見出し画像

【怖い話】 ヤジウマモドキ 【「禍話」リライト60 ~怪談手帳より~】

 Aさんが若い頃に住んでいた町で一時期、火事や交通事故が頻発していたことがあった。

「交差点で飛び出しばっかり起きてねぇ。火の方は商店街に多かったな。ボヤ騒ぎなんかしょっちゅうでねぇ」

 それぞれの案件に繋がりなどはなかったようだが、何かと言うと夜空にサイレンの音が鳴り響いていた。そんな頃の思い出だそうである。

「あれは……オバケって言っていいのかなぁ、やっぱり」
 今考えても何と言うかよくわからない、とAさんは振り返った。 
「男と……女と……男……。3人だったか、4人だったか」



 それはいつも、野次馬の中に見られたのだとAさんは言った。
 火事にしろ事故にしろ、何かが起きた時にサイレンの元に群がってくる群衆──町の住人の顔が並ぶ中に必ず、見慣れない男女の顔が混じっていた。

「ウチの町ってのは、町内会とかなんかでだいたい顔なじみだったから、ヨソ者っていうか見慣れない奴がいたら、すぐにわかるわけだよ」

 とは言えそれだけならばただの野次馬である。通りがかりであったり旅行者であったり、色々と考えられるだろう。

「いやぁ……違うんだよ。そいつら、同じ奴らなんだよ」
 毎回別のヨソ者が野次馬に来ているというのではなく、目撃される男女はいつも同じだった。
 しかも。

 「ある時、『あっ、こいつら、ポスターに載ってる奴らだ』って、誰かが気づいて」

 ポスターとは何か、と聞き返すと、

「指名手配のやつだよ」

 え? と面食らった僕に、Aさんは説明した。
 目撃される男女というのは、当時町のあちこちに貼られていた指名手配犯のポスター、それらに載っている写真にそっくりの奴らだったのだ、と。


 …………それはオバケだとかではなく、別の意味で怖い話なんじゃないか?
 思わずそう言った僕にAさんは首を振った。
「いや、そのポスターって、まぁ元々は警察が貼ってたやつだよ。 
 でも……相当前のやつなんだよ。相当昔にあった事件なんだよ。
 そこに載ってる奴らって、半分ぐらいもうとっくに捕まってんだよ」

 その逮捕自体も、かなり前のことだったという。

「だからおかしいわけだよ。そもそも本人だって、今そんな古い写真と同じ見た目なわけないんだから」

 では他人の空似かと言うと、そうとは思えないくらいそっくりだったらしい。

「でも、そいつら妙に顔が白いんだよ。灰色とかの混じった汚い白っていうか……わかるかなぁ。すげー無表情だし……
 何か……生きてる人間と言うよりは、石膏像とかマネキンとか、そういう風に見えるというか」

 だからそれらは“オバケ”と呼ばれていたのだとAさんは言った。 
 
「事故が起きて、通報があって、通りがかりで遠巻きに現場を見てるとするだろ?
 それか火事があって、サイレンが鳴って、起きてきたりして火元を皆で見上げてるとするだろ? 
 それでフッ、と向かい側を見たら、いるんだよ。そいつらが。絶対向かい側なの。
 しかも近い所じゃなくて、ちょっと離れた野次馬のはしっこくらいのとこに並んで突っ立ってるんだ。
 で、そいつらの隣にいる人はね……気づいてないんだよ。
 反対側から見た奴がそうやって気づいて、『おいいるぞー!』って騒いで、ハッと気づいたら……消えてるんだよ」

 毎回そうだった。
 やがて何人かがそのことに気づくにつれ、町内会などでも問題になった。 
 途中で一度、色々と不可解で理屈の合わない点を振り切って、 警察へ連絡を行った者まで出た。 
 ところが、色々調べてもらっても、何も得るところはなかった。 
 結局は見間違いか何かだろうという結論に落ちついてしまい、一応、不審者がいるのではないかという方向で警戒はしてくれたが、Aさんたち住人側としても、それ以上を警察に求めることはしなかった。

「気持ち悪いけど、実害らしい実害もないからね。おさまりの悪いままそういう……“オバケ”ってことになって。
 まぁ噂になったせいで、野次馬は減ったけどね。 
 ただ、特に火事なんかだと、やむにやまれずに現場に出て来なきゃってのがあったから、ゼロにはなんないんだけど。
 で…………俺がちょうど、その町を引っ越す直前ぐらいだったかな」



 商店街で、ひときわ大きい火災があった。
 それまでの比ではなく、区画のほとんどを黒焦げにする規模のもので、しかも不幸なことに結果としては、何人かの死者を伴うものであった。

「今でも覚えてるよ……。炎で夜空が真っ赤に光って見えて、立ちのぼる煙で空気が濁って、臭くて……みんな呆然として見上げてたんだ」

 その時、消防車が到着するまでのわずかな間、突然、うわぁーっ! と叫び声が上がった。
 ハッとしてAさんが声の主を見ると、向かい側にいた近所の老人がAさんのいる方を指さして、口を丸く開けて叫んでいる。

 その意味を考えるより前に、Aさんも見た。
 叫んだ老人の隣にあの“オバケ”が、石膏像のような男女が並んでいる。
 しかも今までとは違って、火事の方を見上げて、白い顔に大きく絶叫するような表情を形作っていた。
「あっ! うわっ!」 
 仰天し思わずそっちを指さして声を漏らすAさんに連鎖するように、その場のあちこちから悲鳴やうめきが上がり始めた。
 うわぁっ! いるいる! そっち! こっち! そっちにもいる!
 そういった声が多数混じっていたのを、Aさんは覚えているという。
 あたりは瞬く間にパニックとなり、しゃにむに逃げ出そうとする者たちで怪我人が出るような二次災害になってしまった。



「……とは言え火事がすごい惨事だったから、その時について思い出したのも、後からだったなぁ」 
 あの時あの現場で、自分たちは同時に見たのだろうとAさんは言う。
 みんながそれぞれ、自分の向かい側に、あの“オバケたち”がいるのを。
「つまり…………俺の隣にも、ね。うん……そうだったんだろうな。 
 全員の隣に、向かい側に……その数だけ、野次馬の数だけ……あいつらがいたんだよ、きっと」  

 ほどなくしてAさんはその町を引っ越したが、その後も町の知り合いとはしばらく連絡を取り合っていた。
 それによると、あの夜の大火災を最後に、“オバケ”が目撃されることはなくなったらしい。


「と言うより……それからぱったりと、事故とか火事とか自体がほとんど起きなくなってさ……

 
 って、いうことはさ──」




 今でも思い返すと、不気味で仕方がないのだという。







【完】




☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
 シン・禍話 第十八夜 よりお送りしました。
「怪談手帳」とは語り手・かぁなっきさんの後輩で怪異譚蒐集家、余寒(よさむ)さんが送ってくる
 妖怪めいたモノの取材記録をほぼそのまま読み上げる 激コワコーナー です。
 本記事はそれを、音声文字起こしアプリを利用し、句読点や「……」を適宜足すなどごく一部を加工するに止めたものです。べんり!
 ほぼ原文通りの添加物なし、怪奇そのまま真空パックな味わいと、余寒さんの筆さばきをご堪能ください。


☆☆Amazonプライムで配信中の『心霊マスターテープ2』に出たと思ったら、おしゃれカルチャー雑誌『Maybe!』に掲載、
  さらに一足飛びで ドラマ にもなってしまって飛ぶ鳥を落とす勢いの禍話。統計によれば6億人くらい聴いているらしい!
  この波に乗り遅れるな! 禍話wiki で君も勝ち組! あと リライトをまとめた本 も出てるから買うとよいと思う!
https://wikiwiki.jp/magabanasi/

サポートをしていただくと、ゾウのごはんがすこし増えます。