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「30歳までにタバコを辞めれば肺はまだ元通りになるらしいぞ。」

肺の細胞が入れ替わるという話らしい。この会話をしたのが大体8年前。
30歳になった今も僕はタバコが辞められず、おそらく肺が元通りになる最後のチャンスを逸したのかもしれない。
とはいえ、この話をした相手は結局医学部を卒業できなかったので信憑性に欠けるが。

元を辿れば、僕は果てしない田舎から上京してきた。Youtubeを初めて視聴したのは高3で、そもそもインターネットで他人と繋がる経験自体が近未来都市T.O.K.Y.Oでしか行われない特殊なコミュニケーションだと思っていた。

「今んとこ東京に行くのはおめ一人だから、SNSぐれえ作っとかねえとな。」

上京するにあたり、放課後にクラスメイトと共に「僕が東京で友達を作る用」としてTwitterアカウントを開設した。当時の僕のアカウントのプロフィールや写真もその時にみんなが考えてくれた。もう12年も前の事だと考えると、リアルの交流用としてTwitterアカウントを作成するのは当時としては珍しく、逆に時代を先取りしていたのかもしれない。

その後、激太の実家に不義理をして出て行ったという経緯もあるが、今の僕の交友関係は100%インターネットだ。
何なら今度ネッ友の結婚式に参加するために北陸に行く。かれこれTwitterを始めてから10年以上の付き合いで、最早当時のアカウント名で呼ぶ事はなくなった。

それでもたまに10年前のSNSで交流してた頃の話で盛り上がる。
あいつはネット弁慶だったとか、あいつは今Instagramで人気者になったとか、良い大学を出たのに悪い事をするようになったとか。

当時のSNSは今の時代と比べると異様なほど身バレに気をつけていて、その分過激で尖っていた。ネット上での言動とリアル社会での振る舞いは当然のように乖離していて、悪意のある第三者によってバラされようものなら、それはネット社会での負けを意味していた。
そうしてお互いに不毛な探り合いを繰り返して疲弊した結果、誰からとなくオフ会が開催される。単純な興味もあったが、実際に会うという行為は「仰向けになって腹を見せ、弱点を握り合ってこの冷戦を終わらせよう」という合図でもあった。
喧嘩した不良が息を切らしながら同じ空を見上げて絆を深めるのと同じく、このプロセスにおいても特殊な絆が結ばれる。
金金金になってしまった今のおもんなさすぎインターネットにおいてはあり得ないが、当時はなまじ実社会では言えないような心の内を見せ合っている分、信用もできた。ここで言う信用とは金銭的なものや物理的なものではなく「多分これは本心なんだろうな」と感じられる瞬間があるということだ。少なくとも僕はそう思っていた。

元は予備校生のコミュニティだった僕らは、いつの間にか大学を辞めたり卒業したりしながら、結婚したり仕事を辞めたりした。
当時面白かったけど今は全然パッとしない人生を送っているヤツもいれば、当時のまま大学生を続けているヤツもいる。

会う度に「お前のブログは面白いからこの道で行け」と言ってくるヤツがいた。
いつまでも医学生のままのそいつは、友達が好きなオタク野郎だった。自分にとって面白いと思った人間を友達に紹介しまくるありがた迷惑な男で、思えば今の交友関係の多くは彼が間に入っている。
野球とアニメが好きで、人の話は何でもかんでも面白がる。僕の考え方の一つに「人の経験に同じものは無いから、さすがに全部がありきたりで面白くない人間はいない」というものがあるが、これは間違いなく彼の影響を多分に受けている。
僕はいつまでもフリーターで向こうはいつまでも学生だったから20代後半にもなると会う機会はグッと減ったが、それでも信用に値する友達だった。

背が高い割に姿勢が悪く、いつも虹色の服を着ていて、もう存在しない近鉄のキャップを被っていた。

この一年、自分はネッ友をどう弔うべきか悩むこともあったが、やはり「変だけど面白いヤツだったな」と覚え続けることにした。
当時は「なんかキモいな」と思っていたが、たまには「そり!☝️」と言いながら乾杯して、酒の肴にしても良い気がしてきた。

もし心当たりがある人間がいたら、たまにはあいつの話をしよう。これでムカついた知り合いがいたらそれはごめん。

集まったお金は全額僕の生活のために使います。たくさん集まったらカジノで一勝負しに行くのでよろしくお願いします。