【家賃からの解放】 天国のような監禁
ありがたい仕事だった
ホテル暮らし
広めの部屋にオフィスデスク、ダブルベッド、簡単なキッチンに、風呂も付いている
バス、トイレも別
長期滞在するのなら、バスとトイレが別なのは、かなりのポイントとなる
4日に一度だが、清掃もしてくれる
離婚して以来、万年床を基本にして生きてきた身としては、4日に一度はパリパリのシーツの上に寝れるっていうのは、都度生まれ変わったような錯覚に陥る
まぁ、ほんの一瞬だが
施設内には露天風呂付きの温泉設備がある
それだけにとどまらず、ダーツやビリヤードを完備したバーや、カラオケ設備もあり
バーに行けば、たいていの飲み物が好きなだけ飲める
ビアサーバーに、あらゆるジャンルのお酒が棚にズラりと並ぶ
奥にはウォークインのワインセラーが見える
部屋にも簡単なキッチンがあるので、自炊も可能だが、ダイニングに行けば、一日三食、バイキングスタイルで食事ができ、そこでも酒が呑める
ちなみに仕事以外の時間は、外出も自由だ
とはいえ、これだけ施設が充実しているので、ほとんど出かけることはない
なんなら、ここ1ヶ月半近く、一歩も外には出ていない
運動不足になりそうだが、トレーニングルームもあり、予約すればパーソナルトレーナーも来てくれる
日光浴は、BBQをやれるようになっている中庭か屋上に出ればいい
他には、本や映画は、ダウンロードし放題だし、電子化されていないものは望めば購入しておいてくれる
あげればまだあるが、大事なのは、こんな至れり尽くせりの環境を与えられて、一歩も外に出ずに、いったい全体どんな仕事をしているのか、ということだろう
一言でいえば、一日中、ゲームをしているだけ、だ
「あゝ、ゲームのデバッグ屋さんか」
ーー 違います
「なら、オンラインゲームのチャンピオンだとか?」
ーー 違います
「なら、YouTubeのゲーム実況!?」
ーー 惜しいが違う
ちなみに、デバッグ屋というのは、リリース前のゲームに不具合がないか、実際にプレイしながらテストする仕事のこと
オンラインゲームも世界大会などもあり、トッププレーヤーは、一流のスポーツ選手と変わらない賞金を手にすることができるらしい
YouTubeのゲーム実況というのは、今度は、無事リリースされているゲームをプレイしながら、競馬や野球の解説さながら、実況を挟んでいくという動画を配信する
そんなもの人気がでるのか?と甚だ疑問に思うところだが、これが生身の人間が競い合う競技よりも再生回数が多いというのだから、世の中不思議なものだ
惜しい、と言ったのは、今やっている仕事がこれに近いから
スロットマシーンを実践している動画をYouTubeで配信しているのである
「そんなのパチンコ屋さんに行かないとできないのでは?一歩も出てないんですよね?」
ーー たしかに
本来であれば、実際に出向かないと、ロケをしないと成り立たないはずだったし、これまでのパチンコ・パチスロの実践動画は、そう〈だった〉
人間というのは、自分では欲望の抑制が効かぬものらしい
ギャンブル依存症を回避するのに、国が動くことになった
それは規制というカタチで実施され、それが年々厳しくなっていき、ついには〈あまりにもギャンブル性の低い機種〉ばかりになってしまった
ギャンブルなのに、ギャンブル性が低いとは、これイカ煮…おっと、如何に
パチンコ屋さんにはギャンブル性の高い規制前の機種は置くことができなくなってしまった
そもそも、勝つか負けるか一喜一憂するのが醍醐味なわけだ
人気のパチスロの動画も、演者とよばれる出演者が、本当にお金を賭けて一喜一憂する姿を垣間見て楽しむわけだ
そこに感情移入できるポイントがある
開発者も、パチンコ屋も、動画配信者も、必死になって面白くしようと足掻いてはいるが、いまのところ、規制前の過去の機種のような興奮は生み出せていない
そこで、この天国のような監禁ビジネスが生まれた
オーナーが中古のスロットマシーンを買い集め、それを実践し配信するのである
実際のパチンコ屋さんとは違って、たくさんの台数を並べる必要はないから、有名ミュージシャンがプロモーションビデオの撮影で使いそうな瀟洒な音楽スタジオのような部屋に必要な台数だけ並んでいる
しかも、撮影することを前提に設置されているので、様々な角度からの映像を楽しむことが可能
編集は大変だろうがね
撮影や編集は、それはそれでちゃんとしたチームがいるので、まったくノータッチだ
中には編集に口をだすメンバーもいるが
そう、ひとりだけでやっているわけではない
残念ながら国から認可されているわけではないから、いくら勝っても、パチンコ屋さんのように換金することはできない
「それこそギャンブルなのにギャンブル性ないやん?!」
ーー そう、そこなんでございますよ
それをなんとかするために、3人の演者が競い合うシステムになってるんです
スロットだから何枚使って、何枚だせたかはリアルタイムで視聴者にもわかるようになっている
3人が一日、ときに何日か競い合って、一番枚数が多かった演者が優勝
賞金がもらえる仕組み
賞金は、過去の動画の再生回数によって左右される
賞金は個々に蓄積され、負けるとその分、そこからマイナスされてしまう
そのマイナス分は自腹で精算しなくてはならない
それを支払えなくなったら、ゲームオーバー、降板、さよなら、となる
この天国から去らないといけない、そんなサバイバルなリアリティショーの要素も兼ねている
メンバー……とりあえず〈選手〉ということにしておこう、には、元アイドルだったり、お笑い芸人だったり、どこかで見たことあるな、っていう人もいれば、何年もパチスロ動画配信で食ってきた、という猛者もいた
過去の動画の再生回数によって賞金が変動するわけだから、人気のない演者は、演者からも嫌われる
マイナスになって、それを精算できなければ消えていくわけだが、それを待たずとも、人気がないことで居づらくなり、自ら去るものもいる
そんなのなんとか食いしばって続けていれば、なんだかんだでファンもついてくるものだ
だから、縋りついていればいいとは思うのだが、そこで心が折れてしまうのであれば、結局は生き残れないのだろうとはおもう
ちなみに機種は、視聴者のリクエストによって決まることが大半だ
動画内でリクエストをコメント欄に書くようにアナウンスもされており、みなそれぞれに思い入れのある機種を書いてくる
『こんなにもいろんな機種があったのか』と、その歴史……日本のパチ史の長さと深さに、毎回感心しきりだ
日本のパチンコやスロットマシーンは、いまやギャンブルの本場〈ラスベガス〉でも採用されているそうだから、たいしたもんである
そもそも、ギャンブル依存症対策だの規制云々だのが持ち上がったのは『日本にもラスベガスをつくる』という公共事業が発端だというから皮肉なものだ
ラスベガスのようなカジノを国が認可するのに、日本に長く深く根付くパチンコ文化のイメージが悪すぎる、というのである
パチンコ・パチスロでこれだけの依存症がいるのだから、これが国公認のラスベガスもどきが誕生したら、どれだけのダメ人間が生まれることか!という反対派の意見を覆せないまま、いまに至っている
反対派の人たちは、人間はそもそも欲望を抑制できない〈ダメ人間〉である、というのが前提なのだろう
まぁ、それは人類の歴史をみる限り否めない、至極ごもっとも、反論の余地はない
おかげで、その網の目をかいくぐるというか、なんというか、創意工夫の果てに、こんなありがたい天国のような仕事が生まれたのだから、俺としては、なんの文句も反論もありませんよ
そうそう、これはそもそもこのホテルが生き残りをかけてはじめたサービスが発端となっている
このホテルは、もともとは栄えていた有名温泉地にある
経営が立ち行かなくなり、一時は廃墟になりかけたが、このビジネスで再起した
一階と二階が〈ゲームセンター〉となっていて、宿泊者にのみ〈無制限遊び放題〉で解放されているのだ
動画で使われた懐かしい機種が、そのままそこに並んでいる
ほとんどの客が、それ目当てでくるから、人気の機種は、2時間交代制だったりするが、気がつけば、本当にたくさんの機種が3台ずつあるので、奪い合いになることはない
しかも、24時間、いつでも楽しめるようになっている
昔の温泉街には、必ずと言っていいほど〈スマートボール〉というゲーム屋さんがあった
パチンコの原型のようなゲームで、縁日のように成果に合わせて賞品をもらえる
親子連れやカップルに人気だったときく
他にも、旅館には、それこそ中古の古いパチンコやパチスロが、あくまでゲーム機としてゲームコーナーに並んでいた
パチンコは温泉街から生まれたと言っても過言ではないわけだから、温泉とパチンコという組み合わせは親和性が高く、人類にとって普遍的なエンターテイメントのひとつなのかもしれない
そういや、ラスベガスも〈リゾート × ギャンブル〉だしね
動画配信の宣伝効果がベースとなっているわけで、人気の演者が館内をフラフラしていると、サインを求められたり「一緒に写真を」などと言われたりしている
俺はといえば、動画内では顔を隠しているので、残念?ながら声をかけられることはない
なので、客に気兼ねせずに温泉も入り放題、スロットも打ち放題
そもそもは、空き家問題や廃墟問題の解決策とひとつとして提案したのがはじまりだった
パチンコやスロットマシーンは、季節も曜日も選ばないので、最近はたいてい満室御礼の日々が続いている
とはいえ、企画した当初は、そんなに動画も盛り上がらず、いろいろと苦心した
最初は当然のことながらリクエストもなかったから、自分の好きな機種を購入してもらっていた
初期の頃の宇宙戦艦ヤマトや、機体が閉じるマクロス、三国無双なんかも
おっと、それをカキだしたらキリがないし、家賃からの解放とは関係ないな
さてさて、たいして人気もない演者だし、マイナスになることもしばしばたが、生き残っていられるのは、この企画の発案者であり、運営側のひとりだからに他ならない
回胴だけに、良く廻る、なんてね
すべてがうまく廻りだしてしまった今となっては、完全に裏方の様相を呈している
ふらふらと過ごす日々
発案者の威光もそろそろ尽きかけ、お荷物感がでてきているのも事実だ
そのあたりは俺の人間性もマイナスに作用しているのかもしれない
そろそろ潮時か
他からも、相談に乗ってほしいという連絡が来ている
規制が厳しい間はなんとかやっていけそうである
規制バンザイ🙌といったところだ
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