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現代にも色濃く残る『アール・ヌーヴォー』の魅力と学び

美術史・デザイン史でその名を強く残す『アール・ヌーヴォー』は
1900年ごろのフランス・パリから始まった装飾美術様式として有名です。

イギリスで起きた『アーツアンドクラフツ運動』に影響を受け、植物や昆虫など自然モチーフの有機的な装飾が特徴とされています。

アール・ヌーヴォーの代表的な作家の1人として有名な、アルフォンス・ミュシャの作品からも、その特徴は現代人の多くが目にしていると思います。

ほかには、当時新素材として注目されていたガラスを使った作家としてエミール・ガレ、世界文化遺産として現在も建設が続く『サグラダ・ファミリア』のアントニオ・ガウディ、パリのメトロ駅のデザインで有名なエクトール・ギマールといった芸術家たちが活躍した、フランス・パリが最も華やかに隆盛した時代でもあります。
この時期のパリのことをベル・エポック(新しい時代)と呼び、今のパリの美しい街並みやエッフェル塔が作られていきました。
パリ万博でのサミュエル・ビングの店が、『アール・ヌーヴォー』という名称で出展されており、そのことがきっかけで世界的な流行へと発展しました。
ちなみにサミュエル・ビングは、日本の浮世絵、いわゆるジャポニズムに大きな影響を受けていて、ビングの作品にはその反映が見て取れます。
間接的にはアール・ヌーヴォーの世界流行は、日本の美術文化も一役を担っているとも言えます。

その後は第一次世界大戦の勃興で、世の中の意識が『実用的な物』に移り、アール・ヌーヴォーの華美で複雑な装飾美は工業生産に向かず、人々から受け入れられなくなりました。
代わりに台頭してきたのが、工業的で合理性のあるモダン様式『アール・デコ』です。
産業革命以降、さまざまな発明・開発がされてきましたが、中でも『鉄道』が世の中を一気に加速させることになりました。
そんな『スピード』を象徴する直線的でモダンな表現がアール・デコのスタイルとも言われています。
また、アール・デコは第一次世界大戦と第二次世界大戦の間で流行したため、『大戦間様式』とも呼ばれることもあります。

以降、アール・ヌーヴォーはあくまでも前時代の美術様式という位置づけとなっていきました。

しかしながら、1960年代に再評価されリバイバル作品が多数生まれました。そしてパリでは日常の風景として今もなお残り続けている『アール・ヌーヴォー様式もあります。

例えば、

・歴史的な建造物が、商店やアパートとして現役のパリ市街16区
・パリのメトロの駅にある手すりの装飾
・新築の公衆トイレのデザイン

などで、現在も親しまれていたりします。

もちろん、アール・デコ様式の建築物も残っていますが、いずれにしても
19〜20世紀初頭のベル・エポックというノスタルジックな時代感に、現代でも触れることができるというのは、経済の発展と開発が目まぐるしい世界において、とても豊かなことだと思います。

「ファッションは廃れる。だがスタイルは永遠だ」という、イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)の言葉からも、フランスの『古き良き』を守り続ける文化の醸成が伺えます。

かつて、行きすぎた生産と消費の中で、生活と芸術を大切にしようと始まったイギリスのアーツアンドクラフツ運動。
それに影響を受け、フランスで生まれたアール・ヌーヴォー様式。
今もその魅力が絶えないのは、人が本能的に持っている暮らしの豊かさへの渇望が、そこにはあるからかもしれません。

豊かな暮らし・人生のためのデザイン。

現代社会でデザインについて考える時、古き良きアール・ヌーヴォーから学べることは、きっとまだまだ多いのではないでしょうか。


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