやふせったーに上げたり、友達にスクショを送り付けたり(迷惑)メモ帳に保存するだけして後から見返したりします。

私は「感動を人と共有したがるタイプのオタク」です。自己完結できない。あそこのあれが良かったこれがやばいあれはどういう意味か、みたいなことを人と語るのがめちゃくちゃ好きです。


でも「その作品とかを知っている人同士」じゃないとそういった会話はできないですよね。そこで問題なのが、私に好きなものが多すぎること、友達が少なすぎること、ブームど真ん中より遅れて視聴しがちなこと などです。

一言で言うと孤独です。


パッと行動に移せるタイプではないので、既にできてる輪に入れずア……ア……(カオナシ)してしまう。友達に布教しまくってしまう(友人もチョロいオタクばかりですが、「見てもらう」のに多かれ少なかれ罪悪感が付随してくる)。仲間がいない。仲間が!!!いない!!!!!!!!!

仲間と出会うためのツール(?)、インターネットで探せと思うかもしれませんがSNSってイメージよりずっと閉鎖的な空間です。人と繋がらなければ存在すら認識してもらえない、現実に即したツールです。突然「はじめまして!プロフィールに〇〇好きだと書いていたので私の感想文を見て一緒にあ~わかる~!って盛り上がってくれませんか!」なんて話しかけたらもう不審者ですよ。


臆病な自尊心と尊大な羞恥心でできてる人間がそんなね…そんな大胆なことできるわけない…実際は大胆なことやったもん勝ちなのかもしれませんが、私には難しい。

「そういう感想文読むのが好きな、そのジャンルでの感想に飢えてめちゃくちゃ探している人」の目に留まるように祈りながら、検索引っかかってくれと思いながらネットの海に放すことしかできません。その誰かが偶然気に入ってリツイートしてくれてちょこっと広まってくれることを夢に見て、「わかる」の三文字を50回ぐらい貰えることを夢に見て。

しかし現実は甘くないというか、普通に当然ながらそんなハッピー出来事はそうそう起こりません。それなりにわかりやすく、それなりに綺麗に自分の気持ちをまとめられても、誰にも見つけてもらえずにたゆたっていくことがほとんどですというか今のところそれしか経験していません。消費しやすいものが一過性に流行る時代、既にある数字に応じて見るか見ないか決める時代、私の気持ちはどこへいってしまうのでしょうか(なんでもかんでも時代のせいにすな)


「成果を得るために一番大事なのは続けること」、わかります。わかるんだけど~~そんなスゲー成果が欲しいんでも自分の文を全人類に見てほしい訳でもなくて!(自分の推しは全人類に見てほしいけど!)ただちょこっと……この圧倒的孤独感を埋めてくれるような……そういう言葉が欲しくて……20個ぐらい……


レビューサイトに好き映画をバチクソ褒めたやつを投稿したりすると、当然ながらその映画を好きな人や気になる人が見に来てくれるからちょっといいねとかが付いたりするのですが、そうでもなければ本当に見てもらえない。自分が読み返す用でありながらも人に伝わるように書いたってのに、これじゃ成仏できそうにありません……


どうしたら良いのでしょうか。ミーハーオタクだって友達がほしい!それだけの気持ちを消化するために、また文章書いてブログに公開して誰かが引っかかってくれるのを待ち続けています。

愉快なオチとかは無いです sorry…(哀れオタクへのアドバイス、募集してます)


↑今日書いたやつ 「さらざんまい」の話です。うっかり読んでなんらかのリアクションを返してくださると嬉しいです。

おしまい



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どこにでもいるありふれた発達障害者です。ヘラヘラしています。スキはガチャ仕様です

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柔軟罪

楽しい地獄暮らしのアリエッティ! 話の内容がぽこぽこ飛んだりしますがそれも含めて楽しんでください。レッツシェア地獄
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