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第4話| カーブしたガラスの入り口

「ゆう君とこ、開店4周年だからお花を届けてきて」って、お母さんに頼まれた。僕が知らないと思ってるだろうけど、ほんとは4周年は先月だ。カードに「開店 4周年、おめでとう」って書いといてやろう。気が利く息子だな。

駅前の大きいビルの間に、小ちゃい花屋さんがある。カーブしたガラスの入り口を入ると、別世界だ。おねえさんに「どんな花がいい?」って聞かれた。「あじさい」って答えた。それからゆう君ちのこと、蔦のからまったおんぼろビルで、かっこよくリノベしてあって、ジャズとかボサノバが流れてて、ムケッカが美味しいお店って説明した。おねえさんは「わかった」って言って、あじさいに合わせる花を一瞬で選んで、奥のほうに行った。

オリンピックの競技場は植物で包まれるらしい。そこは「神宮の森」って呼ばれてるところだ。競技場が森の一部になるかんじ。春と秋でちがう色の競技場になる。雪もいいし、蝉時雨もいいな。オリンピック選手にもしなるとしたら、なにがいいだろう。やっぱりサッカーだな。昼休みサッカーで僕はディフェンダーなのに得点王をゆう君(←ドイツ生まれ)と争ってるもんな。みんなにはもっとまじめにディフェンスしろよって言われるけど。

2階に上がってみた。そこは熱帯植物がいっぱい置いてあって、ジャングルみたいだ。落ち着く。もし哺乳類以外に生まれかわるとしたら、極彩色の鳥になって密林に住もう。おねえさんの声がした。「できたよー」。あじさいのポット、きれい。「ボサノバっぽいでしょ? また来てね」。うん、また来る。つぎはエムラんちの開店記念日かな。

信号で待ってるあいだにダザイを起こして、正法眼蔵を開いた。

諸法の仏法なる時節、すなはち迷悟あり、修行あり、生あり、死あり、諸仏あり、衆生あり。万法ともにわれにあらざる時節、まどひなく、さとりなく、諸仏なく、衆生なく、生なく、滅なし。

あれ?...きのうと反対のこと言ってない?

早くもみちもとは才能をあらわしはじめた。平安貴族の家に生まれて、いみじうをかしくてあはれなりけれみたいな子供だったんだろ?みちもとのお兄ちゃんて新古今和歌集の撰者だよね?めっちゃ言葉の技駆使してるあれだよね?じゃー、ふつうの文章つまんなくてやる気起きないのは無理ないよな。まっすぐドリブルすればいいのに、かならずフェイント2,3回入れなきゃ気が済まないやつ。ストイコビッチとか中村とか。「迷悟あり」って言った次の瞬間に「まどひなし、さとりなし」。「諸仏あり衆生あり」って言った 0.3 秒後に「諸仏なく衆生なく」。これじゃどんなディフェンダーだってついていけないよ。どうしよう、ダザイ。

だいじょうぶ、落ち着け。まず「万法」だけど、ただ「諸」が「万」に代っただけだ。〝あらゆる物事〟って意味だ。

万法がともに「われにあらざる」って?

自分だけで存在しないってことだ。どんな物事も、置かれた状況と関係なく存在することはない。

個人技が上手いことより、まわりの状況に反応できることのほうが大事ってこと?

ダザイはサッカーわからない。

えーっ、レベル無限大なのに?

(つづく)

画・富澤大勇

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