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間に立つのであれば責任を持つ

仲介や媒介する仕事は割とある。人材紹介だってそうだし、結婚相談だってそう。

もっと言えば、売買品と人との間に立つのだって媒介・仲介なわけだから『間に立つ仕事』ですね。

Mediaの意味は“媒介・仲介する”から取っているから、メディア関連の仕事だって、そのまま受け取れば『間に立つ仕事』になるよな、と。

無形のサービスを提供している人たちだって、なんの間にも立っていないのかといえば、決してそんなことはなくて。

知識や見識、技術や経験といった『持たざる者』である人たちと、自分が持ってる知識とか経験とかの『間に立つ仕事』をしていると言えるわけですねぇ。

『間に立つ』ってのは『上から目線で対応していい』って意味ではなくて、思いやれる、丁寧に接することができる立場を得たっていう認識である方が『間に立つ』側の人も、『間に立たれる』側の人も嬉しいんじゃないかなぁ。

情報の非対称性って言葉がありますけど、そのまんまの意味で、人が二人いたとして、片方の人に何かしらの専門的な知識や経験が備わっていた場合、そうじゃない人は全く知らない・分からない人だと、知ってる人との間で、知ってる、もしくは持ってる『情報』に差が生じて対称ではなくなってしまいます。

これを情報の非対称性っていいますが、この非対称性ってのが大きければ大きいほど、持ってる側と持たざる側の間に立つ意義が生じるわけです。

それはお金かもしれないし、使命感かもしれない。

それらは人それぞれでしょうが、共通しているのは『大切なものを預かる』って立場になるってことです。

お金だってそう、人からの信頼だってそう。

情報の非対称性でいえば、対称にしている側、つまりたくさんの情報や知識や見識を持ってる人は自分が持ってる情報と、残念ながら持ち得てない人の『間に立つ仕事』をするわけで、上に立って仕事をするわけではありませんから。

大切なものを得たいと思うからこそ、情報を持っていて間に立ってくれる人を頼っているのに、その頼った人が間じゃなくて上から仕事をして来ようものなら上手くいくものも上手くはいきません。

ここでいう上手くいかないのは依頼側の願う通りにことが運ばない、ということです。

そんなんだったら別の人間に頼んだら、別のサービスを選んだりした方がいいわけです。

間に立つ人には、そんな責任が伴うのだと理解されて欲しいし、自分自身もその立場に立つケースも少なからずある以上、改めて肝に銘じておかないといけないなぁ、と思った次第です。

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