小西秀司

フレンチブルドッグ専門誌「BUHI」編集長。https://www.facebook.…

小西秀司

フレンチブルドッグ専門誌「BUHI」編集長。https://www.facebook.com/BUHIMAGAZINE/ 著書に「動物たちのお医者さん」(小学館)など。掲載写真は盟友SUMiCOさんより。http://donkoro.ciao.jp/donkolog/

最近の記事

ノー・ワンダー

突然の激しい雨は、ドライブ中の孝一の視界を奪った。 バケツをひっくり返したという表現がやさしく思えるほどの降り。 バスタブの転覆。このままじゃあぶないな、と彼は思って、 アクセルペダルを踏む右足の力を抜いた。知らない峠道、夕方の大雨。 後部座席には孝一の愛犬、ボストン・テリアのボニーが ハーネスでシートにつながれている。彼女は気の強い女子で、 どんな大きな犬にも負けない性格を有している。 このどしゃ降りの車内でもまったく動じていない。 まったく、誰に似たんだろう、と運転

    • 犬と月と小鳥のさえずり

      光太郎には、秘密があった。 彼は中学一年生で、いま、ある場所に向かって土手沿いのサイクリングロードを走っている。自転車ではなく自分の両足で。冬の初めの夕暮れ時、彼の上気した顔は、どことなくうれしそうに見える。 夕方の土手はどんどん冷えてきている。彼の眼前には路上生活者が建てたと思わしき青いテントがある。中で何かがごそごそと動く気配がした。 出入り口らしい真ん中の隙間からひゅっと顔を出したのは、焦げ茶色の子犬だった。 光太郎はしゃがみ込み、両手を差し出して、その子犬の突進を受

      • 誰のために咲いたの

        「どうせ、いつかいなくなるんだ。わかりあえないんだ」 里佳がそう言ったのは、 ミニチュア・ダックスフントの新之介を 正式に家族に迎えた日のことだった。 父親としては複雑な気分だった。 里佳は犬が大好きだったはずだが、 これは、親の離婚への異議申し立てなのだろうか、と。 確かに、母親がいなくなる事態は 彼女にとって最悪の展開と言ってもいいだろう。 仕方がなかったんだ、という言いかたをするのだけは避けたいが、 正直ほんとうにそうとしか言いようがない。 実際のところ、妻は、

        • +6

          それはまるで祝福のように

        ノー・ワンダー

          食べられちゃうよ

          歩道の真ん中で座り込んで泣きじゃくる3歳くらいの男の子。 かたわらにはお母さんと思わしき若い女性。 ぼくは時雨を連れていたから、 泣いているその子の視界にあんまり入らないようにしようと、 (怖がると悪いもんね) リードを短く持ち、できるだけ道の端っこを通ろうとした。 通り過ぎるとき、その若いお母さんが泣きやまないその子に声をかけた。 「ほら、わんわんだよ。食べられちゃうよ!」 …あれれ?  なんだろうこの違和感は。 ぼくは何も言わずに、彼女らの前を通り過ぎてから、

          食べられちゃうよ

          +8

          「きみとさいごまで」小西秀司・監修(オークラ出版)

          「きみとさいごまで」小西秀司・監修(オークラ出版)

          +8

          「まだ」可愛くないあの子のために

          風が涼しくなってきたある夜のこと。 ぼくは時雨(愛犬の名前)の散歩途中で、 ショッピングセンターの外のテラスに座っていた。 月はくっきりとしていて、秋になるんだなあ、と季節を感じる散歩だった。 「すみません…ちょっといいですか?」 声をかけてきたのは年配の女性と、 高校生くらいのその息子さんらしきふたり。 足もとの時雨をちら、と見て、 「触ってもいいですか」と言って、 ぼくがもちろん、とうなずくと、手を伸ばし、下あごに触れた。 犬が好きそうな人たちだ。 「じつはうちに

          「まだ」可愛くないあの子のために

          どうしてこんなにも犬たちは

          「砂浜にて」全文公開(最後まで無料で読めます) その老人は、砂浜に座って海を眺めていた。 彼は荷物も持っていなかった。 ただ、海をまっすぐに見つめていた。   小春日和といってもよい秋の日だったが、 ビーチは人影がまばらで、何人かのサーファーが沖にちらほら見えるだけだ。 ぼくは愛犬の散歩に来ている。犬の名前はシリウス。 なぜかシリウスはその老人のことが妙に気になるみたいで、 どんどん近づいていって、彼の前でぴたっと止まってしまった。 「……こんにちは」 老人が言った。す

          どうしてこんなにも犬たちは