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『地球の長い午後』ブライアン・オールディス ◆SF100冊ノック#05◆

『地球の長い午後』ブライアン・オールディス 1962 ハヤカワ文庫

■1 あらすじ

「植物全盛のこの世界に生き残った五種の動物のうち、トラバチ、木蜂、草蟻、そしてハガネシロアリは、この世に敵なしといった、たくましい、社会性を持った昆虫。五番目の人間は、たやすく殺せて、しかも昆虫のような集団をつくらない絶滅寸前の生きもの――そして、この地球最後の獣でもあった」(本文より)

 遠い未来。地球はその姿を大きく変えていた。自転が止まり、重力は弱く、太陽の当たる半球を巨大な植物が覆っている。「ツナワタリ」という蜘蛛のような植物は、静止衛星のようになった月との間を繋いでいる。文明はとうに滅び、人類は体を退化させて、いまや最も脆弱な動物、最後の哺乳類となった。地上にも、また空にも凶悪で敵対的な植物と昆虫があふれる。人間は、巨大な植物の中間地帯で、小さなグループを作って滅びのとき―長い午後を過ごしていた。
 あるグループで、また一人子どもが死んだ。衰えを感じたグループの長、リリヨーたち大人は、次世代の子どもにリーダーを受け渡し、最強の植物「ツナワタリ」の繭に入って天へと登る。大人なしで生活を始めるグループだったが、問題児のグレンがトラブルを引き起こす。一方、死ぬつもりで天に登ったリリヨーたちは、ツナワタリと共に月にたどり着き、そこにはさらに奇妙な世界が広がっていた……

■2 人類の根源的変化

 ものすごい小説、というのはよく分かる。分かるけど、僕は個人的には好きになれない。理由は、これが「人間の物語」ではなく「神話」だから。というか、人間が既に変質してしまった以上、人間的物語は謳われないんだね、ということが良く分かる。松岡正剛はこの本で、「神話の始まる想像力が分かった」ということを書いてるのだけど、そこにも納得できる。主人公グレンの遍歴の旅は、いくつかSF的ギミックを持ちながらも神話に近い。そもそも敵が存在せず、人間の集団も出てこず、恋愛は動物の飼育のようにさえ見える。小説のラストで、グレンの選び取った道、まさにそこから人間が、物語がはじまる、という予感だけが残っている。

 「人間の文明が滅んだ遠い後の世界」を描いた作品は多々ある。それより前に、空想上の植物を描いた図鑑、レオ=レオニの『平行植物』を挙げるべきかもしれない。当然、崩壊世界、植物群と言えば『風の谷のナウシカ』も思い出される。しかし、「変質してしまった人間」という点からは、安倍公房の『第四間氷期』のラスト、温暖化によって水棲生物への"進化"が描かれた未来の描写が最も近く思える。彼らの存在はわずかだけれど、現代の人間―つまり僕たち―とは異なる精神や感情の体系があることが書かれている。

 「異なる人間存在」という意味では、むしろ田中ロミオの『人類は衰退しました』を考えた方が良いのかもしれない。あるいはこれは、ウサギの視点や精神から世界を描いた『ウォーターシップダウンのうさぎたち』に似ているのかもしれない。

 僕にしてみれば、この小説は失敗作に見える。現代とは全く異なる世界の中で、『第四間氷期』のように、価値体系―すなわち人間の思考・感情・欲望・行動―も奇妙に変質しているはずなのに、月の人々も、「脳」を手に入れたグレンも、なにやら退屈なほど「人間」的な行動を見せる。神話に操られているかのように。グレンはほとんど物語を回す道具のように見えてくる。

■3 風景の想像力

 一方で、「植物の世界」の全体的な造形、ビジョンに関してはすさまじさしかない。圧倒的なまでの植物の群れ。その中で、どうにか生き延びる人類。これが「地球」であることも非常に大事で、例えばこうした奇妙な星にたどり着いた宇宙もの……というところではこうはいかない。僕たちとの何かしらのリンク―それを感じるからこそ、「最も弱くなった」人類、ネズミかゴキブリのように生きる私達の脆弱な子孫に対し、違和感とシンパシーを同時に感じるのだろう。

 「月へ渡る途中宇宙の放射線で卵子が死んでしまうので、月では子どもが生まれず、地球からさらってくるしかない」とか、時折SF的な解釈が入ったりするのだけど、植物の支配する奇妙なホラー・ファンタジー的な世界観がそれを凌駕し覆いつくしてしまう。VRか何かで、その奇妙な森に迷い込んだかのような、「世界に包まれる」ような感覚にさせられる、そうした魅力が特に前半の森の描写から感じられた。物語そのものよりも、そうした一瞬の情景が印象に残る。

 この小説、グレッグ・イーガンが衝撃を受けたらしい。また影響を受けた作品として『新世界より』が挙げられている。遠未来、変質した人間たち、という共通点は感じるけれど、それよりはむしろ、いわゆる「ファンタジー」の景色さらも凌駕し、まったく「異質」な風景を現出させるその途方もない想像力、というところに負っている気がする。

■キーワード

#植物SF #生物SF  遠未来 人類の衰退 第四間氷期 

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