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研修・講演会・セミナーで何を変える?

2019年6月8日

春の運動会シーズンも終わり、夏休みに向けて色々な仕事も入ってきた。各地でもセミナーがあちこちで開催され、そんな様子もSNSから伝わってくる。県教委の時代、年間200本近くの研修や講演会、セミナーを行っていた。今考えると恐ろしい数字で、これを5年間毎年のようにこなしていたかと思うと、背筋がゾッとする。平日は県内、週末は県外というパターンも多く、土日休めた記憶はあまりない。年間走行距離は4万キロになり、だんだんいろんな感覚が麻痺していた。iPadの研修、電子黒板、書画カメラなどの機器の研修、情報モラルの講演会、21世紀型スキル、プログラミング、ありとあらゆる種類の研修や講演を、ニーズに合わせて作っていき、行っていた。県外では学校改革や、授業づくりのための研修などICTではないものも多くあったし、パネラーのような仕事もよくあった。

研修や講演会には2種類ある。組み込まれていて拒否できないもので(校内研修や、悉皆研修、役職研修など)自分の意思で受けているものではないものと、自分が選んでいくもの。週末にあちこちで開催されているものは、自分のお金と時間を使い、家族の時間を犠牲にして自ら学びにいく。公立の学校の先生たちは、受けなければいけない研修が多くあり、昔のように自分の興味関心に合わせて出張で行けるものは少なくなった。私立の先生たちは公的な研修はあまりないので、自分で学びにいくことが多いように思う。

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研修を企画、立案、実施する側も割と忙しく、参加者の管理や内容の吟味、講師の選定や時間の配分など悩ましいことは多い。もちろんお金がかかるものもあり、謝礼や場所代など多岐に渡る。企業が行うものについては仕事として割り振ればいいが、自主的な研究会やセミナーなどは自分たちで行う必要がある。広報や集客もあり、うまく集まらないこともあるだろう。

ではなぜ、何のためにそうまでして行われているのか?

そこには、ぼんやりとした先生たちの危機感もあるのかもしれない。時代の移り変わりの早さや、教育改革のスピード感に対して、何かしなければ、と感じているのかもしれない。もしかしたら学校の中で学ぶ余裕がなく、話をする時間も持ててないのかもしれない。あの人に会いたい、あの人の話を聞きたい、という動機もあると思う。会いたい人に会うこと、話を聞くことで価値観を揺さぶられることもあるかもしれない。ガツンと衝撃を受けるような経験もあるかもしれない。

ではその目的は何か?それは教員である以上、その時間での学びは明日の授業に還元されるべきではないか?知識や経験、価値観、ものの見方の変化は、子どもたちに還元されるべきである。できるようになったこと、知ったことをどうジブンゴトにし、それを授業の中で活かすことができるか、もっと言えば子どもたちはどう変わったか?ここまで詰めていくことで、研修や講演会、セミナーに行く価値が高まるのではないか?環境に嘆き、誰かのせいにしてもしょうがない。今の自分にできること、伝えられることを子どもたちに伝えていきたい。また、講師としてイベントを主催していることも多くあるので、できるだけ先生たちがジブンゴトにし、何かが変わるようなものを創造していきたい。


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