【読書感想文】『日本再興戦略』(落合 陽一)

「ポジションを取れ。批評家になるな。フェアに向き合え。手を動かせ。金を稼げ。画一的な基準を持つな。複雑なものや時間をかけないと成し得ないことに自分ありの価値を見出して愛でろ。あらゆることにトキメキながら、あらゆるものに絶望して期待せずに生きろ。明日と明後日で考える基準を変え続けろ。」

一つの人格に複数のポジションを持ち合わせた人物。

アーティストであり、研究者であり、経営者であり、学長補佐であり、准教授で、なおかつ夫であり、親である。それが落合陽一だ。

冒頭の引用は本書で紹介されている落合自身がTwitterで呟いた内容。

本書は、そもそも日本がとる現在のポジションが“適正ではない”ということの指摘から、日本が取るべきポジション・目指すべき姿についてを落合の視点から考察されている。

ぼくは彼を魔法の世紀という本を読んだ時からなんとなく追いかけていて、とにかくきれいな本だったのだが、当初Kindle版でのみ配信されていたが、ここまできれいにする必要があるのか、というぐらいにきれい。

脱線するが、これは宇野常寛 (@wakusei2nd)が編集を手がけたことによることからで、宇野の本に装丁に対するこだわりは、見事なものだと思っている。本に対する宇野のリスペクトが現れているといえるが、PLANETSが手がける他の本についても同様で、非常に装丁にこだわりがある。ぜひ、手に取って確かめてもらいたい。

話をもどして…

上記本以降、各種メディアに出てくる彼の発言を追ってみると、人・制度・仕組み・技術をワンセットで見ている姿勢からくる発言にsympathy(賛成や同意の意)を抱くようになった。

本書は多くの注釈が入れられており、語句に対しての定義づけや意味づけをきちんと行っている。

丁寧に作られており、人によって解釈が異なるものや、曖昧になってしまうものに対し、著者として立場を決めていることで、微妙な言葉尻や揚げ足を取った批判をねじ伏せる意図を感じる。

まるで論文を読んでいるかのような気持ちにもなるが、それは彼が常々いっているように、“考えをまとめ、発信する”上で適切なフォーマットが論文という形式であるということを体現しており、こちらに発信する姿勢を求められているような気もした。

発信を手がける以上、自らの立場を踏まえた裏付けはもちろんのこと、定義づけをきちんと行い、中途半端な揚げ足取りに屈することのない姿勢が健全な論議の場になるのだ、と落合は本書を読むすべての人に求めているのではないかと感じる。

そもそも日本のとるべきポジション、すなわち立場や姿勢として、西洋的な近代的個人を目指したことは日本にあっていなかったとしている。なぜか。

それは現状、日本の中では、個人から成り立つ国民国家という意識は醸成されておらず、むしろ孤独感が強調された結果であると落合はいう。

続けて、自然的な“誰が中心でないコミュニティ”こそ、日本が本来的に醸成してきた姿勢であり、目指すべきポジションであると結論づけている。

また、その中では階層性、つまりカーストは求めるべきだし、求められるべきだとも指摘している。

過去に日本にカーストが存在した事実を踏まえ、現代のコンピューター時代にも適応しうるとしている。そして、これを現在の職種や業態を当ててみると納得ができる。

大きく分類すると、士は政策決定者・産業創造者・官僚で、農は一般生産・一般業務従事者で、工がアーティストや専門家で、商が金融商品や会計を扱うビジネスパーソンです。

これは現代において、メガバンクへの就職を希望する学生が多い事実と照らし合わせても納得できるものだ。(ただし、メガバンクのリストラ発表などを経て、19年卒予定の学生たちからは不評のようだ)

日本の現状を支えているのは就業人口の多数を占めるサラリーマンだ。

明治以降、日本が近代化を推し進める上で欧州や米国を参考に社会構築を図った結果、なぜかどの国にも存在しない職業「サラリーマン」が誕生した。

終身雇用や年功序列というHierarchieを強固なものとし、それを担保に住宅を30〜35年という長期ローンで購入させ、収入から強制的に社会保険料を徴収する国としては貴重な存在。

当初、国の政策を担う官僚エリートをサラリーマンと読んだとも考えられているが、それでいうと『士』、つまりクリエイティブな人たちを指す言葉だが、現代日本においてはホワイトカラーと呼ばれるバックオフィス、つまり「商」であり、一般事務などを指す言葉として定着している。

しかし、そんな「商」の人間がたくさんいたところで売るモノがなければ始まらない。仕組みやモノを生み出す存在である「士」や「工」がいなければモノが生まれないし、その先にあるべきマーケット(モノを売る場)も生まれようがない。

しかし、現代の日本においてモノづくりに対するリスペクトが低い、もしくはないことを落合は否定する。否定するというよりも、そういう状況になっていることを嘆く。

現在の仕事を回すための「商」であるホワイトカラーの仕事だけが多くなれば、創造性が欠如し、新しい仕組みや制度、モノといったイノベーティブな価値の高い仕事をできる人材がいなくなってしまう

それは失われた20年とか30年といわれ、先進国でいることに違いはないが、経済の成長が鈍化し、その成長を全く実感できず、経済格差や少子高齢社会といったことが社会の課題ばかりが散見するような社会が醸成された。

正直、書いていてこれほど寂しいと思う事はない。

画一的な教育で横一列に並ぶことを良しとされ、他との違いが認められずに“同じであるべき”だという“正解”を提示された挙句に、大人になったら『なにができる?』『なにをしたい?』と聞く人たちに囲まれ夢もなく“仕事”という名の牢獄に囚われる。

人生という有限のものに対する向き合い方として、これは正しいのだろうか。有限だからこそ、人生においては仕事と生活のバランスを整えるワークライフバランスが叫ばれるが、落合はその考えに異を唱える。

そもそも『ワークライフバランス』とは、ワークとライフが対比される状況にあることを指し、それ自体に問題があるとし、そもそもワークとライフは切り離され、対比される対象なのではなく、人の有限的な時間の中では同一のものだ。

日本が再興するために今後、百姓を目指すべきだというのは本書内で一貫していわれることだが、その真意はここにある。

百姓とは100の生業を持ちうる職業のことです。

これは本書の引用だが、士農工商でいう「農」は百姓を指し、多くの人は多能工的な存在を目指すこと、つまり百姓を目指すべきだと説く。

西洋的な近代的現代人を目指した結果、教育では横一列での評価をされながらも超越した個人を目差さざるを得なかった日本人は一つのことを極めることで天職を得、定年という年齢による強制解雇を受け入れるまでを目指すことが(最低限の)成功だとされた。

しかし、皆が気づいているように、天職なんてものは存在しない。色々なことをあまねく関心を持ち、実際に取り組むことで繋がりを理解しながら対価を得ることを目指す『ワークアズライフ』の世界こそ、求めるべきなのではないか。

そこでは生きることで知識と経験を高め、個人としての価値を高めていくことが必然となり、ワーク(仕事)とライフ(生活)は切り離せなくなる。というよりも切り離して考えることなどできるはずがないのが現代であり、そもそも切り離すことが無理だということに気づくべきだった。

同時に、ワークアズライフの生活を送るために必要な能力として、落合は教育の中でポートフォリオマネジメントと金融的投資能力を挙げているが、ワークアズライフの世界では当然だといえ、不可欠だということは理解した上で納得できる。

そもそもこの二つは切っても切り離せない能力であり、“時代を読む”という点においては絶対的に不可欠な能力だ。

どちらも自らの保有する能力や資産について、テーブルの上に平らに並べた上で評価し、次にはどんな行動が必要で、そのための前提となる条件がなにかを考えなければならない。

だからこそ、落合はいう。

現代の日本にある本当の格差は経済格差ではなく、モチベーション格差であると。これは一重に、自分のしたいことを見定められる人はそこに向けて自然とやり続けられるが、そうではない人にとっては酷な状態だ。

しかし、そうであるのかないのかを見定められるかどうかは、上記のポートフォリオマネジメントや金融適投資能力が必要で、だからこそ落合は大人であろうが、子どもであろうが全員をどうにかしたいと考えているし、ぼくたちもそう考えていいはずだ。

そんなことを考えられるようになっている事こそが、日本が先進国であることの利点であり、魅力だといえる。そんな、日本のよさに気づいていて、ぼくたちに気づかせてくれたのが落合だ。

ぼくにできることは、これまでの固まった思考を疑い、見つめ直し、はじめること。

「日本のためにできること」なんて大層なことはわからない。

だけど、ぼくがぼくのためにできること

ぼくの属するコミュニティのためにできること

それぞれに対してやりたいと思えることは確かにわかる。

本書は、そんなことを考えるきっかけを与えてくれる。

ぜひ手に取り読んだうえで、存分に感化されてみてはどうだろう。

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(言葉遣いが異なりますが、書評についてははてなブログで書いており、そちらではこんな口調で書いており、本エントリはそこから転載・修正したものです。ご理解ください。)

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