アイガットサマータイム表紙2

小説『ウィ・ガット・サマータイム!』(土居豊 作) プロローグ&第1章

小説『ウィ・ガット・サマータイム!』(土居豊 作)

ウィガット表紙用



⒈ プロローグ〜メインテーマ

⒉ 第1章 ユニゾン1〜謎の楽譜1


『ウィ・ガット・サマータイム!』

土居豊 作


プロローグ〜メインテーマ

木の床に長年染み込んだニスの臭いが、旧館のどこにいてもついてまわる。早瀬みきおは慢性鼻炎だったが、それでも毎朝、ニスの臭いを嗅ぎたくて、詰まった鼻で大きく息を吸い込みながら階段を上がるのだった。立花かおるはその様子をいつもおかしがって笑った。
「なんでこんな臭いのに、わざわざ吸うのよ?」
「そんなの、好き好きだろ」
2人は、同じ高校の吹奏楽部のコンサートマスターと指揮者で、毎朝、朝練のために登校時間の1時間前に部室に向かう。特に待ち合わせているわけではないが、通学電車がいつも同じで、降りる駅の改札のあたりで合流することが多い。顔を見ると、どちらからともなく手を振り合うのが朝の習慣だった。
早瀬みきおは、中学生の時から吹奏楽部でクラリネットを吹いていた。コンサートマスターになったのは高校2年になってからだが、生真面目な性格なので、部員の信頼は厚かった。がっしりとした体格に、面長で目鼻立ちの整った顔で、よく目立つ外見だ。唯一の欠点は、服装にこだわらないことだった。この高校には制服がないので、生徒は好きな私服で登校しているが、みきおは、裾が擦り切れたぼろぼろのブルージーンズに、しわくちゃのカッターシャツ姿が定番なのだった。
みきおは、高校への最寄駅である片桐駅まで、隣の高山市の富田駅から国鉄で通っていた。家は、西国札所の大きな寺の近くにある、古い戸建ての借家だった。父親は関西市内で建築事務所を経営し、母親は自宅でピアノの先生をしていた。それでみきおは小さい頃からピアノは見よう見まねで習っていたのだが、それほど力を入れてはいなかったので、今でもバイエル程度で止まっていた。
みきおの母親のピアノ教室に幼い頃から通っていたのが、吹奏楽部指揮者の立花かおるだった。かおるは、みきおとは住んでいる市が違うので小中学校とも別だったが、ピアノを一緒にやっていたので、いわば幼馴染の友達どうしだった。
かおるは、女子にしては背が高く、みきおとほぼ同じ背丈で、すらりと痩せた体格だった。小学生の頃からクラスのリーダー格で、前に出て指示するのがよく似合っていた。そのぶん嫌われることも多かったが、マイペースの性格が幸いして、あまり深刻な事態にならなかった。一種天然なところがユーモラスで、愛すべき人柄だとみられていた。
かおるの家は、西国札所の寺町の商店街にあり、父は眼科医で、母は専業主婦だった。母が宝塚歌劇の大ファンで、娘のかおるを宝塚音楽学校に受験させたくて、幼い頃からピアノを習わせたのだが、あいにく、娘の方はピアノは大好きだがバレエにはとんと興味を示さず、ダンスももう一つだった。そんなわけで、宝塚スターを目指すのはやめになったが、府内でも成績優秀な高校に進学して、今は音大を目指しているのだった。

2人が通う高校は、片桐市の国鉄駅のすぐ近くにあり、通学に便利だった。関西府立高校の中でも人気の高い学校で、元々は高等女学校、戦前からある伝統校だ。その校舎は、いかにも大正から昭和初期にかけての近代建築風で、優雅なデザインといい、分厚い石の建材といい、明かりとりの窓の飾りといい、大正ロマンの雰囲気が漂っている。「旧館」と呼ばれる中央校舎には、第二次大戦中に、米軍のグラマン戦闘機から機銃掃射を受けた弾痕が残っているし、戦時中、校舎は病院代わりに使われたという。
その旧館のいくつかある入り口のうち、音楽室に近い西のはしの入り口から、早瀬みきおと立花かおるは中に入った。階段に続く通路は日当りが悪いので、急に視界が薄暗くなる。入ると同時に、階段の上の方から、スケールをなめらかに上がったり下りたりするアルト・サックスのウォーミングアップが響いて聴こえる。
これも、毎朝のお決まりだった。佐久間あきらは誰よりも早く来ていて、ハイテンションなウォーミングアップを始めている。それというのも、あきらは自転車での通学中、いつもウォークマンのヘッドホンを頭にのせて、大好きなアルト・サックス奏者のアート・ペッパーや、デビッド・サンボーンの曲を聴いている。学校について部室を開け、自分のアルトのケースを棚から下ろして朝練場所の教室に向かう間も、ずっとヘッドホンから頭の中に、アルトのアドリブ・ソロが鳴り響いている。アルトをケースから出して、マウスピースにリードをつけ、リガチャーで締めて、楽器をストラップで首から吊るすと、すぐさまE♭のスケールから吹き始める。テンポは、ちょうどそのときウォークマンで聴いていた、頭の中に響き渡るペッパーやサンボーンのソロとぴったり合わせている。だから、朝一番からいきなりアップテンポのハイテンションなスタッカートで、スケールを吹きまくることができるのだ。
もちろん、本当はこんな乱暴なウォーミングアップをやってはいけないだろうが、あきらは全く気にせず、我流の練習法で毎朝、アルト・サックスを鳴らしていた。
佐久間あきらは吹奏楽部のサックス奏者で、体格は大柄でたくましく、大きな顔に陽気そうな笑みをいつも浮かべていた。髪は長く伸ばし、もしゃもしゃに絡み合っていて、毛糸の束のような前髪の下に大きな二重の目がきらきら光っている。家は片桐市の私鉄駅の近くで、毎朝自転車で通学していた。
あきらの父親は、片桐の市会議員を3期務めていて、母親は専業主婦だ。佐久間は、政治家の父親を間近でみて育ったので、政治家と役人にだけはなりたくない、と常々思っていて、ミュージシャンとしてアメリカデビューすることだけを目標にしているのだった。
かおるはいつも、あきらの吹くスケールのウォーミングアップを階段の下で耳にすると、快調なテンポ感とアグレッシブなタンギングのおかげで、元気をかきたてられた。
逆に、みきおは、毎朝のようにハイテンションなウォーミングアップの音で寝不足の頭の中をかき回されるような気がして、ついつい顔をしかめてしまうのだった。
そんなお決まりの反応を示すみきおを、こっそり横目でながめながら、かおるは「この2人って、ほんとに水と油だな」と思った。
あきらは文字通り火に油を注いだように可燃性が高いし、みきおの方はいつもおだやかで、深みのある湖のようだった。
いつかこの2人を真っ向勝負でセッションさせてみたい、というのが、かおるの密かな願望だった。
けれど、その願いは、叶いそうになかった。
なぜなら、あきらはアルト奏者らしくジャズやフュージョンが大好きだが、みきおは、クラリネット奏者とはいってもクラシック一筋で、ジャズは全く苦手なのだった。
かおるは吹奏楽部の指揮者として、いつかこの2人がアドリブ・ソロを担当するジャズの曲を演奏会でやってみたい、という望みを捨てていなかった。もっとも、サックスとクラリネットの両方にソロがあるような曲は限られているし、そういった曲は、どう考えてもみきおの好みではなさそうだった。
かおる自身は、ピアノを習ってきた割には、クラシック曲よりもロックが好きだった。それも、この頃よくFMで流れていたジャーニーやトトなどのアメリカのロック、それにディスコミュージックとして流行していたアースウィンド&ファイヤーといった、リズムの激しいロックが大好きなのだった。
「ジャーニー? なんだよそれ。聞いたことないな」
あきらは、そう言って笑い飛ばした。
「トトも知らない。でもアースウィンド&ファイヤーは聴いたことあるよ。それ、『宇宙のファンタジー』だね。吹奏楽アレンジが出てる」
みきおは、2人にかまわず歌っているかおるの鼻歌を、かろうじて聞き分けることができた。
「ファンタジー、が元の曲名なの。どうして宇宙のファンタジーになっちゃったのか、さっぱり理解できない」
かおるは、鼻歌をやめて、やれやれという感じに肩をすくめた。
「吹奏楽アレンジ、やってみてもいいんじゃない?」
みきおは、水を向けてみた。
「アレンジ楽譜、知ってるわ。どこかの高校が定期演奏会でやってた。でもねえ、元の演奏の雰囲気はなかなか出せそうにないんだよねえ」
かおるは、首をすくめて、否定的に言った。
「元の雰囲気なんか、出せなくていいんだ」
あきらがきっぱりと言った。
「なんで?」
「だって、吹奏楽だろ? 何をやっても吹奏楽にしか聞こえないぜ。それでいいんじゃない?」
あきらは、ジャズはジャズ、吹奏楽は吹奏楽、とジャンルの違いを割り切って考えているのだった。
「じゃあ、吹奏楽のオリジナルばっかりやればいいってこと?」
かおるは、首を傾げた。
「そうじゃないさ。どんな曲をやったっていい。吹奏楽で演奏したら、どんな曲も吹奏楽らしくなるってこと」
「それはそうかもしれないな。ジャンルの違いにとらわれてもしょうがないってことだろ?」
みきおが言うと、あきらはうなづいて見せた。
「そういうこと」
「そうかなあ? よくわかんないな」
かおるは、首をひねった。
「まあ、考えろ。考えるのも指揮者の仕事のうちだ」
あきらは、かおるの肩を軽く叩いた。
かおるは、黙ったままあきらの肩を軽く叩き返して、また考え込んだ。
みきおは、そんなかおるの横顔を、じっとながめていた。
「お、もうすぐチャイム鳴るぜ。サックス片付けてくる」
あきらは腕時計を見て、大急ぎで廊下の古い木製のロッカーの上に載せていたアルト・サックスをケースに片付け始めた。
「じゃあ、また昼休みにね」
かおるは、みきおを促して、教室の方に歩き出した。みきおは、あきらに苦笑をして見せてから、あわててかおるのあとを追った。あきらは、2人のあとを見送ることもせず、手早く楽器をケースに片付けて、部室の方に向かって早足に歩き出した。


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第1章  ユニゾン1〜謎の楽譜

1)謎の楽譜 その1


「え、これ何?」
思わず大声を出して、立花かおるは棚の最上段から取り降ろした古いハトロン紙封筒の表に見入った。
埃まみれで、ところどころ消えかけている黒いマジックの文字は、ひどく乱雑に書かれた筆記体のアルファベットで、すぐには判読できなかった。
「誰よ、こんな古いの置いといたのは?」
ぶつぶついいながら、かおるは埃だらけの大判ハトロン紙封筒を、そっと両手に持って、棚の隙間からもぞもぞと抜け出た。
それというのも、この吹奏楽部の部室は、人が1人やっと通れる幅しか残されていないのだ。それ以外の空間は、全て天井まで届きそうな棚で占められていて、棚には部員たちの楽器と、吹奏楽部所蔵の楽譜の入った封筒がぎっしり詰まっている。棚の最上段には、なにかよくわからないので誰も開けようとしないダンボール箱や、山積みになった埃まみれの封筒や、なぜだか野球のバットやプラモデルの宇宙船などがのっかっていた。
かおるが踏み台を隣の音楽室から借りてきて、ほこりで窒息しそうになりながら封筒の束を降ろしたのは、ほんの気まぐれだった。
楽譜を整理し始めると、かおるはいつも作業の途中で、気になった曲のスコアを封筒から引っ張り出して読み始めてしまう。だから、棚の上に載せてあった埃まみれの封筒が、見たこともない曲の楽譜らしいと思うと、もうたまらなかった。
整理は中断し、かおるはまず狭い部室から廊下に出て、封筒の上にうずたかく積もったほこりを、そっと息を吹きかけて飛ばそうとした。けれど、分厚くつもった埃は、そのぐらいではびくともしなかった。
一旦、封筒を廊下の壁際のロッカーの上に置き、部室に引き返して、ぞうきんをとってきた。廊下の窓は、錆び付いていて動かないものが多いのだが、かろうじて開くことができる窓の1つを、窓枠をぐっと引き下ろして蝶番を回して開いた。外のグラウンドからは、野球部のものらしきかけ声が響いてくる。
かおるは、窓の外に向かって、ぞうきんで封筒の上のほこりを勢いよくぬぐった。分厚い埃はごっそりと動き、一度は窓の外に飛んでいきかけた。しかし、当然の結果として、風に吹き戻されてかおるの方に舞い戻ってきた。かなり大きな埃の塊がいくつも、かおるの顔といわず髪といわず、ピンクのポロシャツの胸元にまでへばりついた。
かおるは、封筒をロッカーの上に放置して、洗面所へ駆け込んで顔を洗い、ハンカチで可能な限り、ポロシャツについたほこりを落とした。二つくくりにした長い髪にもついてしまったほこりは、手ではらえる限りはらったが、髪を濡らして洗うわけにもいかず、あとはあきらめた。
戻ってみると、ロッカーの上にお尻をのせて座った佐久間あきらが、例の封筒を手に持って、判読しがたい封筒の文字を読もうとしていた。近づいてきたかおるを見て、あきらは尋ねた。
「なんだこれ?」
「部室で見つけたの」
「なんて書いてあるんだ? 消えてて読めない」
あきらは、目を細めて封筒をしげしげとながめた。
「C、Hと、P…Aかな?」
「CHPA、チャパ? なんだろう?」
かおるは、あきらの覗き込んでいる横から、顔を寄せて封筒の表面に目を凝らした。
「チャパじゃないよ。字の間にまだ別の字がある。CH…PA」
その間の数文字とその配置から、あきらは不意に《チャーリー・パーカー》ではないかと閃いた。
「パーカーの楽譜だ、それ」
チャーリー・パーカーは、アメリカのジャズ史に残るサックス奏者で、ビバップの代名詞、モダン・ジャズの大家だ。あきらはアルト・サックスでいつもパーカーの録音を真似して練習している。
「パーカー? それなに?」
かおるがきょとんとして尋ねると、あきらは呆れたような目で彼女を見た。
「ええ? パーカーを知らない? チャーリー・パーカー。偉大なるアルト奏者だぜ」
「ああ、名前は聞いたことあるかな?」
かおるは、うろ覚えの記憶を探りながら、あきらの手から封筒を取り戻した。だが、封筒の表面はほとんど判読不可能になっていた。無理に埃を落としたせいで表面が全体的にまだら模様になり、さっきかろうじて判読できたアルファベットも、ほこりのデコレーションの下にほとんど隠れている。
「さっきはもうちょっと読めたのに」
がっかりして封筒をながめているかおるを、あきらは笑った。
「ほこりを落としたいんだろ? こんなの、はたきをかけたらいいんだ」
「はたきって…大掃除じゃあるまいし」
「いや、ほんと、はたきで落ちるよ、こういう埃は。いつも古いレコードジャケットのほこりを落としてるのをみてるから」
「でも、部室には、はたきなんかないよ」
「明日、持ってきてやるから、このままにしといて」
そう言って、あきらは封筒を指差した。
「うーん。いや、あたし、一度持って帰って水で拭いてみる」
「ほこりがひろがって、ますます読めなくなるよ」
「気をつけてやるよ」
「じゃ、お好きに」
あきらは、ロッカーから勢いよく飛び降りた。
「佐久間くん、これから自主練?」
「うん」
「じゃ、部室の鍵、お願いね」
「おう」
部室に入っていくあきらを見送ると、かおるは封筒を手に持ったまま廊下を歩きかけて、すぐに向きを変えてまた部室に戻った。中にバッグを置いたままだったのだ。
ちょうど、部室の中からアルト・サックスのケースを片手に、あきらが出てくるところだった。右手には、はたきが握られていた。
「ええー?」
「あったぜ」
あきらは、ニヤリとしてはたきを差し出した。
「なんで、はたきが部室に?」
かおるは、目を丸くした。
「さあな。先輩たちが大掃除に使ったんだろ」
「そうかもね」
2人は笑いながら部室を出て、また廊下のロッカーのところに戻った。
あきらは、サックスのハードケースを木の床の上に置いた。かおるが封筒を手渡すと、あきらは封筒を両手でしっかり持って、上体の真正面に思い切り突き出し、目を閉じた。
「よーし、やってくれ」
「いくよ?」
かおるがはたきをかけると、封筒の表面の埃がかなりとれた。
それでも、ハトロン紙にしみついた埃の薄膜は残っていたが、黒マジックで書かれたアルファベットの文字は、ほとんど判読できるようになった。
「さすがは、あきらくん。いいレコード屋さんになれるよ」
「うるせえよ」
あきらはまたロッカーの上に飛び乗って、腰を下ろした。
「どれどれ? C、H、…P…。やっぱりチャーリー・パーカーだね。下に書いてあるのが曲名かな? ええっと…」
あきらは、封筒の文字をみて、すぐにピンときた。
「アイ・ガット・リズムだ」
「あ、そっか。だったらこれ、曲の楽譜じゃなかったね」
かおるは、ちょっとがっかりしたように言った。
「なんで?」
「だって、リズム練習かなにかでしょ? アイガットリズムって」
「それ、曲名だよ」
あきらは、呆れたようにかおるをながめた。
「アイガットリズムって曲? 聞いたことないな」
「ガーシュインだ」
「え? でもチャーリー・パーカーの曲でしょ?」
「違うよ、作曲者だ」
「知ってるよ、ガーシュインぐらい。『ラプソディー・イン・ブルー』の人でしょ?」
「そう」
「でも、封筒にはパーカーって書いてる。ああ、わかった! 編曲ってこと?」
「さあ、どうかな。とにかく、楽譜の曲は、『アイ・ガット・リズム』っていうガーシュインの曲だよ。パーカーが編曲したのか、あるいは、パーカーが演奏したのを譜面に書きおこしたのか」
「とにかく、中を見てみようよ」
かおるは封筒を持って口を広げ、中に入っている古そうな紙の束を慎重に引き出した。
「あれ? 違う」
「何が」
「アイ・ガット・リズムじゃないよ」
「何て書いてある?」
かおるは、楽譜の束を封筒から全部引き出して、ロッカーの上に載せた。あきらは、紙の束をのぞきこんだ。
「ええっと、S、A、M、…、サマータイム。これもガーシュインだ」
「へえ? そうなんだ」
「うん。名曲だよ」
「さすが、よく知ってるね。これもジャズ?」
「いや、どうかな。もともとは、歌だよ」
あきらは退屈してきたように、大きなあくびをした。
「へえ。ガーシュインって、歌も作曲したんだ」
「歌っていっても、オペラだかミュージカルだかの曲だったと思うけど」
「オ、オペラ? ガーシュインって、オペラも作ったの?」
かおるは、目を丸くした。彼女の癖だ。この表情になると、かおるはまるで童女のようにあどけなく見える。
「うん。たしか、『ポーギーとベス』っていうやつ」
「知らない」
「指揮者のくせに」
あきらは、思わずぽろっと言ってしまった。
「うるさい! あたしは吹奏楽の指揮者なんだよ」
かおるは、あきらの方に舌を突き出して見せた。それから、楽譜をのぞき込んで、読み始めた。
「でも、そんなオペラ、あったんだね。ガーシュインって、ジャズ風のオーケストラ曲ばっかり作ってたんだと思ってた」
あきらも、楽譜をながめていた。すぐ下に、かおるの二つくくりの長い髪の生え際と、真っ白で滑らかなうなじがいやでも目に入った。
「どうすんだ、この楽譜」
「そうねえ。あたしたち、ガーシュインの曲なんか、やるかな?」
「とりあえず、楽譜係に渡しとけば?」
「うーん。でも、これ、吹奏楽の譜面かどうかわかんないし。だいたい、うちのクラブのかどうかも、わかんない」
「なんで?」
「はんこ、押してないよ」
「ふーん。でも昔は、楽譜にはんこ押してなかったのかもな」
あきらは楽譜を1枚取って、上から下までみてみた。
「うん。そうかもね。どっちにしても、所有者がわかるまで、楽譜係の仕事を増やすこともないかな」
「お好きに」
「うん」
「じゃな」
あきらは、ロッカーから身軽に飛び降りた。
「あ、帰るの? 待ってて、あたしも」
「帰らねえよ! 今来たとこだ」
あきらは、床に置いてあったアルト・サックスのハードケースを持った。
「あ、そうだった。ごめんね。練習の邪魔したね」
かおるは、広げた楽譜をまたまとめて、封筒に入れ始めた。あきらは、廊下を歩きかけて、振り向いて言った。
「その楽譜」
「ん?」
「正体がわかったら、教えろよ」
「うん!」
「じゃな」
「うん。ばいばい」
封筒を手に、廊下を帰りかけて、かおるは、またすぐに引き返した。
「しまった。またバッグ忘れるとこだった!」

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2)謎の楽譜 その2

授業が終るのを待ちかねて、立花かおるは「桃館」の教室を飛び出した。
この高校の校舎は、同じデザインの校舎が平行に並んで建っているのではなく、時代ごとの特徴を如実に表している形も高さもバラバラな校舎が、場所もバラバラに建っている。
かおるは2年生で、クラスは通称「桃館」の2階にあった。桃館の階段を下りると、正門からまっすぐに続くメインストリートの向かい側に、真新しいシンプルなデザインの「新館」が建っていた。4階建ての校舎が壁のようになって、中庭と旧館はほとんど見えていない。
かおるは、メインストリートをまっすぐ旧館の方に向かって、なかば駆けるように足を早めた。中庭はこんもりと盛り土がされて、芝生が植えてある。その芝生の上で、色とりどりのTシャツ姿の男子たちが、寝転んだり、あぐらをかいたりして、なにかしきりに議論しているようだ。おそらく、さっきの授業が自習だったのだろう。
この高校は、制服がないので服装は自由で、校則もかなり緩いものだった。授業が自習になると、みな適当に校内をうろうろして、たいていは図書館で勉強するか、旧館にある古い方の体育館でボール遊びをするか、中庭でたむろしているのが常だった。
かおるが中庭の横をまっすぐに通り過ぎようとすると、不意に名前を呼ばれた。
「たちばなー」
みると、黒いTシャツ姿の巨漢があぐらをかいたまま、手を振っていた。吹奏楽部の部長で、チューバ奏者の桜井敦士だった。
「合奏、どうするー?」
大声で訊いてくるので、かおるは、立ち止まらずに歩きながら返事した。
「今日はパー練で!」
「わかったー」
のんびりと片手を挙げて答えると、桜井はまた友達とのおしゃべりに戻った。
『Tシャツ着るならモノトーンじゃなくカラフルなものにすればいいのに。あのでかい身体で、黒Tシャツにブルージーンズじゃ、まるでサーカスのくま』
かおるは、一人でクスクス笑った。
かおる自身はというと、秋のはじめとはいえ残暑の厳しいかんかん照りの日なので、こざっぱりとした白地に水色の水玉模様のワンピースにサンダル、といった避暑地風の格好だった。
今日の吹奏楽部の練習は、元々合奏の予定はなく、吹奏楽の楽器ごとに集まって別個に練習するパート練習、略してパー練の予定だった。それでも、まめに予定を確認するのが桜井の常だった。豪放磊落そうな見かけに似合わず、神経が細やかでよく気がつく性格は、いかにも大所帯の吹奏楽部の部長にふさわしいのだった。
なにしろ、指揮者のかおる自身は、音楽のことで大方の時間は頭がいっぱいで、実際のクラブ運営にはほとんど役にたっていない。今日も、パート練習の間、指揮者は暇なので、これ幸いと前に見つけたジャズの曲の譜面を調べようと思っていたのだ。
中庭をはさんで、旧館と呼ばれる古い校舎が建っている。この校舎は戦前からある重厚な3階建てのモダニズム建築で、L字型に正門の方に伸びた端っこが、かおるの教室のある桃館と隣り合うかたちに建っている。このL字型に建つ旧館が中庭を囲うように新館と向き合い、この高校の校舎群のいわば中心点を形作っていた。
旧館の3階の西の端に音楽室があり、その練習室のいくつかが吹奏楽部の部室に使われていた。
部室といっても、実際には楽器置き場と楽譜その他の物置き状態だった。おまけに廊下との間の通路には、ぎっしりと備品のパイプ椅子が収納されていて、ほとんど人の入る余地がない。それというのも、吹奏楽部は総勢60人近く部員がいて、その楽器や楽譜、譜面台は、練習室2つでも納まりきらないほどあった。合奏練習で使うパイプ椅子もほぼ人数分あったので、それだけで部室前の通路が埋まってしまっているのだ。
大きな音楽室を吹奏楽部の練習に使えるならいいのだが、音楽室はコーラス部の活動場所だった。なにしろ、ピアノがないとコーラスの練習はできないので、吹奏楽部としては譲らざるをえない。おまけに音楽の先生はコーラス部の育成に熱心で、吹奏楽部の方は形だけの顧問だった。
それで、吹奏楽部は長年、顧問の先生の指導はほとんど受けていなかった。代わりに自分たちの中から指揮者を選び、OB・OGの中に音大進学者がいればその人に時々、指導を頼んだりしながら、自分たちで工夫して練習をしてきたのだった。
練習場所も、旧館の普通教室のいくつかを放課後、練習場所として借りて使わせてもらっていた。吹奏楽部というのは、楽器ごとに分かれて練習するのが常である。楽器の種類は、大きく分けて金管楽器、木管楽器、打楽器の3種類だが、金管はトランペット、トロンボーン、ホルン、ユーフォニウムなどに分かれ、木管楽器はもっと種類が多い。それぞれの楽器ごとに練習しようとすれば、教室は少なくとも10個近く必要だった。
練習場所の割り当ては、音楽室に近い教室に打楽器などの大型楽器、あとはその日の先着順で決めていた。もっとも、教室にはもちろんそのクラスの生徒が居残る場合もあるのだが、そういうときは他の教室を借りている楽器パートと同居して練習することになった。
この高校には夜間授業の定時制があったので、昼間の全日制の部活は全て、定時制の生徒が登校してくるまでに終えなければならない。その都合で下校時間は厳守だったし、教室に自分の持ち物を置いて帰ることも禁止だった。教室を練習場所に借りている吹奏楽部の場合、後片付けで忘れ物をしないように注意しなければならないのだった。それでもたまに、教室に楽譜などを忘れて帰ってしまう場合もあったが、そういうとき、定時制の生徒が親切にも掲示板に貼って置いてくれたりもした。
今日はパート練習なので、楽器ごとに別々の教室に集まって基礎練習をしたり、曲をさらったりする予定だ。その間、指揮者のかおるは好きなだけ楽譜の研究に集中できる。
音楽室ではコーラス部がすでに三々五々、発声練習を始めている。音楽の授業で使う練習室の一つを、この日、かおるは予約してあった。そこのアップライト・ピアノに自分のショルダーバッグを置いてから、部室に戻って、例の謎の楽譜を取って戻った。
狭い練習室は、音楽の授業で個別に楽器や歌の練習をするために区切ってある小部屋だった。アップライト・ピアノが部屋の半分くらいを占領しているので、閉所恐怖症の者にはとうてい耐えられないぐらいの狭さだ。
けれど、かおるは穴蔵のような狭い空間におさまるのが好きで、この練習室に籠ると気分が落ちつくのだった。
「ね、ちょっといい?」
いきなり練習室のドアが開いて、吹奏楽部のトロンボーン奏者、木下幸が顔を出した。
「あ? うん、なに? ゆきちゃん」
かおるは、スコアに没頭していた顔を上げて、ぼんやりとした目を幸に向けた。
「パート練習なんだけど、あとでいいからちょっとみてくれない?」
幸は、トロンボーンのパートのリーダーで、副部長もやっている。
「ああ、うん。わかった」
かおるは、半ば上の空で幸に手を振ってみせ、またスコアに目をおとした。
「なあに? 新しい曲?」
幸は、練習室に入ってきて、かおるの頭の上からスコアをのぞきこんだ。
「あ、これ、ジャズだね。初期の」
幸は、手書きで判読しにくいスコアのページをじっと凝視してから、指摘した。
「え? ゆきちゃんわかるの?」
かおるは、びっくりして幸を見上げた。
「だって、リズムがスウィングだし」
「どこ? そんなの書いてる?」
かおるは、スコアの最初のページに戻ってみたが、リズムの指定は特に書いていない。すると、幸はあっさりと言った。
「そりゃ、リズム・セクション見たらわかるよ」
「あ、そっか。まずパーカッションをみればいいのか」
「だって、そうでしょ? かおるは、まずどこをみるの?」
「メロディーラインよ」
かおるは、手書きのスコアの、クラリネットやサックス、トランペットなどのメロディーパートを指さした。
「ああ、そうね。その方が曲はわかりやすいものね」
「うん。普通はね。でも、これはちょっと独特の曲みたいだよ」
かおるは、眉をしかめてスコアをにらんだ。幸は、その肩越しにスコアをじっとみて、こともなげに言った。
「これ、普通のスウィングよ」
「スウィングだからか。どうも拍数が合わないと思った」
「拍数が合わないって? そうかなあ?」
幸は、人差し指を振りながら、声に出してリズムを数え始めた。
「あ、ほんとだ。なんか1拍多い」
「でしょう? それに普通、スウィングのスコアなら、最初にスウィングって書いてあるから。これ、全部スウィングになってるの?」
「どれどれ? みせて」
幸は、練習室のピアノの椅子に、かおるとお尻をひっつけて腰をおろし、古びた手書きスコアのページをめくった。
「最初から、ドラムがスウィングを叩いてるし、そのままインテンポで進んでる。あ! これ、ガーシュインじゃない? 何の曲? メロディーになんとなく覚えがある」
幸は、メロディーラインをピアノでちょっと弾いてみた。
「そうそう! ガーシュインなのよ。よくわかるね」
「だと思った。この手の初期ジャズの曲って、あんまり吹奏楽にはアレンジされてないし、ガーシュインなら、半分はクラシックだから、アレンジしやすいもの。あ、これ、サマータイムじゃない?」
幸は、ピアノで弾いてみたメロディーラインを、鼻歌でうたってみた。
「すごーい! 知ってるんだ?」
「だって、サマータイムなら、ガーシュインの代表曲だもの」
「へええ、そうなんだ。ゆきちゃん、ジャズ、くわしかったんだね!」
「まあ、かよちんには負けるけど」
「へええ? かよちんもジャズ好きなの?」
かよちん、こと、矢代佳世は同じ2年生のドラム担当だった。
「うん、だって、時々ドラムでジャズのアドリブ叩いてるよ」
「そうだったんだ。あれって、めちゃくちゃ叩いてるんじゃなかったんだ」
「めちゃくちゃ… まあ、めちゃくちゃに近いけどね」
幸は思わず笑った。そんな幸に、かおるは頼みこんだ。
「ねえ、ちょっとこのスコア読むの、手伝って」
「え? だって、パー練は?」
「いいって、そんなの。ちょっとだけ」
「そう? ま、ちょっとなら」
幸は、かおると肩を寄せ合ってアップライト・ピアノに向かい、古い手書きスコアを1ページ目から順番にページを追いつつ、片手でピアノの鍵盤をゆっくり叩いた。
かおるは、幸の背中に片手をまわして、スコアをじっと目で追っていきながら、ハミングでメロディーラインをとぎれとぎれにたどっていった。
「これ、いい! 素敵な歌だ…」
「かっこいいアレンジだなあ。誰が編曲したんだろ?」
お互い注目するところが違うのだが、2人ともいたくこの曲を気に入ってしまって、とうとう曲の終りまでスコアを読んでしまった。
「これ、ドラム入れて通してみたい!」
かおるはスコアをつかむと、幸をうながして練習室から飛び出した。
音楽室の真向かいの普通教室は、打楽器パートが練習している教室だった。打楽器が一番重いので、音楽室のすぐ向かい側の教室を使うことになっているのだ。矢代佳世は教室の中でドラムセット用の丸椅子にすわり、退屈しのぎにスティックで軽くハイハットを叩いて、8ビートのリズムを続けていた。
そこへ、立花かおると木下幸が駆け込んで来た。
「かよちん! ちょっといい?」
片手にトロンボーンを持った幸が言った。
「ああ? なに? 合奏?」
佳世は、ハイハットを軽く叩き続けながら、2人をみて問い返した。
「違うよ! ちょっと手伝ってほしいの」
かおるは、手に持ったスコアらしきものを振ってみせた。
「いいよ。なに?」
佳世はスティックをとめて、締めくくりっぽくバスドラムをどどん、と踏んだ。
佳世の見た目は髪の長いお嬢様風で、色が非常に白く整った顔立ちをしていた。実際、その外見のままのお嬢様育ちだった。しかし、見かけによらず腕力があり握力が強いのは、幼い頃からピアノを習ってきたせいだった。小学生の頃、両親にねだってドラムを練習し始めたのがすっかり性に合って、いまではドラム少女に成長していた。。
「これなんだけど、ちょっと合わせてみたいんだ」
幸はトロンボーンを持って、ドラムセットのすぐ側に立った。
「この曲、ちょっと気になるのよ」
かおるは、手に持ったスコアのページを開いて、佳世にみせた。
「んー? なに? ポップス?」
佳世は、面倒くさそうにのぞきこんだ。
「ううん、ジャズだと思う」
かおるは、ドラムスの箇所を指で示した。
「お、ジャズかー。いいね。やろう!」
佳世は、ろくにスコアを見もせずに、すぐさま足でバスドラムとハイハットのペダルを踏んだ。スティックで閉じた状態のハイハットの端を、軽やかな8ビートで叩き始めた。
「いや、ちがうんだ。8ビートじゃなくって4ビート」
幸は、割って入った。
「4ビート?」
佳世は、ハイハットの叩き方を変えた。
「ううん、スウィングなの」
かおるは言って、またスコアを佳世の目の前に広げようとした。
「なんだ、スウィングか」
「あ、かよちん、スウィングをばかにしてる?」
幸は笑った。
「ばかになんかしてない。いまいちなだけ」
「え? かよちん、ジャズ、好きじゃないの?」
かおるは目を丸くした。
「ジャズ、好きだよ」
佳世はまた、8ビートに叩き方を戻した。
「いや、そっちじゃなくって」
「わかってるよ、スウィング、スウィング!」
佳世は器用に、ミディアムテンポの8ビートをスウィングさせて、スネアドラムもまじえて叩きだした。
「え? スウィングって、それ?」
と、かおるは、いぶかしげにきいた。
「4ビート、古いんだよ。あたしが好きなのは、こっち」
と、佳世は8ビートのドラミングをひとしきり叩いてから、手を止めた。
「で、なにを手伝えって?」
「だから、ちょっと合わせたいの。さっきから言ってるじゃない」
幸はトロンボーンを口にあてて、『サマータイム』のメロディーを吹き始めた。
佳世はそのメロディーを数拍聴いただけで、すぐさまスローなスウィングで、トロンボーンに合わせてスネアを叩きだした。
かおるは、二人の部員の絶妙なテンポの合わせ方と、即興的に演奏を開始していく鮮やかさに、内心舌を巻いた。
『これ、いけるかも?』




第2章 ソロ1〜ジャズ喫茶と古本屋
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へ続く



IMG_6812のコピー



『ウィ・ガット・サマータイム!』
主要なキャラ


早瀬みきお

吹奏楽部の2年生。コンサートマスター(クラリネット担当)。
眉目流麗。生真面目な性格なので、部員の信頼も厚い。がっしりした体格に、面長で目鼻立ちの整った顔。唯一の欠点は、服装にこだわらないこと。


立花かおる

吹奏楽部の2年生。指揮者。
女子としては背が高く、すらりと痩せた体格。小学生の頃からクラスのリーダー格で、前に出て指示するのがよく似合う。天然ボケがユーモラスで、愛すべき人柄。みきおの母親のピアノ教室に幼い頃から通っていた。みきおとは住んでいる市が違うので小中学校とも別だったが、ピアノを一緒にやっていたので、いわば幼馴染の友達どうし。


佐久間あきら

吹奏楽部の2年生。サックス奏者。
大柄でたくましく、陽気な笑顔が特徴。髪は長く伸ばしていつもモジャモジャに絡み合っており、二重の目が大きい。ミュージシャンとしてアメリカデビューすることが目標だ。みきおとかおると仲良しだが、音楽観の違いに悩む。


桜井敦士
吹奏楽部の2年生。部長(チューバ担当)。
巨漢で、豪放磊落そうな見かけだが、神経が細やかでよく気がつく性格。


木下幸
吹奏楽部の2年生。(トロンボーン担当)。
細かいことにこだわらない性格で、常に前向きなので、部内のトラブルも上手におさめる。


矢代佳世
吹奏楽部の2年生。(ドラム担当)。
あだ名は、かよちん。髪の長いお嬢様風の見た目で、色が非常に白く、整った顔立ち。外見そのままのお嬢様育ちだが見かけによらず腕力がある。理系科目が得意で計算にも強く、吹奏楽部の会計を任されている。頼まれると断れない性格。


桂川先生

片桐市にある関西府立晴日山高校の吹奏楽部の顧問。物理の教師。独身で、学校からほど近いところにある実家住まい。

片桐市内の古本屋《南蛮屋》の店主

《南蛮屋》は、この市内で一番大きな古本屋。私鉄駅からまっすぐに古い神社に向ってのびる参道沿いの、商店街のはずれにある。

ジャズ喫茶《チェ》のマスター

40代ぐらいだが年齢より若くみえるので、客はたいてい30代かと思う。古書店主と同じ歳で、高校の同期だった。


【物語の舞台】

片桐市にある関西府立晴日山高校

片桐市の国鉄駅のすぐ近くにあり、通学に便利。関西府立高校の中でも人気の高い学校で、元々は高等女学校、戦前からある伝統校。
校舎は大正から昭和初期にかけての近代建築で、優雅なデザインであり、分厚い石の建材や、明かりとりの窓の飾りなど、大正ロマンの雰囲気が漂っている。
「旧館」と呼ばれる中央校舎には、第二次大戦中に米軍のグラマン戦闘機から機銃掃射を受けた弾痕が残っている。戦時中、校舎は病院代わりに使われた。


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物語の時代背景
1983年の関西府。
冷戦の時代。バブル前であり、景気は良くないが、国の雰囲気は安定していて、いかにも平和な空気があった。まだポケベルも携帯も、パソコンさえなかった時代。昭和の最後の数年、公立高校の生徒たちは、部活一色の生活をエンジョイしていた。




第2章  へ続く

第2章 ソロ1〜ジャズ喫茶と古本屋
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ウィガット表紙用2


土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/