CASE 4 imai (group_inou) 前編


CASE 4 は、2003年に結成された音楽ユニット『group_inou』のトラックメーカー、imaiさんです。グループの休止後、2017年よりソロとなり、新しいことに挑戦し続けるimaiさんの音楽制作の裏側、苦悩や信念をがっつりと聞かせていただきました!会話が弾み、盛りだくさんのロングインタビューとなったため、今回は前編・後編に分けてお送りいたします!

自分にあった最適な装備

― 現在使用されているPCは、Windowsだそうですね。

imai そうです。Macは、制作でもライブでも使ったことがないです。

― スペックは?

imai スペック、俺よくわかってなくて……(笑)PCのこと自体あんまりわかってない。音楽作りをはじめた頃一緒にバンドをやってた友達がPCに詳しかったので、買うのに付き合ってもらったりして……。いまだに新しくPCを買ったり機材を買ったりする時はそいつに相談してるくらい。だから2年位前まで、機材とかDTMの知識もほとんどなかったです。

― そうなんですね!なんか意外です。PCはお詳しそうという勝手なイメージを持ってました。しかし何と言っても、imaiさんといえば、作曲で主に使用しているという『ELECTRIBE』ですよね!

imai はい。『ELECTRIBE EM-1』は安いし、シーケンスが組めて、ドラムとシンセの音が入ってて……。最初は『ELECTRIBE』だけで曲を作っていて。だからPCに詳しくなくてもよかったし、途中でPCを導入した時も、PCはMTR的にレコーダーとして使ってただけ(笑)がっつりDTMをやってるように見えてたかもだけど、group_inouの時は『ELECTRIBE』で作って、多重録音する時だけPCを使うという感じでした。

― ほー。多重録音をする時は、『ELECTRIBE』をPCとクリック同期していました?

imai 機能的にはできるけど、それさえもしてなかったですね。

― せーので?

imai うん、せーので。何小節か録音したものをコピーしたり、新しいフレーズに切り替わるところとか、拍子やテンポ変わるとか、『ELECTRIBE』 内で編集して一発録音で。ライブは『ELECTRIBE』を同期してやってたから、全部こっちで完結してて、PCはCDで発売する時、ミックスする前に音の取り込みとエフェクターで少し使うだけ。

制限の中で

― 本当にimaiさんにとってPCはMTRだったんですね(笑)『ELECTRIBE』は、たとえばimaiさん流に使い方などを開発したり工夫はされてました?

imai そうですねー。『ELECTRIBE』は、ドラム音を同時に沢山鳴らせるけど、シンセはモノが2系統しかないので、モノが2本しかないとなると、本当に2音しか同時に鳴らないわけで……。でも初期は『ELECTRIBE』1台しか使ってなかったので、この2音で曲として成立させなきゃいけなかった(笑)片方をベースラインで使っちゃうと、もう上モノはモノ1本しかないじゃないですか。それじゃ普通の音楽にはならないから、一個のフレーズの中に髙い音程も低い音程も入れるんですよ。ベースラインを弾いて、その音の隙間に高い音程を入れると、ギターであれば高速でフレットを移動して低い音と高い音と交互に弾いてる状態になる。さらに全体にディレイをかける。そうすると結構和音が生まれるんですよ。それらをパズルのように重ねたら、全体としては結構聴けるというか、一応曲っぽくなる。

ドラムは8音くらいまで打ち込めるから問題なくて。でも、物足りなくなったから、同じ『ELECTRIBE』をもう1台MIDIで同期させて……。ドラムはそんなにいらないけど(笑)そもそも俺は、そんなにたくさんトラックは必要ないから、シンセの上モノをもう1本乗せる用。ドラムもシンセも土台は1台でほとんど作ってる。で、シンセはプラス1本して、だいたい計3本で作ってました。だから、自動的に他の人と違う感じの曲になるところもあったと思います。

― なるほど……。imaiさんの曲は、作り方だけじゃなく、音色もすごく特徴があって、個性的だなあと思っているんですが、音色はご自分で作り込んだものですか?

imai 『ELECTRIBE』のプリセットから選んで、内蔵のフィルターをかけたりという感じですね。あんまり音を重ねると、それぞれの音色が特徴がありすぎて、音がぶつかるのよ。生楽器みたいに何個重ねてもミックスできる感じじゃなくて、1本が変に太かったりとか、変なところの周波数が出てたりするとか、結構癖があって、音域が近かったするとぶつかり合って気持ち悪いから、音色はぶつからない事を最優先で選んでました(笑)

だからその時点でだいぶ使える音色が絞られるんですよ。で、2枚目のアルバムを出す時に「もっとDTMやりたいなあ」「新しいことやりたいなあ」と思って導入するんですよ、ソフトシンセを。MIDIで打ち込みをしたりとか色々挑戦したんですけど、なんかあんま良くなくて(笑)選択肢多すぎてめんどくさいなあってなっちゃって、それよりは少ない中でどう面白くできるかみたいのをやったほうが、まだやれる部分あるんじゃないかなって思って。だからgroup_inouやってる頃はほとんどが『ELECTRIBE』だけ作ったものでしたね。

― 制約の中で最善を尽くすの、ミッション感がありますね(笑)昔のimaiさんのインタビューを読んだら「ELECTRIBE でも2音まで出せますんで!」って言ってて。DAW全般、色々できるといっても、使い方を結構勉強しないといけないじゃないですか。DTMってハードルは低いけど、細かいことも色々やりたいとなるとハードルは低くない、というか低いハードルが奥までいくつも並んでるというか。音色を選択するのにも時間かかりますし……。

imai そうだねぇ。やり出すとねぇ……。

― どんな音楽が出来上がるかはもちろん大事ですけど、imaiさんはそれが機材の性能や機能による、というより、単純に行為によって出来上がる、弾き語りで音楽を作る人と近いなあと思いました。アコギが一本あって、ギターが弾けて、「これで作ろう」っていう感じ。

imai 自分は昔から色んなジャンルの音楽が好きだったから、どういう機材、形で作るかは全然こだわりがなかった。もともとバンドをやっていて、メンバーがいなくなったから打ち込みをはじめただけだし、はじめから打ち込みじゃなくてもいいというか、ただその時の自分には打ち込みしか音楽を作る手段がなかったから(笑)打ち込みで作り出して、今に至るという感じ。

でもソロになってからは結構ガラッと変わったんですよ。「これしか使わない」ということが、ある時から美学になっちゃって。インタビューとかでも「それしか使っていないの、やばいですね」って話を振られたりするし、そうなるとだんだん自分も「そうなのかな」って思いはじめて、そこから「俺はこういうやつだ」ってキャラクターを、自分で自分を演じるっていうゾーンに入るタイミングがあって、group_inouをやってた時は、そのゾーンに入ってて、自分を客観視できてない時もありましたね。

思い切ったら拓けた

imai けど、「group_inou を休止する」っていう会議があって、その帰りの電車の中で「あぁ、そうか。ひとりか……、でもまあ音楽はやりたいなあ、どうしようかなあ」と思った時にめっちゃアイデアが浮かんできて。昨日まではそんなことは浮かばなかったのよ(笑)なのに「休止する」って決まった直後に……。

― それまでは「これしか使わない」キャラの自分がいたけど……。

imai そうそう、それが消えて。電車の中で脳みそがパカっと開くくらいアイデアが溢れ出して(笑)「そういえば、あの機材、実は使ってみたかったなあ」「あれも導入してもいいかもなあ」とか、「誰かとやりたいって話になったら誰とやりたいかな?」とか。ババババーっと出てきて、リュックから会議用に持ってきてた大学ノートに書き出したら、家着くまでの間に2ページ埋まるくらい書けて。「やばい、これめっちゃやばい音楽ができるんじゃない!?」って、そこからはもう楽しみしかなかったね。しばらくは誰にも言えなかったけど、めっちゃワクワクしてた(笑)

― (笑)

imai 30年以上生きてきて、高校生くらいの音楽はじめたばっかり時の気持ちみたいな状態に、リセットされることがあるんだ!って、もう絶対にそういう気持ちになったり、感覚がリセットされることはないって、なんとなく思ってたのに、こんなにめちゃめちゃワクワクする事あるんだ、わからないもんだなって思って。

― それって、group_inouとして活動していた時、周囲の人の「それだけってすごい」っていう声とか環境もあって、機材や制作に縛りを課されて麻痺していって、休止することになった途端、急にその縛りが解かれた、ということですか……? 

imai いや、これはもう100%自分の問題かな。group_inouでは俺がトラックを作ってたから、たまに「楽曲を提供してください」とか「リミックスをしてください」っていう依頼があったりして、そういうのも周りの皆は「やってもいいんじゃん?」って感じだった。誰も止める人はいないし。むしろ俺がガチガチの状態になってて。「まずはgroup_inouがもっと売れないと意味がないっしょ」って縛りを作ってて、それが休止となった途端、勝手に解除されたっていう。

― imaiさんは責任感があるというか、「group_inouを突き詰めていこう」「今やっていることを大事にしよう」っていう強い意思があったんでしょうね。忍耐強いというか。

imai 自分がやっている音楽を突き詰めて、それが仕事になっていくにつれて、縛りが増えて、自分にも周りにも厳しくなっていったんでしょうね。そもそもは皆で楽しくやるために頑張っていたのに、縛りは増えていくばかりで、それを解除する機会がないまま来ちゃってた。

― その頃「縛りが増えてるなあ」って自覚はありました?

imai 感じてたんだろうけど、それは「縛りがある」っていう実感じゃなくて、イライラでしか感じてなかったの。「最近何やってもうまくいかないな」って。制作とか活動自体を続けたいじゃん?できれば。だから、ストッップしないように動けば動くほど、手の平からこぼれ落ちていく感覚があって「これはどうにもならないなあ」って。休止してしばらく経ってから、ようやく色んな事が冷静に分かってきた感じ。

― なるほど。group_inouで活動していた頃には、「縛っている」「他の手段もある」「あんなこともできる」ということをむしろimaiさんが考えられなくなっていたと。

imai そうだね……。この前出演したGEZAN主催の「全感覚祭」が本当に素晴らしくて。そこには同世代のバンドも何組か出てたんだけど、People In The Boxの波多野くんとか、LOSTAGEの五味くんと話してると、やっぱり自分たちの時代は難しかったなーって。これ全然制作の話じゃないけど大丈夫?(笑)

― どうぞどうぞ(笑)

ミュージシャンに対する幻想?

imai ウチら世代はギリギリ、ミュージシャンに対する幻想みたいなものがあって。例えば、クアトロでワンマンができてたら「音楽で食っていけてる」感じがしてたし、メロコアブームの時とか、皆めっちゃ景気が良かったし、あれくらいになれたら、すげー金持ちになれるんだろうなあって、安直に思ってて。生活なんて余裕でしていけるっしょって。でも実際は、クアトロやリキッドでワンマンやったってカツカツだったし。僕らはお客さんが増えだしたのとほぼ同じタイミングで、CDが売れなくなったり、いわゆる音楽不況が起きたから、一度もおいしい目ってあったことないと思う。そういう状況が、「まずやってるバンドで売れなきゃ」って頑なに思う要因の一つだったのかなって。

やってもやってもお金になっている実感がなくて、なんでこんなに仕事にならないの?って、仲間内でもお互いに厳しくなるし……。誰のせいでもないのに。今より、そのどうにもならなさっていうのは、皆はっきり問題視したり言語化できてなかった。不況になりはじめの頃っていうのは、この時期からだ!という断言できるわけでもなく、ゆるやかにそうなってるわけで。「今だ!」ってタイミング見計らってリリースしたら地震があったりとか……。

― 震災は音楽にも大きな影響があったかもしれないですね。

imai 「HEART」って曲のMVが出来た時に、はじめてお金を使って大々的に広告を出したのに、発表した直後に地震が起きてそれどころじゃなくなった。その状況でもツアーは決まってるから周らなきゃいけないし、共演はキャンセルになったり、あれはなかなかタフな経験でした。当時はそれをキツいと発言する事もはばかられたし。結果、時間が経ってMVも沢山の人に見てもらえたから良かったけど。

― 今の若い世代になると、imaiさんの言う音楽に対する幻想?というもの自体があまり見受けられなくなったような気がしますね。

imai そう。だって、仲良くしてる20代の子と話してたら、「いやいや、仕事は仕事で見つけるっしょ」みたいな感じで逞しいもん。ウチらの世代は景気のいい時代を見てるから簡単に諦めがつかないんだと思う。

良いことがあった時。一体になれること。

― では話を制作の方に戻しますね。imaiさんの曲ができるきっかけって何ですか?何かイメージとかテーマを決めて作業します?

imai サウンドに関して、具体的なイメージはないのよ。良いムードがある時は、手で触って作りはじめて一気に出来上がるって感じかな。楽譜も読めないし、「この音とこの音合うかな?」ってgroup_inouの時はやってて、今ではその手探り感覚で作るのにも飽きたんで、ちょっとだけ勉強しはじめました。『ELECTRIBE』で作ってた時も、少しはわかってたんですよ。白鍵と黒鍵があって、こういう移行をすると濁る感じになるんだなとか。そういうのは、自分の中での我流の呼び名をつけてて、独学で自分の中の名称で覚えるって感じ。それを今勉強し直してくと「あ、俺の呼び方でいうあれね」「本当はこういう呼び方するんだ」みたいな(笑)

― 自分だけがわかるような楽譜を作っていた感じですかね。

imai うん。シーケンサー自体目に見えて動いてる楽譜だし。ちょうど最近、曲が生まれる時のことをよく考えてて。昔は何も考えなくてもポンポン作れたんですよ。けど、それって音楽をはじめたばっかだったからで。13年もやってたらある程度自分ができるパターンはやり尽くしてるの。ってなってくると、最近はもう音楽ができるきっかけは、良いことがあった時とか(笑)

― 良いことがあった時(笑)
 
imai たとえば、さっきも話に出た「全感覚祭」が本当にやばくて、帰った次の日に鍵盤をぱっと弾いたらメロディが出てくる、みたいな。

― 「全感覚祭」のことを思い出しながら鍵盤を弾いて?

imai まあ、ボーっとしながらだよね。イベントのことを強く振り返ってとかじゃないけど、一つのきっかけとして遠征だとか、特に最近は遠征が楽しいから、その土地の人と知り合ったりして、そういう楽しいけど寂しい気持ちが影響する(笑)独りで遠くに行くのは、行きも帰りも寂しい。だけど楽しんだ余韻が頭の中に残って、それが消えないうちに曲作ろうとするとポチャンって落ちてくることがあって。そういう風にできる曲は、イケてる曲になるというか、ライブでやっても人から好まれるような、愛されるような曲ができる。独りになってからは、曲ができるタイミングって本当にそれだけかもしれない。

― なるほど。imaiさんは、「お客さんと一体となれる場の音楽」という前提で曲を作っていて、音源はきっかけと考えているとか。

imai そうだね。音源は昔から後回しになっちゃう。音源化するのが昔からあんまり得意じゃなくて。でも音源は出さなきゃなって思う。group_inouも最初の頃は何年か音源をずっと出してなかったし、ソロになってからも多くは出してないし、毎回新しい曲をライブでやっていく方が楽しいと思ってる。

でも、最近思うことが変わってきたんですけど……。ソロをはじめた当初は、一番楽しいのは知らない曲をはじめて聴く瞬間なんじゃないの?って思ってて。もちろん馴染みのある曲、たとえば、サザンの有名な曲を皆で一緒に歌うとか、そういう楽しさはわかるんですよ、感動することも。だけどライブに来て、はじめて見る全曲知らないバンドに感動することが個人的には多くて、ソロをはじめた頃は「初見の感動」を作ることに集中してた。ソロになって曲がどんどんできるゾーンに入ってたんで、音源をリリースするよりもライブ会場で次々と発表した方が、お客さんもライブに価値を感じてくれるんじゃないかなと思ってた。どっちにしろ音源を作ってもあんまりお金にならない時代になってきたし。でもやっぱりそれを2年弱やってたら、今度は毎回知られてない曲ばっか人に聴かせる事に飽きてきちゃって、音源をリリースしてる人たちが羨ましく思えてきた(笑)

― (笑)

imai お客さんが知ってる曲のイントロで盛り上がってる感じとか、ずるいなあってなって(笑)知られてない曲をライブで演奏しても盛り上がってもらえるんだから、音源出したら自分はもっといけるのかもなあっていう妙な自信が出て来て(笑)今はすごく音源を出したい!っていう気持ちが湧いてきてる。

― でもやっぱり、音源そのものをリリースすることに対する憧れというよりは、リリースすることでライブをもっと盛り上げることができるからという感じ?

imai そうそうそう。

宅録デモ音源を提供いただきました HERE

                    (後日公開、後編に続く……)


imai  group_inouのTRACK担当。2017より本格的にソロ活動を開始。クラブからライブハウスまで、これまで以上に活動の幅を広げる。『FUJIROCK FESTIVAL』『BAYCAMP』『森、道、市場』『ボロフェスタ』『全感覚祭』等の大型イベントにも出演。橋本麦が手掛けた「Fly feat.79,中村佳穂」のMVはVimeoのStaff Picksに選出、新千歳空港国際アニメーション映画祭の観客賞を受賞、香港のifva awardsで特別賞を受賞するなど、世界中で話題となっている。https://eveningtracks.tumblr.com

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DONCAMATIQ

音楽制作の多種多様なあり方を模索する。 インタビュープロジェクト「DONCAMATIQ(ドンカマティック)」
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