「嘘」

以下、作文の練習として60分800字以内の制限で書いたものです。(2019/7/14)


「御社が第一志望です」
 それくらい言えると思っていた。それさえ言えば嘘は成立すると思っていた。就活生の口癖かのようなセリフの存在は、就活事情に疎い私も知っていた。だが、私は知らなかった。嘘とは、一言で成立しない、どこから攻撃されても崩れない完全な設定の上でしか成立しない、ということを。
 一年遅らせる予定だった就職を早め、急きょ今年の就活を決めたのは四月。最も興味のあった記者職は、海外からの選考参加は認められず、留学から帰国後に受けられるのは一社のみだった。一度社会に出てから記者に転職する手もあると考え、留学経験者向け選考を行う企業を中心に、幅広い業界で受け始めた。すると、面接では「弊社の志望順位は」と直接聞かれるのではなく、他に受けている企業・業界とその共通点といったあらゆる角度からの質問により志望度を確認される、ということを知り驚いた。相談した友人には「他業界は言わないのが鉄則」だと教えられた。
 「この企業の時には他社の選考状況はこう言おう。でもそうするとあの話と矛盾する…」と、一つの嘘をつくために十個以上の設定を考えなくてはならない。そんな周到な準備をすればするほど、私は自分の本当の気持ちを強く感じるようになった。「興味がある」程度だった記者に、なりたくてたまらなくなった。「本当にやりたい仕事なら、こんな準備もなくスラスラ話せるのに」と何度も思い、嘘の世界を生きる辛さが募った。
 嘘は、他人に対してつくものであれ、結局は自分に向けられていて、自分に対する裏切り行為なのだ。つけばつくほど、嘘は自分の世界を蝕み、現実世界との差を突きつけ、自分を苦しめる。そこまでの代償を払ってでも自分が、誰かが、幸せになる結果が得られる時にしか、嘘はつきたくない。(735字)


※書いた時と状況が変わり、記者職を1社だけでなく複数受けられることになりました。
それ以外の内容は事実で、私の本心です。

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